【アウグスタIPS=シルヴィア・ジアネッリ】
イタリア沿岸を目指していた密航船がランペドゥーサ島沖で転覆し700人を超える移民が犠牲となった事件から一か月も経過していないが、ここシチリアではこの事件に関するマスコミの関心はすでに薄らいできている。シチリアはイタリア南部の州で、(アフリカ・中東からの)移民にとって主要な欧州への玄関口となっている。
しかしアフリカ大陸北岸から地中海を渡ってイタリアを目指す移民の流れが止まったわけではない。
5月3日、沖合で保護された3300人の移民がシチリア州シラクーサ県の港町アウグスタに到着した。記者は市内の救急・難民保護センターを訪ね、新規入所者のアハメッド(19歳)とムハンマド(22歳)に話を聞いた。
2人はソマリア出身だが、出会ったのは欧州への密入国を斡旋する業者に支払う費用を捻出するためにリビアで働いていた時だった。
2人とも現在は救急・難民保護センターに収容されているが、イタリアに長居するつもりはないという。アハメッドは、親戚が暮らしているベルギー行きを希望していると語った。一方、ムハンマドはこのまま旅を続けてドイツを目指したいと語った。
地中海を渡った経験は恐ろしいものだったが、未来への希望に満ちた彼らの眼差しは、あたかもこれまでの恐怖体験の全てをリビア側の沿岸に置いてきたかのようだった。
「リビア側から見た地中海の景色は、それは恐ろしいものでした。しかし今ここから再び見る地中海は美しいです。」と、このまま欧州にとどまって勉強し医者になりたいというアハメッドは語った。
ムハンマドは、「今回の航海は、これまでで最も困難な経験でした。しかし僕はこうして元気でここに到着できたのですから、これからはうまくいくと思います。」と語った。
アハメッドは、リビアを発つ前に700人が犠牲になった先般の転覆事故のことを耳にしていた。しかしそのことで密航の決意は揺るがなかったという。「密航船に乗るリスクよりもソマリアにとどまっていた場合のリスクの方が高いからです。」とアハメッドは語った。
「このところ悪天候が続いていたが、今日の海は穏やかだね。私たちはこれから到着する多くの移民に備えているところです。」と、救急・難民保護センターの前で警備にあたっている警察官は語った。
今年に入って既に25000人の移民がイタリアへの上陸をはたしているが、「移民が本格的に押し寄せる季節」はまだ始まったばかりだ。一方、欧州連合は、移民の急激な流入に悲鳴を上げている南欧諸国からの支援要請への対処に苦慮している。
現在地中海については、欧州連合による「トリトン(海神)」作戦のもと、移民の流入阻止を最重要課題とする欧州対外国境管理協力機関(Frontex)が巡回警備を実施している。この作戦は、昨年秋に終了したイタリアの海洋救出作戦「マーレ・ノストルム(我らの海)」を引き継いだものである。
欧州諸国は、4月23日に地中海の難民危機に関する緊急首脳会議を開き、地中海における難民や移民の捜索、救援活動の予算を従来の3倍に増額して年間約1億ユーロ(約130億円)にすることで合意した。しかしこれだけでは、現在の難民危機に対する「欧州の解決策」というには程遠いのが現状である。Frontexのエヴァ・モンコーレ広報担当官は、「もちろん、もっと人員や船舶を増やし、航空機による早期発見措置まで実施すれば、難民を救出できる可能性を高めることは可能です。」と指摘したうえで、「しかし私たちがいかに全力で取り組んだとしても、救難設備が整っていない船舶に、十分な水もなく人々が詰め込まれて海に送り出される状況では、彼らを手遅れになる前に発見し、全員を救出することなどとても保障できません。もし救難サービスで全ての人々を救えると保障したとするならば、それは偽りということになります。」とIPSの取材に対して語った。
欧州連合の首脳らが引き続きリビア領海を封鎖する可能性について協議し、南欧諸国が全てのEU加盟国の間で難民受入枠を設けるよう働きかけるなかで、シチリア州の地元自治体と市民らは、日々到着する移民に対する救援・受入対応を余儀なくされている。
人口4万人のアウグスタ市はシチリア島における主要なイタリア海軍基地の所在地で、昨年10月に作戦が終了するまでは、海洋救出作戦「マーレ・ノストルム(我らの海)」の作戦本部が置かれていた場所である。
またアウグスタ市には、2014年4月から保護者のいない子供たちのための緊急収容施設も運営されていたが、これを不満とする約2000人の人々が、施設を他の自治体に移転させ、移民を送出している(アフリカ大陸側の)港を封鎖するよう求める請願書を当局に提出したため、閉鎖に追い込まれた。
請願書の発起人の一人である右派政党「イタリア同胞・国民同盟」のピエトロ・フォレスティエーレ広報担当は、「この請願書は、移民の受入れ割り当てについて、アウグスタ市のように財政赤字と高い失業率に苦しんでいる自治体を免除するよう求めています。」「その主張の元になっている論理は、地元の市民に対する適切なサービスを提供することさえ苦労している自治体に移民の世話まで要請することは適切ではない、というものです。」と語った。
結局アウグスタ市では、(保護者のいない子供たちのための)緊急収容施設は10月に閉鎖された。しかし、同市が属するシチリア州が、イタリア最悪の貧困率と2番目に高い失業率に喘いでいる現状に鑑みれば、たとえ同施設が州内の他の自治体に移される話が浮上したとしても、同じことが繰り返される可能性は高い。
しかし、より厳しい移民政策を求める声がある一方で、アウグスタ市内の住民からは移民、とりわけ難民に対して同情する声もよく耳にする。
市内の鮮魚市場で店舗を経営しているアルフォンソは、IPSの取材に対して、「彼らも私たちと同じく生身の人間です。私たちは彼らが沖合で溺れているのを見て見ぬふりをしているわけにはいきません。」「彼らは戦争や貧困から逃れてきた人々です。もし当局が、彼らがイタリアに来るのを防ぐことができず、こちらの沿岸まで実際に来てしまった場合は、彼らを助けなければなりません。」と語った。
鮮魚市場に来ていた地元の顧客が次に指摘しているように、シチリア住民の大半は、将来における移民のさらなる流入を恐れているのではなく、むしろ、他の欧州諸国が移民受け入れを躊躇するなかで、彼らだけがこの状況に対処せざるを得ない現状に不公平感を募らせているようだ。
「ここは港町なので、私たちは外国人が周りにいる状況には慣れ親しんでいます。このこと自体は私たちの生活にあまり影響を及ぼすものではありません。重要なことは、地元住民の私たちに対してというよりは、ここにたどり着く移民たちのために、何かする必要があるということです。しかし私たち地元の人間だけでできることは限られています。これはグローバルな問題とまでは言えないまでも、欧州全体の問題なのです。従って、欧州連合は行動をおこさなければなりません。」(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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