【ルンドIDN-INPS=ジョナサン・パワー】
私は元来臆病者で、とてもヒーローにはなれそうにない性格だ。(異なる機会に溺れそうになった3人の子供を救出したことはあるが、自分の命を危険に晒したわけではなかった。)そんな私は、フランスの警察官アルノー・ベルトラーム氏がとったと同じ行動は、とてもとらなかっただろう。
ベルトラーム氏はスーパーマーケットに立てこもったテロリストに、女性の人質の身代わりとなることを自らかってでた。テロリストは人質交換を受け入れたが、ベルトラーム氏はその後店内で殺害された(手足を撃たれたうえに、首をナイフで切られ重傷を負い、その日の夜死亡:INPS)。フランス政府は3月28日にパリのアンバリッドでベルトラーム氏の告別式を行った。イスラム過激派組織『イラク・レバントのイスラム国(ISIL)』の支持者とみられるモロッコ人の共犯者は現在刑務所に拘留されている。
とりわけフランスは、イスラム過激派によるテロ攻撃に晒されてきた。この数年間で、フランス本国と隣国ベルギーのフランス語圏地域におけるテロ事件の犠牲者は300名を上回っている。一方米国では、2017年にイスラム過激派の影響をうけたとみられるテロリストが引き起こした事件の犠牲者は8人にとどまっており、むしろ白人男性による相次ぐ銃乱射事件で、数多くの生徒が犠牲になっている。英国では、イスラム過激派がひきおこしたテロの犠牲者数は米国を上回る35人だったが、それでもフランスと比較すればはるかに少ない。
フランスの場合、テロ事件を引き起こした犯人の大半が、フランス出身者であることがわかっている。彼らの多くが海外でISILの活動に従事した経験があり、危険な存在に十分なり得る。しかし、今ではフランスに帰国した元ISIL関係者の大半は、暴力を放棄し、身を落ち着けようとしているとみられている。
今日フランスの有権者のかなりの部分が、紛争を逃れてくる難民を含む新規移民に対して受入れの扉を完全に閉ざすべきという考えに傾いてきている。一方、フランス政府はそこまで厳しい措置にはでていない。なぜなら政府は、テロリストは新たに入国してくる移民ではなく、まともな教育を受けられず貧弱な設備しかない粗末な住居で育ち、定職に就けていない移民2世や3世であることを認識しているからだ。
他の欧州諸国と同じく、フランスも長年にわたって「多文化主義」を標榜してきたため、外国人は住みたいところに住み、国籍を同じくする人々と自由にグループを形成できた。しかしこのことが、移民達を主流のフランス人から切り離すことにつながってきた側面もある。
フランスでは、こうした移民の増加と文化的な軋轢が共和国の伝統的な価値観であるライシテ(世俗主義・政教分離の原則)を侵害していると受け止められるようになってきた。しかしフランス政府は、一部の移民女性がしばしば夫に強制されて着用していた全身を覆うブルカの着用を禁止した以外では、これまでのところライシテを擁護するためのこれといった努力は示していない。
しかし多文化主義政策が失敗した今、フランス政府は、こうしたテロを引き起こす温床となっている社会の軋轢に対処し巻き返しをはかる必要がある。もしそうした取り組みを成功させようとするならば、必要なのは「統合」である。(かつて53年前に、米国の連邦最高裁判所が白人専用の公立学校を禁止したように。ただし実態は一部しか施行されていないが。)
多文化主義が失敗した結果顕著になってきた現象の一つがマリーヌ・ル・ペン国民戦線党首に象徴される、外国人の排斥を訴える極右の台頭である。彼らは白人差別主義者を糾合する一方で、イスラム教徒のアイデンティティを標的とした政治運動を煽っている。
今日、欧州の数カ国において、移民の社会統合を目指す動きが出てきている。スウェーデンでは、新たに到着した移民をあえて国中に分散して受け入れる制度を導入した。また新移民は、女性の権利を重視するスウェーデンの文化や言語に関する講習会を受けなければならない。つまり、旧来の事実上のゲットーのようなコミュニティーに加われるのではなく、スウェーデン社会に適応することが義務付けられている。
フィンランドでは移民女性を対象にした特別なプログラムが行われている。それは、女性を家の中に留めておきたいという多くの男性移民たちの意志に反して、あえて女性移民を家の外に連れ出し、フィンランド社会で一般的な職場経験を積ませようとする内容である。そうしたなか、フランスにおいても、遅ればせながら、またペースが遅すぎるものの、ようやく新たに迎える移民を社会に統合するための取り組みに着手している。
これはよいことだが、既にフランスに在住している移民についてはどうするのだろうか?フランスでは、サラフィー主義を標榜する小集団が各地に生まれ、暴力的なイスラム主義者の温床となってきたほか、フランス当局との対決を煽ってきた。フランス政府によるモスクに対する監視が手ぬるいのをよそに、フランス語を話さないイスラム宗教指導者らが、フランス社会の悪害について説教をしてきた。
イスラム過激主義に対抗するにあたり重視すべき施策は、暮らしている地理的な要因に加えて将来に希望がもてない若者らの怒りが重なってフランス社会の価値観に心を閉ざしている人々に、手を差し伸べるものでなくてはならない。
フランスの右派は、英国や米国の場合と同様に、移民の犯罪率や就業に対する若者らの努力不足を強調して差別感情を掻き立ててきた。一方で左派は、移民が住みたいところに住み自由に生きる権利を擁護してきた。フランスのイスラム教徒はイスラモフォビア(イスラム嫌悪症)の犠牲者(たしかに多くの場合そうだが)だとみなされているが、同時に歴代のフランス政権が推進してきた自由放任政策の犠牲者でもある。
エマニュエル・マクロン氏の大統領選出は、中道勢力の勝利であるとともに、こうした移民問題にとどまらずフランス社会が直面している経済やその他の社会問題を解決していくために同国が通過しなければならなかったステップであった。
フランス社会が、各地の移民のゲットーを解体し、良い住宅環境や学校を建設し、失業している移民世帯の若者に就業先を提供するための想像力に富んだ方法を見つけ出し、テロリスト予備軍を監視するための十分な予算を治安当局に確保できるようになるまでには、多くの時間を要するだろう。アルノー・ベルトラーム氏を殺害したナイフに対する回答は、容易に見つけられるものではないのだ。(原文へ)
翻訳=INPS Japan
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