ニュース「核兵器なき世界」の理想は失われない

「核兵器なき世界」の理想は失われない

【ベルリン/ニューヨークIDN=ジャムシェッド・バルーア】

今年8月に迎える広島・長崎への原爆投下70周年は、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約策定に向けた交渉を開始する適切な機会となるだろう。専門家らによれば、これは、4週間にわたって開かれたが成果文書を採択できずに5月22日に終了した国連の会議で出された明確なメッセージである。

2015年核不拡散条約(NPT)運用検討会議では、実質的な成果に関してコンセンサスを得られなかった。これに関して国連の潘基文事務総長は「失望」を表明したが、これは広く共有されている見方だろう。

Austrian Chancellor Sebastian Kurz/  Készítette: Kremlin.ru, CC BY 4.0
Austrian Chancellor Sebastian Kurz/ Készítette: Kremlin.ru, CC BY 4.0

しかし、2015年NPT運用検討会議ではプラスの成果が2つあった。一つは、オーストリアが提起し(会議前の70ヵ国から会議終了までに)107か国が賛同した、核兵器の禁止と廃絶に向けた法的ギャップを埋めることを約束した「人道の誓約(=オーストリアの誓約を改称)」であり、もう一つは、「核兵器なき世界」に向けたステップを促進するために包括的核兵器禁止条約機構準備委員会(CTBTO:本部ウィーン)のもつ重要な役割が認識されたことである。

米国や英国、カナダが主張するように、今回のNPT運用検討会議は中東非核地帯創設に関する国際会議の開催に関して合意が得られなかったことだけが理由で決裂したのではない。また成果文書草案は、軍縮に関しても著しく欠陥のあるものだと見做されていた。

国連事務総長の報道官は5月23日に出した声明で、潘事務総長が「会議の参加国が核軍縮の未来に向けて歩み寄ることができなかったこと、また、中東地域の非核化の実現およびその他の大量破壊兵器について新たな合意に至らなかったことに失望している。」と語った。

潘事務総長は同時に、核軍縮に向けた新たな取り組みや核不拡散を強化するための努力など、過去5年間で築き上げてきた機運を維持するようすべての加盟国に求めている。

「中東に関しては、非核地帯創設に向けて必要となる包括的な地域対話を促進、維持するための事務総長自らの努力を惜しみません。」と報道官は語った。

この提案がどれほど有益なものであるかは、まだわからない。ローズ・ゴットモーラー米国務次官(軍備管理・国際安全保障)は、中東非大量破壊兵器地帯創設に関する会議の招集に期限を設けるべきだとのエジプトの要求は「非現実的で、機能しない」と述べている。この会議は、前回の2010年NPT運用検討会議で、2012年までに開催するよう定められていたものだ。

潘事務総長は、核兵器使用の壊滅的な人道的帰結に対する関心が高まることで、核兵器禁止・廃絶に導く効果的な措置に向けた緊急の行動につながればよいと考えている。

事務総長発言は、4月27日から5月22日までニューヨークで開催されたNPT運用検討会議における意見の不一致の中心にある基本的な問題に触れたものだ。1970年に発効し191か国の加盟国をもつNPTは不拡散体制の要だとみられているにも関わらず、今回は合意が得られなかった。

NPTは、核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用という相互に強化しあう3本柱を抱え、核兵器拡散の防止に関する国際協力の基礎をなしている。しかし、英国、フランス、ロシア、中国、米国の5つの公式核保有国は、核軍縮に関して十分に行動していないとして非難に晒されている。

巻き戻し

オープン・デモクラシー」におけるエリザベス・マイナー氏の分析によると、成果文書草案には、核保有国やその同盟国による何らかの意義のある誓約は含まれていなかったという。

「実際、安全保障ドクトリンにおける核兵器の役割の低減といったような多くの領域において、2010年になされた軍縮に関する約束の多くが巻き戻され、草案からは削除されていました。しかも草案には、国連は常に民主的な投票手続きを踏んで運営されてきたにも関わらず、国連での核軍縮に関する作業は全会一致方式でなされねばならないと示唆する内容までありました。」

「全体として、草案はNPT上の5つの核保有国(英国、フランス、ロシア、中国、米国)とその同盟国の意向を強く反映し、核軍縮に関してはほとんど行動がなされない一方で核戦力の近代化が進む現状を是認するものでした。」とマイナー氏は語った。

米科学者連盟(FAS)はこう述べている。「冷戦終結から20年以上経った現在、世界の核弾頭数合計は約1万5700発と、依然として高いレベルを保っている。この中で作戦上の地位に置かれているとみられるのは4100発で、そのうち、米ロ両国の1800発が、わずかな事前通告時間で使用可能な即発射態勢に置かれている」。

ほとんどの核弾頭が、1945年の日本に落とされた原爆よりもあるかに強力である。たった一発の核弾頭でも、大都市の上に落とされたならば、数百万人の命を奪い、数十年に及ぶ影響を残しかねない、と専門家は指摘している。

「冷戦期に比べて、米国・ロシア・フランス・英国の核戦力はかなり削減されてはいるが、すべての核保有国が残りの核戦力を近代化し、核兵器を無限に保有しつづけようとしているかにみえる」とFASは述べている。

憂慮する科学者同盟」のスティーブン・ヤング氏によると、オバマ政権は、核弾頭とそれを運搬するミサイル・爆撃機・潜水艦をふくめた核戦力全体を再構築する計画を持っている。議会予算局の推計によると、2015年からの10年間でこの計画遂行にかかる費用は3480億ドル。議会が任命する国家防衛パネルは、30年間にかかる費用は1兆ドルに及ぶ可能性があると指摘している。

米国がエジプトを非難する一方で、中東諸国は、NPTに加盟していない核保有国イスラエルの利益が、NPT加盟国の利益よりも優先されてきたと憤りを表明した。「イスラエルのネタニヤフ首相が、中東非核化に関するエジプト提案の阻止に成功したことを米国・英国・カナダ政府に感謝していると伝えられ、中東諸国からの批判が高まった」とレベッカ・ジョンソン氏は記している。

反民主的で不透明

リーチング・クリティカル・ウィル」(RCW)によれば、「NPT運用検討会議成果文書の策定プロセスは反民主的で不透明なものだったという。例えば、東南アジア諸国連合(ASEAN)など一部の代表団からは、プロセスから排除されているとの不満の声が漏れていた。南アフリカ共和国などは、たとえ筋が通らない場面でも一部の国が状況をコントロールする『少数の国々による支配』の場にNPTが堕してしまったと批判していた。」

RCWはまた、地域を横断する47か国がオーストリアの発表した声明で述べたところでは、NPT運用検討会議における議論とその中で出てきた文書草案は「核兵器の受け入れがたい人道的帰結に関して行動する緊急性」を示したものであったが、「法的ギャップを埋める点での確実な前進をもたらすには程遠いもの」であった、と指摘している。

世界の国々(そしてNPT加盟国)の過半数にあたる107か国が、オーストリアが主導した「人道の誓約」に賛同することによって、この法的ギャップに着目し、それを埋めることを約束した。これらの国々は、核保有国の安全保障上の懸念と同じく非核保有国の安全保障上の懸念についても考慮に入れるよう要求するなど、新たなグループとしての存在感を示した。

レイ・アチソン氏が代表を務めるRCWは、これらの国家(そしてNPT運用検討会議後に「人道の誓約」に賛同した国家)は、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約策定に向けた新たなプロセスへの基礎として、この誓約を利用すべきだ、との考えだ。

核兵器禁止条約(NWC)こそが、核軍縮にコミットする国家が採るべきもっとも実行可能性の高い方策であるという点で、識者らはアチソン氏と認識を共有している。「2015NPT運用検討会議の経緯は、核兵器国やその同盟国に(核軍縮に向けた)リーダーシップや行動をおこすことを期待しても無駄だということを明白に示すものだった。」

オーストリアとともに「人道の誓約」を提起した47か国が注目したように、「この運用検討サイクルを通じて行われてきた様々な意見交換を見てきて明らかになったことは、核軍縮がいったい何を意味するのかということについて、多くの基本的な側面で大きな意見の相違があるということ、すなわち、現実のギャップ、信頼性のギャップ、信用のギャップ、モラルのギャップが存在するということである。」

これらのギャップは、核兵器を絶対悪とみなし、禁止し、廃絶する断固とした行動によって埋めることができる。この点について、コスタリカの政府代表は、「歴史は勇者のみを称賛するものです。」と指摘したうえで、「今こそ、来たるべきもの、すなわち、私たちが望み、私たちに値すると考える世界のために、動くべき時なのです。」と訴えた。

RCWは、「核兵器を拒絶する国々は、核兵器保有国抜きでも前進し、世界を牛耳ろうともくろむ暴力的な少数の国々から世界を取り戻し、人間の安全保障とグローバル正義の新たな現実を作り出すという信念を持たねばなりません。」と訴えている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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