この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=フォッカー・ベーゲ】
2月3日、太平洋諸島フォーラム(PIF)加盟国のリーダーたちが(オンラインで)集まり、「特別リーダーズリトリート会合(Special Leaders’ Retreat)」を開催した。目的はこの地域連合の新事務局長を指名するためで、パプアニューギニアのメグ・テイラー事務局長が2期目3年間の任期を4月に終了するのを受けて開催された。新事務局長には、クック諸島のヘンリー・プナ元首相が指名された。無記名投票の結果、プナ氏が9票、次点のマーシャル諸島の外交官ジェラルド・ザッキオス氏が8票を獲得した。これは、トップの地位がメラネシア出身者からポリネシア出身者に引き継がれるということを意味する。(原文へ 日・英)
しかし、会合に先立ってミクロネシア諸国のリーダーたちが、今回はミクロネシア出身者が事務局長になる番であるという見解を表明した。なぜなら、メグ・テイラー氏の直前の事務局長もポリネシア出身であり、ミクロネシア出身の事務局長は20年以上誕生していないからである。彼らは、事務局長のポストは地域を構成する三つの地理的グループの間で持ち回りにする(オーストラリアとニュージーランドもPIF加盟国であるが、通常の状況では事務局長の地位は求めない)という、非公式かつ暗黙の“紳士協定”について言及した。
ミクロネシア5カ国(ナウル、ミクロネシア連邦、キリバス、マーシャル諸島、パラオ)のリーダーたちは、“紳士協定”が守られなかったことに大変失望した。ミクロネシア出身の候補者が1票差で負けたのを受けて、彼らはきわめて不当な扱いを受けていると感じた。その後、ミクロネシア地域大統領サミットで、5人の首脳は彼らの国がPIFを脱退すると宣言した。
この宣言は衝撃をもたらした。他のPIF加盟国は、ミクロネシアのパートナーからこれほどの強い反応があるとは予想していなかった。ミクロネシア諸国がこの決意を貫いた場合、それはこの地域同盟の大きな断絶を意味し、PIFは加盟国の3分の1近くを失うことになる。これは、組織の50年の歴史において最も深刻な問題である。地域主義の精神は著しく弱体化し、国際社会における太平洋諸国の重要性は低下するだろう。
ミクロネシア諸国、特にマーシャル諸島とキリバスは、気候変動の影響に対してきわめて脆弱である。彼らにとって、地球温暖化は実存的脅威であり、これらの国は、太平洋諸国の気候変動対策の先頭に立ってきた。
しかし、彼らだけではない。メラネシア諸国とポリネシア諸国も脅かされている。例えばツバルは、気候変動に起因する海面上昇により居住不可能になる恐れがある、あるいは水没さえしかねない環礁国として、通常キリバスやマーシャル諸島とともに言及される。また、パプアニューギニア、バヌアツ、ソロモン諸島、あるいはフィジーの沿岸部または環礁部のコミュニティーは、海岸浸食、塩水侵入、洪水、浸水のために集落移転を余儀なくされている。
“太平洋の沈みゆく島々”は、人為的な地球温暖化の深刻かつ前例のない影響の象徴となっている。世界中で、太平洋諸国は気候変動に関連する政治的関心事であり、人々の注目の的となっている。また、これらの国々は、気候変動に関する国際政治の舞台で、国民を地球温暖化の“被害者”としてだけでなく、気候変動対策や気候正義のための戦いにおける強力で道義的な力としてアピールし、注目度の高さを巧みに利用する政治的才能を発揮した。国際的な気候会議でPIF加盟国の代表者が講演すれば、誰もが耳を傾けずにはいられない。これにより彼らは、普段の限定的な政治力をはるかに超える力を発揮することが可能になっている。
地域レベルでは、気候問題が太平洋における団結を促す最も重要な要因であることはほぼ間違いない。PIFが2018年9月に発表した「地域安全保障に係るボエ宣言」は、気候変動を「太平洋諸国の人々の生計、安全保障、福祉を脅かす最大の単独要因」と名指しし、「人間の安全保障」と「安全保障の拡大概念」を訴えている。
PIFは世界的にも、気候変動を平和と安全保障に結び付ける動きの先頭を走っている。PIF加盟国は、国連事務総長が気候変動と安全保障に関する特別顧問を任命すること、また、気候変動による安全保障上の脅威について、定期的に詳細な報告を行う特別報告者を国連安全保障理事会が任命することを要請している。
端的に言えば、PIFは気候変動によって最も影響を受けている人々に発言の場を与えているのである。気候変動に関する議論において、PIFは道義的リーダーとして受け入れられている。気候変動に関するこのような国際的リーダーシップは、PIFが分裂すれば深刻な危機にさらされる。
とはいえ、まだ望みはある。ミクロネシア5カ国が実際に脱退の手続きをするには1年かかる。つまり、分裂を防ぐための猶予期間があるということである。ミクロネシアを除く数カ国のPIF加盟国のリーダーたち、例えばサモアやパプアニューギニアの首相らは、関係修復のために全力を尽くすと示唆している。パプアニューギニアのジェームズ・マラペ首相は、「ミクロネシア諸国がPIFに残ってくれるよう願う。それと同時に、すべての加盟国の権利が真の『パシフィック・ウェイ(Pacific Way)』で尊重され、保全されるよう、皆が協力してPIFの改革に取り組む」と訴えた。PIFの体制の意味ある改革が本当に必要とされている。リーダーズリトリート会合では、事務局長選出プロセスを再検討すべきであることが合意された。実際、選出プロセスを明快かつ透明なものにしなければならない。
2月3日の会合は対面ではなくZoomで開催されており、そのような形式はきわめて“非太平洋的”であった。直接的な人と人の交流は、太平洋文化において大きな重要性を持つ。リーダーたちが直接対面していれば、“パシフィック・ウェイ”の交流を行う余地がもっとあり、違った結果が出ていたかもしれない。太平洋文化の文脈では、“多数派”と“少数派”を対抗させる投票よりも、コンセンサスによる意思決定のほうが好ましいのは明らかである。
このような状況は是正することができる。太平洋地域では、市民社会は国境を超えて密接につながり合っており、特に教会は非常に影響力がある。このような市民社会も役割を果たすことができる。連帯を求めてロビー活動を行うことができる。気候変動対策や気候正義については、太平洋諸国の人々が一つの大きな声で訴え続けることが、太平洋諸国自身だけでなく他の国々にとっても、きわめて重要である。このような声が、気候変動に関する国際的議論と政治において大きな重要性を持つのである。われわれはそれを切実に必要としている。
フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。
INPS Japan
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