【ワシントンIPS=ガレス・ポーター】
『ニューヨーク・タイムズ』1月5日付は、イランが山間部のトンネルや壕の中に「原子力複合施設の大部分を隠匿している」と伝えた。
このストーリーは、米国などの諜報機関がコム近くに第2のウラン濃縮施設があることを発見した昨年9月からはじまる。その基本線は、「イランが国際社会の目を逃れて核兵器を製造するために秘密の核施設を持とうとしている」というものだ。
しかし、あらゆる証拠を総合してみると、事実はまったくその逆であることがわかる。イランは外界の目から核施設の存在を隠そうとしているどころか、逆に、イランが3年以上にわたって地下深くに主要な核施設を隠してきたと西側の諜報機関に信じ込ませようと画策しているのだ。
この驚くべき結論の理由は実に簡単だ。核計画に関するイランの主要な関心は、核施設に対する米国やイスラエルの攻撃を抑止することにある。そのために、イラン政府は、イランの核施設を完全に破壊したりそのすべてを発見することはとうてい無理だと米国やイスラエルの軍関係者に認識させる必要があるのである。
コムの施設とトンネル・ネットワークをめぐる混乱を解くカギは、米国などの諜報機関が、コム核施設の建設が始まるはるか以前から、衛星写真や地上のスパイなどを用いて同施設の密な監視を続けている事実をイランが知っているという点にある。
反体制テロ組織「ムジャヒディン・ハルク」(MEK)の政治部門であるイラン国民抵抗評議会(NCRI)は、2005年12月20日に記者会見を開き、イランの核開発に関連して、コム近くにあるものを含め計4つの地下トンネルがあることを明らかにしていた。
NCRIはまた、2002年8月の記者会見でナタンツのウラン濃縮施設の存在を暴露して、イランの核計画に対する強い国際的圧力が作り出されることになった。NCRIの主張の一部は、国際原子力機関(IAEA)の調査報告でも取り上げられたりしている。
しかし、NCRIがコムの件について暴露したとき、コムには核開発に関連したトンネルなどなかったことは明白だ。
イラン当局は、MEKと米・イスラエルとの緊密な関係を考え、海外諜報機関がMEKの暴露したトンネルに監視の焦点を絞るであろうことを十分認識しておかねばならなかった。
米国・欧州諸国は、衛星写真を使ったコムの体系的監視を2006年には開始したことを認めている。
つぎに起こったことは、イランの戦略を分析するにあたって特に重要なヒントを提供してくれている。複数の情報によれば、対空砲兵部隊がコム山間部の基地に移動され、そこに向けてトンネルを掘ったという。
このことは、イラン当局が同施設が監視下にあることを認識していたのみならず、そこへの注目を集めようとしていたことも明確に示している。
この後、諜報部門の中では大きな論争が巻き起こった。諜報部門とのゆかりがあるフランスの安全保障コンサルタントのローランド・ジャカール氏は、「コムの施設は諜報部門の視線を釘付けにさせるための単なる『おとり』であり、実際の核施設はどこか別の場所にあるのだという分析がある。」と、昨年10月の『タイム』誌で紹介している。
もしこのサイトが監視下にないとイランが考えているのなら、わざわざ対空砲兵部隊を移動させる意味はなくなる。
この防空部隊は、明らかに、コムの新施設の建設が継続する様子を外国に監視させるためのものである。科学・国際安全保障研究所(ISIS、ワシントンDC)の取得した衛星画像を分析したポール・ブラナン氏によると、施設建設は2006年中ごろから2007年中ごろのどこかの時点で始まったという。
もちろん、建設がさらに進んでみないと、衛星画像解読のスペシャリストといえども、サイトの正確な目的についてまではわからない。ある米国諜報筋は、9月25日の会見で、2009年春ごろまでは、それがウラン濃縮施設であることについて諜報部門でも見解が一致していなかったと語った。
他方、イランは、自国の核施設の防護のために「受動的な防衛戦略」を採っている明確な証拠を外国の諜報部門に与えている。「受動的防衛組織」のゴラム・レザ・ジャラリ議長は、2007年9月24日にイランのテレビで発した声明において、この戦略は「我が国の重要かつ機密的な施設を隠匿・防護し、その脆弱性を少なくするものだ。」と語っている。
ジャラリ議長は、2007年8月24日、メヘル(Mehr)通信に対して、IAEAに核施設を監視させていること自体、計画の一部だと述べた。『ニューヨーク・タイムズ』が1月5日に報じたように、イスファハンのウラン転換複合施設付近の山中に向けてトンネルが建設されている。
西側メディアは、イランは、コムの施設について西側諜報部門に察知されてはじめて、9月21日のIAEA宛て書簡において同施設に関する通告を行ったと報じている。
しかし、同日にオバマ政権が記者会見で配った「Q&A」集では、「なぜイランは今この施設について告白することを決めたのか?」という質問に対して、「我々には答えがない」と書かれているのである。
実際、イランのIAEA宛9月21日の書簡(その抜粋はIAEAの11月16日の報告書に掲載されている)は、米国とイスラエルの戦争計画者たちを混乱に陥れる作戦のようにも見受けられる。書簡によれば、第2の濃縮施設の建設は「受動的防衛体系の利用などのさまざまな方法を通じて機微の核施設を防護する主権に基づいたものである」とされている。
『タイム』誌のジョン・バリー氏が10月2日に書いているように、諜報関係者たちは、この書簡を、集中的に監視されている10以上のトンネルの中には、公にされていない核施設がさらに存在しているという風に読んだ。
その数日後、マフムード・アフマディネジャド大統領にきわめて近い日刊紙『ケイハン』は、コムの施設の存在を発表したことによって、西側による軍事攻撃はやりにくくなったと論じている。なぜなら、「施設が複数あることは、非常に効果的な防衛的措置となるから」だという。
この記事を読むと、イランは、他の核施設がいったいどこに隠されているのかという疑念を米国・イスラエルの諜報部門の中に掻き立てることによって、彼らの企図をうまく挫いていることがわかる。
イランのトンネル複合体に関する『ニューヨーク・タイムズ』の記事は、「イランの戦略は、イランの核計画に対する致命的な一撃を加える可能性に関する米国とイスラエル内での議論に影響をもたらすことに成功している。」と示唆している。「西側の軍事的・地政学的計算を狂わせる……偽装工作」という言い方を同記事はしている。
イランの「受動的防衛」戦略はオバマ政権に非軍事的解決を主張させる「決定的な要因」になっているとの専門家の見方を同記事は伝えている。
イランの戦略がイスラエルの計算に与える影響ということで言えば、2002年から06年までイスラエル国軍諜報部門の長であったアーロン・ゼーヴィ・ファーカッシュ少将が、親イスラエル的な団体「ワシントン近東政策研究所」が昨年10月に開いた会合で、米国空軍によるイラン空爆を支持する発言をしたという事実がある(それはイスラエルの標準的な立場でもある)。
しかし、ファーカッシュ氏は同時に、「西側諜報部門はイランの全核施設について把握しているわけではない。」とも警告している。また別のところでは、「イスラエルが攻撃に加わることには反対する。」とも発言している。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
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