【国連IDN=タリフ・ディーン】
今月初め、学者、反核平和活動家、市民社会組織(CSO)が国連本部に集まり、世界中で高まる核戦争の脅威について議論した際、その根底にあったテーマの一つが8月4日に開催されたサイドベントのタイトル「核戦争を回避するために、短期的に何ができるか。」に込められていた。
このサイドイベントでは、世界の5大核保有国(英国、米国、フランス、ロシア、中国、いずれも国連安保理の常任理事国)に対して、核兵器の「先制不使用」を約束するよう呼びかけるなど核戦争を回避する方途について多岐にわたる議論が行われた。その際、5大核保有国が先制不使用を約束すれば、その他の核保有4カ国(インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮)もその例に倣うものと期待された。
「国際平和と理解」(オスロ)の理事長であるアレクサンダー・ハラン教授は、3月以降、自身のほとんどの時間を核兵器の先制不使用政策の問題に費やしてきたと語った。
「(先制不使用は)古いテーマですが、現在起こっていることに鑑みれば、このテーマが今ほどに重要な時はありません。」とハラン教授は語った。
「今週のNPT再検討会議の一般討論を通じてほとんどの国が表明したように、私達は危険な局面に入っています。核兵器の実際の使用のハードルが著しく下がっているのです。」
「もしこの問題に効果的に対処することに失敗すれば、平和と軍縮をめぐる私達のその他のすべての努力が無駄になってしまうかもしれない。」とハラン教授は警告した。
ハラン教授はまた、「核保有国が『核兵器の先制不使用』を宣言することは、国連の軍縮機構の内部における信頼を再確立し、多国間軍縮への機運を取り戻すのに最も効果的な方法かもしれません。」と指摘した。
「また、核先制不使用は、現在にあって私達が実際に合意できるものだと理解しなくてはなりません。それは達成可能なものであり。そしてそれこそが、私達が核先制不使用に着目する必要がある主な理由なのです。」とハラン教授は訴えた。
8月26日まで4週間にわたって開催される核不拡散条約(NPT)第10回再検討会議の「サイドイベント」として8月4日に開かれたこの会合は、カザフスタン共和国国連政府代表部、創価学会インタナショナル(SGI)、軍備管理協会(ACA)、戦略的リスク評議会(CSR)、世界政治経済研究所、「国際平和と理解」プロジェクトによって共催されたものである。
仏教哲学者であるSGIの池田大作会長は今回のNPT再検討会議の開催を前に発表した緊急提案の中で、紛争において核兵器を最初に使用する国にならないこと(すなわち「核兵器の先制不使用」の原則)を宣言するよう核五大国に対して強く呼びかけた。
「核兵器が再び使用されかねないリスクが、冷戦後で最も危険なレベルにまで高まっている。」と池田会長は述べた。
60年以上にわたって核廃絶を熱心に追求してきた池田会長は、米国・ロシア・英国・フランス・中国に対して「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」とする今年1月3日の共同声明を、核兵器の先制不使用政策を宣言することによって具体化すべきだと訴えた。
「『核兵器の先制不使用』の方針転換が世界の安全保障環境の改善にもたらす効果には、極めて大きいものがあります。」と池田会長は論じた。
池田会長は、具体的な事例として、2020年6月に、中国とインドが係争地で武力衝突した時、数十名に上る犠牲者が出る状況に陥りながらも、両国が以前から「核兵器の先制不使用」の方針を示していたことが安定剤として機能し、危機のエスカレートが未然に防がれた例を挙げた。
「(核兵器の)先制不使用政策が核保有国の間で定着していけば、核兵器は『使用されることのない兵器』としての位置づけが強まり、核軍拡を続ける誘因が減るだけでなく、『核の脅威の高まりが新たに核保有を求める国を生む』という核拡散の解消にもつながる。」と池田会長は指摘した。池田会長は、平和・文化・教育を促進する1200万人の仏教徒の多様なコミュニティであり、NGOとして国連との協議資格を持つSGIを代表している。
世界に緊張と分断をもたらしてきた「核の脅威による対峙」の構造を取り除くことで、核軍拡競争に費やされている資金を人道目的に向けていくことが可能となり、新型コロナのパンデミックや気候変動問題をはじめ、さまざまな脅威にさらされている大勢の人々の生命と生活と尊厳を守るための道が大きく開かれるようになるだろう。
「私は8月のNPT再検討会議という絶好の機会を逃すことなく、核兵器国による『核兵器の先制不使用』の原則の確立と、その原則への全締約国による支持、非核兵器国に対して核兵器を使用しないという『消極的安全保障』を最終文書に盛り込むことで、安全保障のパラダイム転換を促す出発点としていくことを強く呼びかけたい。」と池田会長は述べた。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長は8月6日の広島での記者会見で、核保有国は「核兵器の先制不使用を約束すべきです。もし誰も先制使用しないならば、核による対立などというものはなくなるからです。」と同様の観点を主張している。
グテーレス事務総長は、「とりわけ今日、核のリスクが世界中で再び高まっています。核兵器の備蓄が強化されており、約1万3000発の破滅的な兵器が依然として存在しています。広島・長崎の教訓は明白です。」と指摘したうえで、「この地球上に核兵器のあるべき場所などありません。核という選択肢を永遠に取り下げてください。今こそ、平和を拡散させるべき時です。」と語った。
カザフスタンのマグジャン・イリヤソフ国連常駐代表は、このサイドイベントの開会挨拶で、「あらゆる惨禍の中で最も深刻な核兵器の脅威のために、1945年と同じく現在も世界は不安定な状態であり続けています。」と語った。国連は77年前、まさにこの核兵器の惨禍を回避するために設立された機関である。
しかし、国連や国際社会が核廃絶の取り組みを進めてきたにも関わらず、この恐るべき兵器は依然としてこの世に存在する。
イリヤソフ大使は、「経済体制の違いはあれ、この2年半全ての国々を襲ってきた混乱と破壊が、核戦争やそれがもたらす汚染のためにさらに悪化させられるようなことがあってはなりません。」と指摘したうえで、「平和や軍縮、正義、持続可能な開発、環境保護は、人類の生き残りと福祉のための前提条件にほかなりません。」と語った。
NPTは様々な課題に直面してきたが、依然として、国際的な安全保障の枠組み、グローバルな核不拡散体制の重要な礎石の1つであることに変わりはない。
「第10回NPT再検討会議は『前代未聞の大惨事に陥ることを回避するために、人間の安全保障と進歩に向けた重要な決定を迫られる』最も時宜を得た会議となります。」
イリヤソフ大使は、「カザフスタンは、すべての人々のための永続的な安定と安全を確保するため、他国と協力して一刻も早い安全な復興を追求していきます。核兵器のない世界を実現するための国際的な取り組みを提唱することは、独立以来一貫して守ってきた悲願です。」と語った。
「世界に核兵器というものがある限り、その不使用を絶対的に保証することは不可能であることを十分認識しています。しかし私たちが外交を再開した今、このNPT再検討会議の間にその可能性を最大限に生かすことが必要です。」
「私達は、一日も早くこの行き詰まりを打開し、人類にとっての新たな光と希望の地平を見ることができるように望んでいます。」とイリヤソフ大使は語った。
戦略的リスク評議会(CSR)のクリスティーン・パースモア会長は、核対立の可能性が高まっていると指摘した。
「この問題を動かしている要因は幾重にも存在します。地政学的な緊張が高まっていること、将来の軍備管理に関する取り決めを行う十分な推進力に欠けていること、世界は今、気候変動の危機やコロナ禍の影響に取り組んでいること、そして数え切れないほどの圧力がこの問題を引き起こしています。」
「そしてもうひとつの要因を見逃すべきではありません。その要因とは、いくつかの核保有国が、核兵器使用の閾値を下げ、誤算のリスクを増大させかねないような核能力の増強を推進或いは検討していることです。」とパースモア会長は語った。
「低出力」及び「準戦略」に分類されるような核兵器もそこには含まれている。また、核・非核いずれの武器も搭載することができ、危機にあっては区別することが難しい両用能力システムを保有している国々もそこには含まれる。
「私が国防総省にいた際にはその種の能力への関心が高まってきていて、そのことがCSRでの私たちの活動の動機になっています。多くの国々等と協力して、核兵器が使用されるリスクを低減する道を探り、核保有国に自制心と責任を持たせ、NPTの公約に向けて前進させようとしています。」
「私たちは、核保有国に対し、以下の3つの目標に向けた前進を示すあらゆる手段を検討するよう提言します:
1)今日の安全保障環境においては必要のない新型・新規の核兵器の取得への検討をやめること。
2)既に複雑な安全保障環境においてさらに曖昧さを増すような行動を回避し、そうした曖昧さを低減させ始 めること。
3)非核戦力と核戦力が一体のものにならないようにすること。
「そうした措置を実現する方法はたくさんあり、その多くが私の団体やその他のNGO、国連軍縮研究所などによって追求されてきました。」とパースモア会長は語った。
例えば次のようなものある。
・通常兵器と核兵器を搭載できる二重能力兵器システム(特定の兵器または巡航ミサイルのような広範なクラス)の追求を避けるための合意
・多くの国が通常型の中距離地上発射システムのみを維持することに関心を示していることから、中距離核戦力(INF)全廃条約の後継条約を検討すること。
・特定の地域に特定の種類の核能力の配備をしない、あるいは核兵器を全体として配備しないとの合意、或いは、それを一時的に取りやめる約束をすること。
軍備管理協会(米ワシントン)のダリル・G・キンボール会長と、世界経済政治研究所のイェルジャン・サルティバエフ所長もまたディスカッションに加わった。司会はSGI国連事務所のアナ・イケダ氏が務めた。(原文へ)
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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