【カイロIDN=バヘール・カーマル】
中東から核兵器を手始めに大量破壊兵器を根絶しようとする試みは、未だ解決の見通しがたたないまま、既に40年の歴史を刻んでいる。こうした中、フィンランド政府が突如、「中東非大量破壊兵器地帯創設に関する国際会議(=中東会議)」をホストする決断をしたことから、国際社会の注目は、来年フィンランドを舞台としたこの試みの行方に注がれることとなった。
国連がホスト国の発表を行ったのは2011年10月14日だが、この時期はちょうど、中東諸国を席巻している「アラブの春」が、主にチュニジア、エジプト、リビアにおいて新たな運動のピークを示すとともに、イエメンやシリア等において独裁政権に対する民衆蜂起が続いている最中と重なった。
またこの決定がなされた時期は、おりしもアラブ世界のいくつかの主要国において、域内で唯一の核保有国であるイスラエルに対する抗議運動の波が高まりを見せている時期と重なった。イスラエルの核弾頭の保有数は、インドとパキスタンの保有核の2倍以上にあたる210~250基以上と伝えられている。
こうした民衆の抗議運動は、8月末から9月初旬にカイロのイスラエル大使館が襲撃されイスラエル国旗が燃やされた事件で最高潮を達した。また、反イスラエル抗議集会は、チュニジア、ヨルダン、モロッコでも開かれた。
一方、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が率いるイスラエル極右政権は、国内においても、社会政策や、食糧・サービスコストの高騰、さらには高い失業率に反対する大規模な民衆の抗議運動に直面している。
パレスチナ国家の承認を求める動き
そうした中、パレスチナ暫定自治政府は9月に国連総会に出席し、パレスチナの独立主権国家としての承認を求める国連加盟申請を行った。しかしイスラエルと米国がこの動きに断固たる反対の立場を表明し、米国は必要に迫られれば拒否権を発動することも辞さないと明言したことから、中東における緊張はさらに高まることとなった。
「緊張が高まっているこうした情勢は、中東非核地帯の実現に向けて駒をすすめようとしているフィンランド政府にとって、決して追い風となるものではありません。」と、匿名を条件に取材に応じたあるエジプトの元核問題専門家は語った。
「今や中東には新たな状況が生まれています。エジプトや(あるいはまもなく)シリアといった主要国で登場しつつある民主体制が、前任の独裁政権が長年してきたように『主人の声―米国の声』に従うと期待すべきではありません。」と、1995年、2000年、2005年、2010年の核不拡散条約(NPT)運用検討会議の準備にも積極的に関与した経験を持つ同専門家は語った。
石油資源に恵まれ、動乱の中で覚醒しつつある中東地域は、世界の重要地域の中で、核兵器の配備が未だに禁止されていない唯一の地域といっても過言ではない。ちなみに大陸を含めて他の地域を見れば、ラテンアメリカ・カリブ地域、南太平洋地域、東南アジア地域、中央アジア地域、アフリカ大陸が既に非核地帯となっている。
困難なミッション
開催予定時期が「概ね2012年」とされる中東会議のファシリテーターに任命されたヤッコ・ラーヤバ外務事務次官に課せられた任務は、極めて困難なものになると思われる。
中東会議の開催は、2010年NPT運用検討会議(5月3日~28日に開催)の決定によるもので、1960年代から中東非核地帯の創設を提唱してきたエジプト政府は、アラブ諸国、トルコ、非同盟運動加盟諸国、及び北欧をはじめとするいくつかの欧州諸国の支持を背景に、この項目を最終決議に盛り込むために中心的な役割を果たした。
NPT運用検討会議に先立つ期間、エジプト政府は、様々な会合の機会を通じて、「長年紛争に苦しんできた中東地域は非大量破壊兵器地帯としなければならない」とする過去40年に亘る同国の主張を改めて繰り返した。
エジプト政府が繰り返し述べているように、歴代のエジプト政権は、1961年以来、核兵器及び全ての大量破壊兵器一般(核兵器・生物・化学兵器)に関して「明確で一貫した立場」を堅持してきた。また、消息筋によると、(ムバラク後の)エジプト暫定政権もこの方針を支持している。
カイロ文書
またエジプト政府は、NPT運用検討会議に出席予定の全ての関係国・機関宛に書簡(カイロ文書)を提出し、その中で、「(今年の)NPT運用検討会議は、従来の中東非核化決議を確認した1995年の(国連)決議について、その後全く進展がなされていないことを遺憾とすべきである。」と訴えた。
この国連決議によって、中東から核兵器と大量破壊兵器を根絶するための交渉を行い、非核地帯と宣言するための確固たる足場が確保された。2010年NPT運用検討会議直前の4月26日、エジプト外務省の報道官は、「エジプト政府は従来から国際会議の場や、考え方を共有する国々、とりわけアラブ・アフリカ諸国や欧州諸国の一部と中東非核地帯設立という目標実現に向けた協議を重ねてきました。」と強調した。
エジプト外務省は、イスラエルが中東で唯一NPTを拒否する国であることを十分認識しつつ、「全ての国がNPTに加盟するよう」呼びかけた。報道官は、「エジプト政府は、NPT運用検討会議への参加を通じて、全ての国がNPTに加盟するよう働きかけていきたい。」としたうえで、「イスラエルはNPTへの加盟を拒否することで、中東の平和と安全を危機に陥れ、実効性のないものにしてしまっています。」と強調した。
国連会議の呼びかけ
エジプト政府は、同書簡の中で、中東の全ての国が参加して中東非核化への合意を目指す国際会議を2011年までに開催すること、また、決議に法的拘束力を持たせるため、会議は国連主催とすることを呼びかけた。しかし、NPT運用検討会議は、決議内容が法的拘束力を持たない勧告にとどまる「国際会議」を開催することを決議した。「これでは2012年のフィンランドにおける中東会議の成果(=牙を抜かれた赤ちゃん虎)にあまり期待はできません。」と、あるアジアの外交官は匿名を条件に語った。
イスラエルによる拒絶
イスラエルは、欧州の多くの国々の支持と米国の力強い支援を背景に、自国の核兵器廠についていかなる国際機関にも明らかにしないという政策を堅持している。イスラエルは自国の軍事用核政策を極秘扱いすると共に、意図的にNPTへの加盟を拒否し続けている。
中東非大量破壊兵器地帯を設立する試みに、イスラエルが反対の立場にあることを知らしめる手段として、ネタニヤフ首相は、バラク・オバマ大統領が2010年4月13日・14日にワシントンで開催した核安全保障サミットへの参加を拒否した。またネタニヤフ首相は、昨年ニューヨークの国連本部で開催されたNPT運用検討会議への出席も拒否した。
重要な必要条件
中東非大量破壊兵器地帯構想の根本部分についてエジプトがどのように考えているかについては、エジプト情報省(SIS)が作成し、NPT運用検討会議開催の1週間前に配布された公文書に記されている。
その序文には「(中東)地域の平和と安定に向けたエジプトのビジョンは、パレスチナ問題の公平で公正な解決や、国際的な正当性を有する全ての決議を完全履行といった原理原則に立脚している。」と記されている。
エジプトの明白な立場:
-(中東の)いかなる国も、大量破壊兵器を保有することで安全が保障されることはない。安全保障は、公正で包括的な平和合意によってのみ確保される。
-中東非核地帯構想及びイスラエルの「軍事優勢主義」の立場に関して、イスラエルからの「前向きな対応」を引き出せなければ、アンバランスな中東の安全保障状況は一層悪化する。
-中東非大量破壊兵器地帯の設立を呼びかける中で、エジプト政府は、域内のいかなる国に対する差別的或いは不公平と考えられる措置を拒否する。
-エジプト政府は、いかなる武器や国も特別扱いすることを拒否する。また、中東域内のいかなる国に対しても特別な地位を譲許することを拒否する。
-中東における大量破壊兵器武装解除を行うプロセスは、国際社会による包括的な監督、とりわけ国連とその専門機関のもとで実施されなければならない。
-エジプト政府は、中東の非核化を求めたいくつかの国連決議、とりわけ1981年に採択された国連安保理決議487号の履行を要求する。
米国の核の傘を拒絶する
2010年NPT運用検討会議が開催される遥か前に、エジプト政府は、中東包括和平案の一部として米国政府が核攻撃から中東地域を守るとした提案を拒否した。実質的に米国の「核の傘」を提供するとしたこの提案はバラク・オバマ大統領の前任者であるジョージ・W・ブッシュ大統領によってなされたと伝えられている。
米国による「核の傘」の起源は米ソ冷戦時代に遡り、通常、日本、韓国、欧州の大半、トルコ、カナダ、オーストラリア等の核兵器を持たない国々との安全保障同盟に用いられるものである。また、こうした同盟国の一部にとって、米国の「核の傘」は、自前の核兵器取得に代わる選択肢でもあった。
事実、2009年8月18日、5年ぶりに訪米したホスニ・ムバラク大統領(当時)は、「中東が必要としているのは、平和、安全、安定と開発であり、核兵器ではありません。」と主張した。
ムバラク大統領はそうすることで、1974年以来エジプト政府が国是としている「中東非核地帯」設立構想をあくまでも推進する決意であることを改めて断言した。
またムバラク大統領は、首脳会談に先立つ8月17日、エジプトの主要日刊紙アル・アハラムとの単独インタビューに応じ、「エジプトは中東湾岸地域の防衛を想定した米国の『核の傘』には決して与しません。」と語った。
核の傘ではなく平和を
「米国の『核の傘』を受け入れることは、エジプト国内に外国軍や軍事専門家の駐留を認めることを示唆しかねず、また、中東地域における核保有国の存在について暗黙の了解を与えることになりかねない。従って、エジプトはそのどちらも受け入れるわけにはいかないのです。」とムバラク大統領は語った。
ムバラク大統領は、「中東地域には、たとえそれがイランであれイスラエルであれ、核保有国は必要ありません。中東地域に必要なものは、平和と安心であり、また、安定と開発なのです。」と断言した。「いずれにしても、米国政府からそのような提案(核の傘の提供)に関する正式な連絡は受けていません。」と付け加えた。
同日、エジプト大統領府のスレイマン・アワド報道官も、米国の「核の傘」について論評し、「『核の傘』は、米国の防衛政策の一部であり、この問題が取り沙汰されるのは今回が初めてではありません。」と語った。
イラン要因
アワド報道官は、中東地域に向けられた米国の「核の傘」疑惑についてコメントし、「そのようなものは形式においても内容においても全く承認できない。今は米国の『核の傘』疑惑について話題にするよりも、むしろイランの核開発問題について、欧米諸国・イラン双方による柔軟性を備えた対話の精神を基調として、取り組むべきです。」と語った。
アワド報道官はまた、「イランは、核開発計画が平和的利用を目的としたものであることを証明できる限り、他のNPT締結国と同様、核エネルギーの平和的利用から恩恵を受ける権利があります。」と付け加えた。
これらの背景を振り返れば、どの国も中東会議のホストを名乗り出ず、ファシリテーター役を引き受ける人物がこれまで出てこなかったことにも表れているように、フィンランドが中東会議をホストすると発表するまでの道のりには、多くの障害が立ちふさがっていた。
はたしてフィンランドは、他の国々が何十年にも亘って成しえなかった成果を得られるだろうか?(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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