この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
(この記事は、2021年1月21日にELN(European Leadership Network/欧州リーダーシップネットワーク)に初出掲載されたものです。ここに記載された意見は執筆者の見解であり、ELNまたはELNのいずれかのメンバーの立場を必ずしも反映するものではありません。)
【Global Outlook=トム・サウアー】
2021年1月22日の核兵器禁止条約(TPNW)発効は、深い感慨と複雑な感情を生み出す。支持者たちは、グローバル・ゼロの山頂を目指す歩みが加速することを期待している。反対者たちは、核武装国が条約に署名するわけがないと繰り返している。しかし、核武装国が核兵器を禁止する気がないのなら、核不拡散条約(NPT)の規定に基づいて核兵器の削減を約束した彼らの言葉を、他の国々はまず信用しないだろう。それは、核不拡散・軍縮体制の「礎石」であるNPTにとって幸先の悪いことである。(原文へ 日・英)
TPNWは、非核兵器国を代表してフラストレーションを表明したものである。核兵器国とその同盟国がNPTのもとで進める核軍縮は、削減のスピードが非常に遅く、過去20年間は特にはなはだしいからである。TPNWが発信するシグナルを核兵器国とその同盟国がキャッチしなければ、このフラストレーションはブーメランのように返ってくるだろう。その時に、また別の条約をフラストレーションのはけ口にするわけにはいかない。その手はもう使ってしまったのだから。考えられる次の手は、NPTから脱退することだ。イランはすでに、脱退も辞さない姿勢を見せている。それが実行されれば、サウジアラビア、ひょっとしたらトルコやエジプトも後に続くと思われる。2019年9月の国連総会で、トルコのエルドアン大統領は、NPTの差別的性質が好きではないと明言し、拍手喝采を浴びた。エジプトはすでに一度、NPT準備委員会を途中退場している。他の非核兵器国も、少なくとも彼らの認識では核兵器国がNPTの義務を遂行していないのに、なぜ自分たちが遂行しなければならないのかと自問している。NPT脱退の脅しは、非核兵器国が行使できる切り札である。核武装国とその同盟国は核兵器を手放すつもりはないと非核兵器国が本当に信じるならば、NPTを脱退することによって彼らが失うものは多くない。差別的なNPT体制は捨て置かれ、より公平な体制の構築を一から始めればよいのだ。
それは望ましいことだろうか? もちろん違う。それによって拡散がさらに進む恐れがある。幸いにもこのシナリオは、まだ阻止することができる。いまやボールは、核武装9カ国(公式な核兵器国である5カ国と、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮)の側にあり、次の段階ではそれ以上に彼らの同盟国の手にある。彼らはTPNWに対して否定的であり続け、今後の80年間も数兆ドルを費やして核兵器の近代化を続けるのだろうか、あるいはこのシグナルを理解するのだろうか?
そもそも、核兵器を持たない同盟国は自由に決断を下せるはずである。彼らは、このまま核武装国の後ろに隠れ続けるのか、あるいはNPTのもとで非核兵器国として行動し始めるのだろうか? さらに悪いことに、核同盟国は核武装国の後ろに隠れるだけでなく、核武装国が彼らの後ろに隠れる手助けもしており、おそらくそれを自覚すらしていない。米国、英国、フランスは、核兵器保有と核ドクトリンを正当化するために、外部の脅威を指摘するだけでなく、核同盟国の要請も引き合いに出している。これは、ロシアによるクリミア侵攻よりずっと前から、すでに長年にわたって行われてきた。ヨーロッパの核同盟国がなければ、米国で多額の費用がかかる核爆弾B61近代化計画(爆弾400発で100億米ドル以上)を提唱する人々は、議論に勝つことができなかったかもしれない。日本とヨーロッパの核同盟国がなければ、オバマ政権はほぼ間違いなく、先行不使用または唯一目的論をとっくに採用していただろう。NATOの核兵器政策が現在のような現状維持政策であることについて、核同盟国は、NATOの核武装3カ国と少なくとも同じぐらい責任がある。
核同盟国の世論は核軍縮とTPNWに対して非常に好意的であること、NPTが本質的に脆弱であることを考えると、今こそギアを切り替えるべきである。筆者の母国であるベルギーでは、米国の戦術核兵器の撤退に賛成する人が明らかに過半数を占め、77%の人がTPNWへの署名に賛成している。したがって、核同盟国は、今後策定するNATO戦略概念において核兵器を非合法化するべきである。TPNWのもとでは、他国の領土内に核兵器を配備することは違法と見なされる。米国の戦術核兵器がヨーロッパの領土内に1日長くとどまるごとに、ベルギー、オランダ、ドイツなどの国におけるNATOの合法性はさらに崩壊する。その一方で、ポーランドやバルト諸国(そしてプーチン)は、NATOがこれらの国を「守る」ために核兵器を使用することはないとわかっている。信頼できる(核兵器によらない)抑止力によって、彼らを安心させるべきである。それが双方の利益となる。
また、戦術核兵器を撤退すれば、結果的にNATOが先行不使用政策を宣言しやすくなる。もしそうでないなら、戦術核兵器(そして、おそらくミサイル防衛)は、新STARTをめぐる米露間のフォローアップ交渉に含めるべきである。
理想的には、核同盟国もできる限り早くTPNWに署名するべきである。いずれも核同盟国の元首相、元外相、元防衛相ら56名と元NATO事務総長2名も、それを薦めている。中間段階において核同盟国が取り得るいくつかのステップを以下に挙げる。
ベルギー政府が2020年9月30日に宣言したように、また、スペイン議会の外交委員会が12月に決議したように、TPNWに対する言葉遣いと論調を、否定的なものから少なくとも中立的な、あるいはポジティブなトーンへと変える。核同盟国の間で「TPNWを支持する有志グループ」を結成する。2022年1月に開かれる第1回締約国会議にオブザーバーとして出席し、まだ何も約束する必要なくTPNW締約国と交流する。核実験被害者を支援する(TPNWで求める通り)ために財政的貢献を行う。2021年秋の国連総会におけるTPNWに関する決議で賛成票を投じるか、棄権する。
TPNWの発効とともに、国際社会は、核兵器の未来にかかわる岐路に立たされている。核同盟国ではない非核兵器国は、その役割を果たした。いまや、米国、英国、フランスに限らず核武装国に圧力をかけるのは、核同盟国の役目である。さもなければ、核兵器のない世界はまさしくユートピア的目標と化し、核兵器はさらに広がるだろう。そのようなシナリオのもとで残る唯一の希望は、核兵器が決して使用されないことである。ちょうどわれわれが、コロナによる世界的パンデミックが二度と起こらないことを希望するように。
トム・サウアーは、ベルギーのアントワープ大学で国際政治学部教授として、国際関係、安全保障、軍備管理に関する講座を担当している。過去には、ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院で研究員を務めた。2019年ロータリー学友世界奉仕賞を受賞した。‘The Nuclear Ban Treaty: A Sign of Global Impatience’ (Survival, 60 (2), 2018, pp.61-72) の共著者(ポール・メイヤー/Paul Meyerと)であり、また、Nuclear Terrorism: Countering the Threat (Routledge, 2016) の共編者(ブレヒト・フォルダーズ/Brecht Voldersと)でもある。
INPS Japan
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