【ベルリンIDN=ジュリオ・ゴドイ】
米国政府は、(ロシア政府が)2段式の地上発射巡航ミサイル「RS-26」の発射実験を行ったことは1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約違反だとして、非公式にロシアを非難している。
INF条約は両国に対して、弾道および巡航ミサイル、地上発射の中距離(1000~5500km)および短距離(500~1000km)ミサイルの生産・実験・配備を禁止しているが、米国はロシアのINF条約違反疑惑について、これまでのところ公式には言及していない。しかし、米国政府高官らは、(ウクライナ情勢を背景に)ロシアとの関係がとりわけ緊張感を増すさなか、米メディアに対するリークを始めている。
1987年、数年間の協議を経て、北大西洋条約機構(NATO)と当時のソ連は、米国の「パーシングIb」や「パーシングII」、「BGM-109Gグリフォン」など、すべてのミサイルや関連兵器を破壊し生産停止することに合意した。この際ソ連側は、1987年時点で核弾頭を搭載した最新型地上発射巡航ミサイル「SSC-X-4」を含むすべてのSSシリーズのミサイルを廃棄した。
『ニューヨーク・タイムズ』紙によると、「INF条約による制限の結果としてロシアのミサイル能力に残されたギャップ」を埋めるために、地上発射巡航ミサイル「RS-26」(ロシアはこれを「ミサイル防衛キラー」と形容している:IPSJ)の実験が行われたという。また同記事は、米国のローズ・ゴットモーラー国務次官補代理が1月中旬にNATOに対して米国のデータを提供したとしている。
アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のダン・ブルーメンタール氏やマーク・ストークス氏などの軍事専門家によれば、ロシアにとってのINF条約最大の問題は、同条約に縛られない中国が自前の中距離核戦力を整備しつづけている点にあるという。両氏は『ワシントン・ポスト』への寄稿の中で、「ロシアは、もし中国が同条約に署名しないなら条約から脱退するとすでに脅しをかけている」と述べている。
もしこの米国での報道が真実なら、ロシアの実験は、NATO・ロシアが軍縮協議を継続している裏で、既に新たな核軍拡競争を始めているではないかという、数多くの平和・反核活動家の警告を証明するものとなるだろう。
というのも、NATOも、とりわけ西欧諸国に配備している「B61」核弾頭を「近代化」する計画を保持しつづけることで、(ロシアと同じく)核能力の「ギャップを埋め」ようとしているからだ。
さらに、インドやイスラエル、北朝鮮、パキスタンを含めた実質上のすべての核兵器国が、このところ少なくとも1度は中距離ロケットや核兵器の能力を向上させている。
欧州に配備されている恐るべきB61は冷戦の遺物である。この大量破壊兵器が実際にどれだけ配備されているかは軍の極秘事項であるが、約20発がドイツ南西部の村ブエッヘル近くにある軍事基地、さらに、数は不明だが最大200発のB61が、NATO加盟国のベルギー、イタリア、オランダ、トルコに配備されている。
NATO、というよりもむしろ米国政府によると、B61はその旧式な性格を考えると近代化のための改修は必要なことだという。米上院での公聴会によると、これらは「無能兵器」(dumb weapons)あるいは「重力」爆弾と呼ばれており、目標地帯に対して軍用機から投下され、レーダーによって誘導される仕組みだが、このレーダーはそもそも「耐用年数5年」を想定して1960年代に作られたものであることが明らかになっている。
こうした「無能核兵器」を航空機から投下することは、それが想定どおり爆発した場合、広大な地域が地表から消し去られてしまうことを意味する。
さらなる危険
古い核爆弾B61には、とりわけNATO軍や欧州市民にとってさらなる危険な面もある。2005年に行われた米空軍のある調査では、欧州の核兵器維持に係る手続きはリスクを抱えており、雷の落下によって核爆発を起こす危険性があると判明している。
また2008年に行われた別の米空軍調査では、欧州における「ほとんどの」核兵器配備地は、米国の安全指針を満たしておらず、これを標準並みに引き上げるためには「相当の追加資源を必要とする」と結論づけている。
これらすべてのリスクが昨年末に米議会が開いた公聴会の場で確認されており、この公聴会で米軍関係者は、B61について予定される近代化改修の内容について説明している。
マデリン・R・クリードン国防次官補(グローバル戦略問題担当)が米下院小委員会で昨年10月に述べたように、米政府は公的にはこの近代化改修を「全面的耐用年数延長プログラム」(LEP)と称している。
この審議においてクリードン次官補は、B61は「米国の核備蓄の中で最も古い弾頭の設計であり、その部品の一部は1960年代にまで遡ります。」と指摘したうえで、その近代化改修は「軍事的な要請に合致し、より手頃なメンテナンス費用で耐用年数の延長を可能にするものです。また、米核安全保障局(NNSA)が、安全・確実で効果的な核備蓄を提供するために不可欠としている更新要件も満たしています。」と証言した。
同じ公聴会で証言に立った米戦略軍のC・R・ケーラー司令官は、多くの平和活動家らが長年指摘してきたにも関わらずNATOが最近まで一貫して否定してきた内容について語った。ケーラー司令官は、「平均的なB61は、配備開始から25年ほど経過しているため旧式の技術を含んでおり、性能を維持するには頻繁に手を入れねばなりません。」と指摘したうえで、「この陳腐化しつつある兵器を、もともと想定されていた耐用年数をはるかに超えて、安全・確実、かつ効果的な状態に保つには、非常措置をとる以外に方法はありません。」と証言した。
もし近代化のスケジュールが守られるとすれば、新型の「B61-12」は2020年までに運用可能となる。NNSAの現在の推計ではこれには少なくとも80億ドルの費用が掛かる。
しかし、ワシントンに本拠を置く「軍備管理不拡散センター」は、国防総省の第三者評価では実際のコストが100億ドルを超えることもありうるとされたことを指摘している。この費用だと、LEPは爆弾1発ごとに2500万ドルを要することになる。また同センターは、「プラウシェア財団」がこの価格では改修されたB61は同じ重さの金よりも高価になると批判していることを紹介した。
LEPに批判的な人びとによれば、近代化はたんに「耐用年数延長」だけを意味するのではなく、兵器の能力を格段に向上させる意味合いもあるという。
「米科学者連盟」核情報プロジェクトの責任者で核兵器に関するもっとも著名な民間専門家のひとりであるハンス・M・クリステンセン氏は、LEPは「新しい軍事的任務を支援したり、新しい軍事能力を付与したりするものではない」という米政府当局の当初の誓約内容と、この兵器の新しい特徴とは矛盾している、と指摘している。
LEPに関する新情報は[米政府の主張とは]まったく逆の状況を示している。
クリステンセン氏は、「誘導尾翼を取り付けたことで、B61-12の命中精度が他の兵器と比較して向上し、新たな戦闘能力が付与されることになります。」「米軍当局は、50キロトンのB61-12が(再利用されたB61-4弾頭とセットで)360キロトンのB61-7弾頭と同じ標的をたたく能力を得るには、誘導尾翼が必要だと説明しています。しかしB61-7が配備されたことがない欧州では、誘導尾翼が付くことで(B61-12の)軍事能力が格段に向上することになるのです。これは核兵器の役割を低減させるという公約には見合わない改善措置と言わざるを得ません。」と語った。
比較のために言えば、米国が1945年8月6日に日本の広島市を破壊するために投下した原爆「リトル・ボーイ」の爆発力は13~18キロトン、その3日後に長崎市を破壊した「ファット・マン」の爆発力は22キロトンだった。
昨年10月に米下院が開いた公聴会で、B61-12は、1997年に導入された旧型で400キロトン規模の地中貫通型核兵器「B61-11」と、最大1200キロトンで様々な爆発力を持つ戦略核弾頭「B83-1」の代替となることが明らかになった。
クリステンセン氏は、「これによってB61-12の軍事能力は、B61-4(0.3キロトン)からB83-1(1200キロトン)に至る、重力爆弾の軍事的標的任務の全範囲と、B61-11の地中貫通能力までカバーするものとなります。」「つまり、そのような破壊能力の更新がなされれば、新戦力は『重力爆弾のあらゆる任務を包含した、共通の能力を持つ全対応型の核爆弾』となるでしょう。」と語った。
もっとも問題なのは
B61の大量破壊能力を極度に向上させる計画には多くの問題が内包している。なぜなら、欧州各国政府、とりわけドイツが、少なくとも2009年以降、この兵器の解体を希望する旨を明確にしてきているからだ。
世界中に拡散する核兵器を「冷戦の最も危険な遺産」だとした、2009年4月のバラク・オバマ大統領の歴史的なプラハ演説に対して、当時のドイツ政府は、国内に配備されている旧型のB61を解体するよう主張したのであった。
社会民主党出身の当時のフランク・ウォルター・シュタインマイヤー外相は、自ら「前例がない」と称する声明において、ドイツ領に配備されている米核兵器の撤去を要求した。2009年4月、オバマ大統領のプラハ演説からわずか数日後、シュタインマイヤー外相は独『シュピーゲル』誌に対して、「(B61核)兵器は今日軍事的に陳腐化している」と述べ、依然として配備されている米核兵器を「ドイツから撤去させる」ための措置をとると約束した。
それから2年、次の保守政権のギド・ヴェスターヴェレ外相も、B61解体の主張を続けた。キリスト教民主同盟・自由民主党連立政権のヴェスターヴェレ外相は、前任のシュタインマイヤー氏と同じく、反核活動家と同じような主張を行い、こうした核戦力は多くの意味において陳腐化していると訴えている。具体的にはその論拠として、B61はすでに使用されていない他の軍備とセットで使用することが想定されており、さらに、現在は存在しない旧ソ連圏という敵をターゲットとしている点を指摘している。
2010年3月、ドイツ連邦議会(ブンデスターク)では圧倒的多数の支持で、「米国の核兵器をドイツ領土から」撤去するよう明確に要求する決議が採択された。
しかし、シュタインマイヤー氏もヴェスターヴェレ氏もNATO全体、そしてとりわけ米国を説得することに失敗している。それどころか、ワシントンで決定された既成事実、すなわち、B61が近代化改修されて(ハンス・クリステンセン氏の巧みな表現を再び用いれば)「共通の能力を持つ全対応型の核爆弾」となるにまかせざるを得なくなっている。
その後シュタインマイヤー氏は再び外相に就任したが、核撤去問題を公に論じることをとうに止めてしまっている。クリステンセン氏がヴェスターヴェレ前外相についてコメントしたように、シュタインマイヤー氏も「NATOにおける古い核の番人らからの猛烈な巻き返しに身を固くして」いるのかもしれない。
しかしシュタインマイヤー氏は、すべての政党が参加して米国の核兵器をドイツから撤去すべきと主張した「ドイツ国会議員宣言」に、少なくとも2年も経たない以前に署名しているのである。当時(野党の)社会民主党議員団のリーダーであったシュタインマイヤー氏らはこの宣言において、当時の与党保守連立政権(キリスト教民主同盟・自由民主党)がこの同じ目標を達成できないでいることについて「残念なことに、我が国の政府は、すでにこの目標に別れを告げてしまったかのようだ。」と痛烈に非難していた。
この同じ非難を、再度外相となったシュタインマイヤー氏に対して投げかけることができるだろう。彼は、NATOの核兵器を欧州領土から撤去すべきだという自身の信念に従っていない。ウクライナ動乱によって引き起こされた新たなNATO・ロシア危機は、シュタインマイヤー氏が自身の心変わりに疑問を付すような機会を確実に提供することだろう。(原文へ)
※ジュリオ・ゴドイは、調査ジャーナリストでIDNの副編集長。共著の『殺人の実行―戦争というビジネス』『水を売り歩く者たち―水の民営化』に関して、ヘルマン・ハメット人権賞、米職業ジャーナリスト協会による「オンライン調査報道シグマ・デルタ・キー賞」、オンラインニュース協会および南カリフォルニア大学アネンバーグ・コミュニケーション学部による「起業的ジャーナリズムのためのオンラインジャーナリズム賞」等によって、国際的な評価を得ている。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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