【ワシントンIPS=ジャスミン・ラムジー】
イランの核問題をめぐる「枠組合意」妥結期限から2日が過ぎ、交渉担当者らは成果なく手ぶらで帰国するかに見えた。しかし、4月2日、スイスのローザンヌとワシントンにおいて驚きの詳細な枠組みが発表された。それと時を同じくして米国のバラク・オバマ大統領の頭の中にあったのは、米議会との対決であった。
ホワイトハウスの中庭でこの「イランとの歴史的な合意」について発表したオバマ大統領は、「ここで問題になっているのは、政治よりももっと大きな問題です。」と指摘したうえで、「(この枠組合意は)もし完全に履行されれば、イランの核兵器取得を防ぐことができるものです。」「しかしもし議会が、専門家による分析を無視し、何らの合理的な対案も示さないままこの取引を壊してしまうなら、外交の失敗に関して非難されるのは米国ということになります。そうなれば国際社会の結束は壊れ、紛争への道が広がってしまうでしょう。」と語った。
イランと「P5+1」(米・英・仏・中・露プラス独)は、6月30日までに懸案のイラン核問題に関して包括的な最終合意に達しなくてはならない。つまり、オバマ大統領が米議会に望んでいる「建設的な監視役割」を議会が受け入れるには、あと3ヶ月もないということになる。
ワシントンに本拠を置く「軍備管理・不拡散センター」のレイシー・ヒーリー政策ディレクターは、IPSの取材に対して、「議会はこの交渉において複数の役割を演じてきました。」「議員の中には自分たちはあえて(イランから譲歩を引き出すために同国に対して)厳しい立場をとる役回りを演じてきたと考えたい人たちもいるようだが、それがどれほど効果的だったかは不明です。…これは危険なゲームと言わざるを得ません。」と語った。
もし外交交渉の当事者らが手ぶらで帰国することになっていたとしたら、マーク・カーク上院議員(共和党)とボブ・メネンデス上院議員(民主党)が提出した「2013年新イラン制裁法(カーク=メネンデス法案)」(追加制裁とイランのすべての核濃縮能力の解体を規定したもので、イランには到底受け入れられない内容であった)のような、タカ派的な措置が、オバマ大統領の拒否権発動を覆せる多数の賛成票を得る可能性が高まっていたであろう。
しかし、今や対イラン合意が見えてきたことから、共和党が、イランとの合意を壊しかねない法案に十分な数の民主党議員を切り崩して賛成にまわらせることは難しくなるだろう。
カーク=メネンデス法案の審議が立ち行かなくなり、オバマ大統領が目下のところ直面している脅威は、上院外交委員会のボブ・コーカー委員長(共和党)が提案している「2015年イラン核合意再検討法案(コーカー法案)」であろう。
コーカー法案は、オバマ大統領の対イラン交渉を一貫して批判してきた共和党が多数を占める議会に対して、イランとの包括的合意妥結後60日以内に、合意を承認する権限を与えるものである。この期間中、大統領はイランに対するいかなる制裁の解除も一時停止も許されなくなる。
コーカー議員は枠組み合意が発表された2日に声明を出し、議員らが春期休会から戻ってくる14日から上院外交委員会で同法案の審議を始めるとの意向を示したうえで、「最終合意がまとまったら、アメリカ国民は、選出された議員を通じて、合意が本当にイランの核の脅威を除去することになるのか、本当にイランの体制に責任を取らせることができるのかについて検討する機会を持たねばならない。」と語った。
しかし、米政府関係者は同日の記者会見で、「大統領は、(イランとの包括合意に向けた)協議中に議会を通過する新たな制裁法案や既存のコーカー法案に拒否権を発動する考えを明らかにしています。」「包括合意をとりまとめるオバマ政権の能力を本質的に削いでしまうような法的措置は、建設的なものではありません。」と述べ、オバマ大統領がイランとの最終合意の見通しに悪影響を及ぼすようないかなる法案にも反対する意向である旨を伝えた。
オバマ政権の(イランとの)いかなる合意に関しても議会が発言権を保つべきだという考え方は、2年前にジュネーブで予備的合意がまとまってからとりわけ強くなり、特に右派からの数多くの議会行動に道を開くことになった。しかし、最終合意がまとめられようとしている今、タカ派議員らは民主党議員からの必要不可欠な支持の獲得に、これまでよりも苦労するだろう。
「2日の枠組み合意以前は、コーカー上院議員も、大統領の拒否権を覆せる多数(両院の3分の2以上)の支持を得ることに大いに自信を持っていましたが、イランとの合意が出来あがりつつある今、民主党議員から十分な支持票を獲得するのは難しくなりつつあります。」と議会の動向をモニターしているヒーリー氏は語った。
主要な民主党議員が2日に発した声明は、いつも通り慎重な言い回しのものだったが、オバマ政権の立場を支持することになるかもしれないと示唆する議員も既に現れている。
民主党のハリー・リード院内総務は、「深呼吸をして、(枠組み合意の)内容を精査し、この極めて重要なプロセスが展開する時間を与えようではないか。」と同党の議員に呼びかけている。
リード院内総務は「イランが核兵器を取得しないように常に目を光らせていなくてはならないが、外交的解決がその他の方法よりもずっと望ましいことに間違いありません。」と、2日の声明で述べている。
しかし、対イラン合意の賛成派・反対派がそれぞれ議会に対して圧力を強める中、これからの2週間、オバマ大統領は議会への困難な対応を強いられるだろう。
「私たちは、P5+1によって2日に発表された新枠組みは、イランを核兵器取得に手が届く位置に残したままの最終合意につながりかねないとの懸念を持っています。」と主要な親イスラエル・ロビー団体の一つである「アメリカ・イスラエル公共問題委員会」(AIPAC)は、その声明の中で述べている。
ワシントンに本拠を置く著名なタカ派シンクタンク「民主主義防衛財団」(FDD)もまた、イランに核インフラの維持を認めるようないかなる合意にも反対するとの立場を改めて表明した。
FDDのマーク・デュボビッツ事務局長とアニー・フィクスラー(政策アナリスト)氏は、ウェブサイト「クウォーツ」に掲載した寄稿文「オバマ政権の対イラン核合意は世界の安全を危険に晒す」のなかで、「発表された枠組み合意の内容を見ると、きわめて欠陥の多い合意に向かっているように感じる。」と述べている。
3月に(ホワイトハウスの反対を押し切って)米議会でイランに関する演説を行い、何度もスタンディング・オベーションを受けたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、合意枠組みについて、「イスラエルの生存そのものを脅かす重大な危険」だとコメントした。
イスラエル、そして程度は劣るがサウジアラビアも、イランとの協議に反対を明確にしてきており、今後数か月、懸念の声を強めるであろうと予想される。
しかし、オバマ政権の取り組みは、単に同盟国を安心させ、あるいは自国の反対派と闘うことだけに専心する余裕はない。現段階では何ら内容が保証されていないイランとの包括合意そのものの詳細をまとめあげるという仕事があるのだ。
「今後3ヶ月でいくつもの困難な課題を解決しなくてはなりません。その中でも大きなものは、①対イラン制裁解除への正確なロードマップ、②国連安保理決議に盛り込む文言の内容、③イランのPMD(軍事的側面の可能性)問題を解決する措置、④合意違反認定のメカニズムの決定、があります。」と「国際危機グループ」のイラン問題アナリストであるアリ・バエズ氏は、IPSの取材に対して語った。
「今後3ヶ月の交渉は生易しいものではないでしょう。それどころか、当事国が残った難題を解決し、合意を守ろうとするにつれて、交渉は難しくなってくると思われます。」と、枠組合意がまとまった際にはローザンヌに滞在していたバエズ氏は語った。
「成功は保証されていません。しかし、今回の合意妥結で、今後決裂した場合のコストはより高いものになったと言えます。」とバエズ氏は付け加えた。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
関連記事:
米国のイラン核武装説は「危険な幻想」(ピーター・ジェンキンス元英国IAEA大使)
イラン核問題「共同包括的行動計画」枠組みからの抜粋
「イラン・イスラム共和国の核計画に関する共同包括的行動計画のパラメーター」文書の内容は、以下のとおり。
イランは、10年にわたり、設置された遠心分離器の約3分の2を削減し、現状の1万9000基から6104基(全てイランの第1世代分離器である「IR-1」型)とし、そのうち5060基のみでウラン濃縮をすることに同意した。
イランは、少なくとも15年にわたり、少なくとも3.67%を超えるウラン濃縮をしないことに合意した。
イランは、15年にわたって、現在の低濃縮ウラン(LEU)の備蓄1万キログラムを、3.67%の低濃縮ウラン300キログラムにまで削減することに合意した。
すべての余剰の遠心分離器と濃縮インフラはIAEA(国際原子力機関)が監視する貯蔵庫に置かれ、運転される遠心分離器および装置の取り替えにのみ使用する。
イランは、15年にわたって、ウラン濃縮目的のいかなる新しい施設も建設しないことに合意した。
IAEAは、ナタンツにおけるイランの濃縮施設、フォルドウにおけるかつての濃縮施設を含むイランのすべての核施設へのアクセスを有する(最新の監視技術を含む)。
査察官は、イランの核計画を支えるサプライ・チェーンへのアクセスを有する。新しい透明性・査察メカニズムは、秘密計画への転用を防止するために物質や構成部品を緊密に監視する。
イランは、検証可能な形でコミットメントを守れば制裁緩和を受けられる。
米国とEUの核関連制裁は、イランがすべての重要な核関連措置をとっているとIAEAが検証した後に、停止される。他方で、イランがコミットメントを実施しない場合は、いつでもこれらの制裁はすぐに元に戻される。
核関連問題に係る米国の対イラン制裁アーキテクチャは、相当の期間にわたって存続し、イランによる重大な不履行の際には制裁措置が元に戻される。