【ダラムサラIPS=ソニー・インバラジ】
チベットの仏画の絵筆を捨て、エレキギターを手に取って弟たちとロックバンドを組んだチベット難民のJamyang(27)。「チベットの若者に、『チベットを忘れないで』と、ランゼン(Rangzen:自決、独立、自由などとさまざまに訳されているチベットの新語で、チベットの反中国の抗議運動のスローガン)を訴えていきたい」と語る。
1950年、中国は軍事力によってチベットを侵略、120万人以上の命が奪われた。国際人権監視機関によれば、中国支配への抵抗を抑圧しようと、中国は引き続き多数のチベット人に対し監禁、逮捕、投獄、拷問を行っている。こうした状況から逃れてきた難民10万人以上を受け入れているのが、インド北部の町ダラムサラ(ダライ・ラマが1960年チベット亡命政府を設立:IPSJ)である。
世界中の若者にアピールするロックという共通の言葉を使って、Jamyangのバンドの音楽は、正義、表現の自由、世界平和などチベット難民の多くの思いと呼応する。「僕たちはインドで自由だけれど、新聞やテレビを通じてチベットの現状も知っている」とインドで生まれ育ったJamyangは言う。「まずインドのラブソングを演奏して観客を引き付けてからチベットのランゼンのナンバーを歌う。そうすればみんながハッピー」と語る。
しかし彼とその弟は、インドの菓子、インド映画の俳優や歌、ヒップホップのバギージーンズ、茶髪などインドの生活に慣れ親しんだ新しい世代の難民だ。インドや西洋の慣習、価値観、美学がチベット難民の生活のあらゆる側面に深く浸透しており、チベット文化が「消滅」するのではないかと危惧する向きもある。
しかしTibetan Centre for Human Rightsの研究者T. Norgayは「ヒップホップカルチャーだから、と決めつけてはいけない。こうした若者の多くはまじめだ。新世代の中にはインドでの生活を最大限に活用しようと思っている者もいるが、彼らもチベットを忘れたわけではなく、自由になればすぐにでもチベットで暮らしたいとも思っている」と、インド生まれのチベット難民を否認しないよう警告する。
ロックやヒップホップあるいはインド映画のチベット人の若者への影響を回避することは無理かもしれないが、しかしチベット文化の保護に努める上で期待を寄せることのできるのは、中国占領下の暮らしを実体験として知っている新たに亡命して来た難民たちだ。チベット難民とチベット文化の問題を報告する。
翻訳=IPS Japan