【東京IPS=浅霧勝浩】
今年1月26日、国会議事堂の向かい側にある憲政記念館(永田町1-1-1)で、ある女性の生誕100年を祝う集いが開催された。その女性とは、日本における「難民の母」「NGOのパイオニア」と呼ばれ、2008年に95歳で亡くなった相馬雪香(そうま・ゆきか)氏である。没後5年を経た今も、彼女の信念や生き方に励まされる者は多い。
相馬氏の父は、「憲政の神」「議会政治の父」と呼ばれた政治家・尾崎行雄(号は咢堂(がくどう):1858―1954)である。彼女自身は政治家にはならず、民間の立場で数々の平和・社会活動を展開した。「生誕100年を祝う集い」は、父・咢堂の名を冠した「咢堂塾」とその卒塾生団体「咢志会」が催したものである。そこでは、相馬氏の秘書を長年務め、彼女と共に「咢堂塾」を立ち上げた石田尊昭氏(尾崎行雄記念財団事務局長)による講演も行なわれた。
相馬氏は1979年、ボートピープルを支援する「インドシナ難民を助ける会」(現在の「難民を助ける会」)を立ち上げた。同会はその後、世界の難民・避難民支援、障害者支援や対人地雷廃絶などに取り組み、今や世界有数のNGOとなっている。97年には、同会が調整委員団体を務めるICBL(地雷禁止国際キャンペーン)がノーベル平和賞を受賞した。その他にも、アジア・太平洋地域の女性交流による平和促進を目指した「アジア・太平洋女性連盟」(FAWA)や、紛争地域の和解を促進する国際NGO「IC」(旧MRA)の日本協会、また日韓両国の草の根交流を通じて友好親善を促す「日韓女性親善協会」などを次々と設立し、自ら行動を起こしてきた。
去る3月11日、東日本大震災の発生からちょうど2年が経過した日、東京に事務所を置くNPO法人「一冊の会」を訪問した。同会は1965年、現在の大槻明子(おおつき・あきこ)会長が始めたボランティア団体で、相馬氏が晩年最も力を注ぎ、精力的に活動を共にした団体の一つである。一冊の会は、人権・平和・女性をテーマにした本の輪読・勉強会の開催、途上国や被災地への本・文房具・物資の寄贈などを行なっている。また、同会が母体となり「国連女性機関UN Women さくら」を設立し、途上国女性の地位向上やドメスティック・バイオレンス撲滅、さらには核兵器廃絶に向けた啓発に取り組んでいる。会の運営は、大槻会長と小山志賀子(こやま・しがこ)理事長を中心に、全国に広がるサポートメンバーとボランティアスタッフが行なっている。相馬氏は生前、同会の最高顧問として彼らと直接行動を共にしてきた。
2011年3月11日の震災発生以降、「一冊の会」と「UN Womenさくら」は協力・連携しながら被災地支援を積極的に行なっている。
「震災発生直後、相馬さんの顔が浮かびました。そして、相馬さんなら何をするだろうか…と。相馬さんが生前よく言っていた『あなたに出来ることから始めなさい』という言葉が浮かび、すぐに全国のメンバーに支援を呼び掛け、物資を集め、私と小山理事長で車に積み込んで東北に出発しました。相馬さんは今でも、私たちメンバー全員の精神的支えなんです。」と大槻会長はIPSJの取材で語った。震災発生直後から今日まで、大槻氏自らが車を運転し、小山理事長と共に「0泊2日」で55回にわたり東北に物資を届けている。
「(一冊の会とUN Womenさくらが)届けてくれる物資は、本当に私たちが必要としている、きめ細かなものが多く、とても助かっています。特に、支援者の顔やメッセージがわかる形で贈られるものが多く、単に物というよりも温かい心を感じられて元気が出ます。」と福島県相馬市内の仮設住宅に住む女性はIPSJの取材で語った。「本や図書カードの寄贈も、子供たちがとても喜んでいます。」
一冊の会が今最も力を注ぎ、UN Womenさくらがバックアップしている支援活動の一つに、相馬雪香の名を用いた『雪香灯』プロジェクトというものがある。それについて大槻氏は次のように語った。「これまで、福島県、宮城県、岩手県、青森県・八戸まで沿岸600キロをただひたすら走り回りました。悲惨な捜索活動、想像を超えた破壊…。思い出しても辛く悲しい。それでも、被災地で触れ合う人たちは、私たちに笑顔をつくってくれる。涙をこらえて復興に立ち上がろうとしている被災者の尊い姿を見るたびに、次に何かもっと役に立てることはないか、真剣に考えました。」大槻氏は震災発生直後から、文字通り「道なき道」を昼夜を問わず走り続けた。「真っ暗な東北の夜道を走っていて、つくづく思ったこと。『街路灯があれば…』『光が欲しい…どんなときにも消えない光が…』。それは本当に切実な願いでした。そして誕生したのが『雪香灯』プロジェクトなんです。」
雪香灯は昨年9月、福島県の災害公営住宅「相馬井戸端長屋」に第1号が設置された。送電インフラ(発電所)を必要とせず、風力と太陽光エネルギーのみで作動し、効率的な蓄電技術を備えた街路灯で、地球環境に配慮したものとなっている。「この『雪香灯』が世界に広まれば、被災地はもちろん、送電インフラの無い途上国にとっても希望の光になるでしょう。困っている人のため、そして世界の人々のために尽力した相馬雪香さんの名前と信念を広めつつ、その志を実現していきたい。」と大槻・小山両氏は語った。
相馬氏の遺志を継ぐ者は、彼女たちだけではない。前述の難民を助ける会をはじめ、相馬氏が設立したり、関わってきた多くの団体、また繋がりのあった多くの個人が、『出来ることから始める』をモットーに、さまざまな形で東北復興・被災地支援に乗り出している。相馬氏が亡くなって5年が経つが、その信念と行動は、今なお生き続けている。(IPS Japan)
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