地域アジア・太平洋|カンボジア|疲労困憊してもマッサージ嬢らに休息なし

|カンボジア|疲労困憊してもマッサージ嬢らに休息なし

【プノンペンINPS=ミシェル・トルソン】

人口の3割以上が貧困線(一日当たりの所得が1ドル)以下の生活を送るこの東南アジアの国(人口1400万人)では、労働者は厳しい現実に直面している。正規雇用を見つけるのは難しく、多くの人々が、最低賃金の規定もなく労働法もほとんど遵守されない「インフォーマルセクター」での就労を余儀なくされている。 

先日、高級スパのマッサージ嬢らが起こした労働争議をきっかけに、労働者の人権が最も侵害されやすい分野のひとつとみられている「娯楽産業」の実態に光があてられることになった。

 それまでカンボジアの「娯楽産業」は、秘密のヴェールに包まれていたが、昨年10月にノロドム・シアヌーク国王が崩御した際に、「『アジアデースパ』に勤務する5人のマッサージ嬢が、国王に最後の別れをするために休憩をとりたいと申し出でたところ拒否された」との報道を契機に、急遽この産業の実態にスポットライトがあてられることとなった。 

「マッサージ嬢らは、2012年10月15日に国王崩御を伝えるニュース報道に接して、『亡き国王を悼むために数時間の休憩時間をほしい。』と申し出ました。彼女らは、週6日、朝10時から夜10時までの12時間勤務に従事しているのです。」と娯楽産業に従事する労働者団体「カンボジア食品・サービス労働組合連盟(CFSWF)」のモラ・サル理事長は語った。 

しかしスパのオーナーはこれを拒否。亡き国王を追悼するために数百万人の国民がカンボジア各地から首都プノンペンに続々と集まる中、結局、彼女らは群集に加わることにした。ところが、翌日彼女らが出勤してみると、既に解雇されており、最後の月に働いた分の支払いも行われないと知らされた。 

労働争議を調停する任務を負った政府機関「仲裁評議会」が、スパオーナーによるカンボジア労働法違反を認める判決を下したにも関わらず、スパ側はこの判決に従う意向を示さなかった。 

 そこで解雇されたマッサージ嬢らと、CFSWF、その他の娯楽産業に従事する労働者らは、1月11日から18日にかけて、拡声器、看板、チラシ(英語及びクメール語)などを持ち寄り、外国人顧客を対象とした高級スパとして有名な問題の施設の前で抗議集会を開いた。そしてこの集会は、この事件に対する地元メディアの注目を集めることとなった。その結果、5人のマッサージ嬢には、前月分の給与、年次休暇分の取り分、及び解雇手当(勤続年数に応じて300ドルから1000ドル)が支払われた。 

これはマッサージ嬢が勝ち取った判決としては画期的なものだが、サル理事長によると、「まだまだ始まりに過ぎない。」という。CFSWFでは、この最新の訴訟に加えて、カンボジア北西部シエムリアップ州にある大型マッサージパーラー「アラスカマッサージ」で働く15名のマッサージ嬢が起こした訴訟も支援している。この韓国人所有のマッサージパーラーでは、約200人の従業員が1月あたり僅か50ドル(日当2ドル程度)の低賃金で労働に従事しているという。 

商業的性労働と「娯楽産業」の違いは紙一重 

カンボジアのマッサージ嬢らをとりまく労働環境についてはほとんど知られていない。メディアは長らく、ビール販売員、ホステス、カラオケ店の歌手やダンサーなど、カンボジアの娯楽産業に関する報道を行ってきたが、そうした記事の大半は、マッサージパーラーではなくむしろ地方のナイトクラブやビアガーデンで働く女性を取材したものだった。 

しかし実際のところ、カンボジアには、女性が性労働者として搾取されてきた長い歴史がある。そして性産業に取り込まれる女性たち(大半が正規の教育を受けていない女性たち)は、男らしさと女性の貞操観念を重視するこの国の文化が生み出した二重基準の被害者でもある。 

グエルフ大学(カナダ)の研究者イアン・ルーベック氏は、カンボジアの若い男性が性産業に安らぎを求める傾向にある一因として、1975年から79年のポルポト時代に、生きていれば子どものために見合い縁組をしたであろう両親を殺害された影響を指摘している。ポルポト時代に殺害された犠牲者は75万人~300万人と推計されている。 

また一方でルーベック氏は、独身・既婚男性の性産業における買春経験(全体の25%)を調査した政府統計を引用して、既婚男性も売春宿に頻繁に通っている点を指摘した。 

カンボジアでは2007年12月に議論を呼んだ「人身取引・商業的性的搾取取締法」が議会を通過し、2008年には国内各地の売春宿が閉鎖された。しかし行き場を失った性労働者らが、大挙して娯楽産業に移っていったため、影の多い娯楽セクターが急成長することとなった。国際労働機関(ILO)の調査報告書によると、プノンペンで売春を行っていたマッサージ嬢の数は2008人には推計494人であったのが、翌年末には2424人と390%の増加を示している。また同報告書によると、ビアガーデンやビールの売り子として働いている人々の人数も、マッサージ嬢の場合と並行した動きを記録している。 

この調査結果は、娯楽産業の仕事は性労働とは区別されるものだが、両者の間に重複している部分があることを明白に示している。そして、娯楽産業の女性たちを性労働に押しやる背景には、正規労働から得られる所得が極めて低い(低賃金)問題と、顧客や雇用主が性的なサービスを求める職場のプレッシャーが存在する。結局、生活費の不足分を埋める必要性から多くの女性従業員がこのプレッシャーに屈することになるのである。 

記者が取材した女性たちの多くが、低賃金に加えて、農村部の親戚を支援する必要性から、結果的に自らの基本的な必要を満たすことさえままならない経済状態におかれていることを告白している。 

ルーベック氏はIPSの取材に対して、「ビールの売り子、ホステス、マッサージ嬢、カラオケ店の歌手など1800人に取材をした結果、雇用主が地元娯楽施設の所長か世界的なビール会社か地元の代理店かの違いに関わりなく、常に極めて低い賃金しか支払われていない実態が分かりました。」と語った。 

またルーベック氏は、2002年から1012年までの調査結果を網羅した最新の報告書を示しながら、娯楽産業の労働者に払われている平均賃金は、彼女たちの基本的な必要を満たす最低資金の半額程度に過ぎないため、常に残りの40%から60%の収入を顧客からのチップに頼らざるを得ない構造になっている、と説明した。このルーベック氏の研究結果は、売春宿が閉鎖される前から、こうした労働者達に性的サービスを迫る圧力が既に存在してきたことを物語っている。 

性労働者の共同体「連帯のための女性ネットワーク(WNU)」のピセイ・リー代表は、IPSの取材に対して、「カンボジア人男性を顧客にする農村部の低価格帯のマッサージパーラーにおける通常のマッサージサービス料金は7000~10000リエル(1.75~2.5ドル)です。もしマッサージ嬢が場所を店外移して性的サービスを提供する場合、追加料金として5ドルを請求します。」と語った。 

リー氏によると、性労働者らは、売春行為が違法とされたため、このようなマッサージパーラーのような娯楽施設を顧客獲得の窓口として利用しているという。「ちなみに、こうした娯楽施設を利用するのは大半がカンボジア人男性で、一方、外国人の場合は、マッサージパーラーよりも、バーやナイトクラブでフリーランスの売春婦を誘って買春しています。」とリー氏は語った。 

一方、高級スパの場合、外国人の顧客を対象にする傾向があり、サービスも専ら治療的なマッサージサービスに限定されている。従って、このような施設で働くマッサージ嬢をとりまく労働環境は比較的恵まれているといえる。 

サル理事長は、「(5人のマッサージ嬢が労働争議を起こした)アジアデースパの場合、マッサージサービスの料金は1回につき8ドルから18ドルで、マッサージ嬢らはチップを含めて各顧客から直接支払いを受けることができます。つまりこの店の月収70ドルは賃金レベルでは最高級のカテゴリーになるのです。」と語った。(原文へ) 

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩 

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