ニュース視点・論点|中東|危ういスンニ・シーア間の宗派対立(R.S.カルハ前駐イラクインド特命全権大使)

|中東|危ういスンニ・シーア間の宗派対立(R.S.カルハ前駐イラクインド特命全権大使)

【ニューデリーIDN=R.S.カルハ】

シリア問題に関する国連安保理における採決は、この問題がたんに独裁者の追放ということにとどまらず、中東が大きな権力闘争の中心地になってしまったことを示している。

言うまでもなく、中東は石油や天然ガスなどの資源が豊富な場所である。また、イランの核開発疑惑という問題もある。

国連安保理でのシリア非難決議は、主にサウジアラビアとカタールが主導する形でアラブ連盟が提案し、これに西側諸国が乗ったものである。しかし、これによって、西側諸国は、ロシア・中国の拒否権行使に遭うというリスクを冒したのみならず、中東でのスンニ派・シーア派の対立に油を注ぐ結果となってしまった。

 
シーア派は、シリア非難決議は、スンニ派のサウジアラビアやカタールがけしかけて、アラウィテ派(シーア派の一派)主導のバシャール・アサド政権を崩壊させ、同じくシーア派主導のイランを抑えようとしたものだと見ている。一方、西側諸国は、シーア派主導のアサド政権を崩壊させ、同国の最大支援国でシーア派の本拠であるイランに痛撃を見舞う好機とみている。

シリアの指導層はタフであり、この機に乗じて事態の性格を、民主化革命から、スンニーシーア派間の対立へと見事にすり替えてしまった。スンニ-シーア派間の対立説にさらに説得力を持たせているのが、(内戦が報じられるスンニ派が大半を占める地域とは対照的に)シーア派や他の少数派が住民の大半を占めている地域は、概ね平和的でアサド政権を支持しているというシリア国内の状況である。また、同じくシーア派集団であるヒズボラハマスが、その宗派闘争に参画し、アサド政権転覆阻止に動くのではないかとの懸念も浮上している。また同様に、この見方を裏付けるもう一つの事実は、イラクに成立したシーア派主導の政府が、もともと米国の支持を背景に成立したにもかかわらず、アサド包囲網への参画を拒否したばかりか、むしろ積極的にアサド支援にまわっている実態である。こうした政治姿勢は、レバノンの場合も同様である。

戦略的誤り

地理的な偶然というべきか、実に奇異なことであるが、中東で原油が地下に眠っている地域の大半は、シーア派住民が大半を占める地域(イラク南部、サウジアラビア北東部、バーレーン、イラン)と重なっている。世界の石油生産量の27%を担い、世界における確認石油埋蔵量の57%と天然ガスの45%を擁する湾岸地域は、極めて戦略的に重要な地域である。米国のディック・チェイニー前副大統領が言及したように、「この地域こそPrize(=褒美)が横たわる場所」なのである。

西側諸国は、シリアの政権交代を前面に出して国連安保理決議まで持っていくという、戦略的な間違いを犯した。さらにもっと大きな誤りは、スンニ派主導のアラブ国家であるサウジアラビアとカタールの提案に乗って、シリアの「民主化」計画を推し進めたことである。サウジアラビアは他の中東諸国と変わらぬ独裁国家であるし、「民主主義」への貢献と言えば、最近やっと女性の運転を認めた程度に過ぎない。またカタールの貢献といえば、アルジャジーラに本社を置くことを許していることぐらいである。

従って西側諸国の決定は、スンニ・シーア両派間の対立の溝にさらに火を注いだ結果となった。そして両派間の対立の構図が着目されることで、イラン核問題が後景に退く結果を招いたことも、西側のミスであった。シリア情勢が国際世論の注目を集め続け、スンニ派とシーア派間の熾烈な闘争に発展するシナリオは、イランの思うつぼである。そのような状況になれば、西側諸国の干渉は、イラン問題をさらに後景に追いやり、ますます宗派対立を煽ることになるからである。経済制裁が過酷なものになればなるほど、イランの人々は頑なになるだろう。

イランの指導者は国家経営に熟達した人々であり、犠牲と殉教を志向するシーア派の特性を考えれば、極めて手ごわい相手である。クウェートに侵攻して西側による軍事攻撃の大義名分を与えてしまったサダム・フセインとは異なり、イランの現政権が、西側からの軍事的反抗を招きかねないホルムズ海峡封鎖に打って出るとは考えにくい。

イランの最高指導者は、サダム・フセインよりも遥かに戦術に長けている。彼らは、ホルムズ海峡を封鎖すれば、国際世論においてイランに「悪者」というレッテルが貼られること、そして、西側諸国による壊滅的な軍事攻撃を招くのは必至だということを十分認識している。イランは西側に対して強気な発言を続けているが、一方で自国の軍事力が西側諸国が派遣する連合軍には太刀打ちできないこともよく理解している。西側諸国によるイラン攻撃という事態に進展した場合、ロシアと中国は、国連安保理で拒否権を発動する可能性はあるが、イランを庇って西側諸国と軍事的な対峙までするというリスクをおかすとは考えられない。

イランは世界における確認石油埋蔵量の11.1%と約970b/cmsの天然ガスを擁するエネルギー輸出大国である。そして、石油輸出から得られる収益が政府支出の43%を賄っている。この経済構造を見れば、西側諸国が、イランの石油輸出量を削減できれば、政府に深刻な圧力を加えることが可能となり、イラン政府をして西側の要求に屈して核開発を放棄させることができると考えたのも無理からぬことである。

石油を巡る駆け引き

西側諸国は対イラン経済包囲網を構築する過程で、イランからの石油輸入禁止措置後も、サウジアラビアと湾岸諸国からの輸入で供給に支障をきたさないとしてきた。しかしこうした対応は理論的には可能だが、今回の計画で最も説得力が弱い部分である。

サウジアラビアの主要な石油埋蔵地域は、同国の石油大手アラムコ社が拠点を構える北東部地域で、現在は主要な石油採掘地でもある。そしてこの地域は、シーア派が人口の大半を占めている。報道によると昨年この地域でシーア派とスンニ派間の抗争が勃発し、サウジ当局によって鎮圧された。隣国バーレーンで起こった民主化運動も国内のシーア派に深く影響されたものだったが、バーレーン政府とサウジアラビア政府が派遣した軍によって容赦なく鎮圧された。そして暴動の扇動者はイランのシーア派宗教指導者との深い関与があるとされた。

従って、イランの支持のもと湾岸地域に再び宗派対立が引き起こされる可能性を否定するのは現実的ではない。もしこの地域で大規模なスンニ・シーア派間の抗争が勃発し、長引いた場合、石油価格は高騰するだろう。またそうなれば、石油の主要採掘地が不安定となるサウジアラビアは、イランからの石油輸入禁止の穴埋めを実行に移すことはできないだろう。

また、核開発疑惑に関連したイランへの軍事攻撃についても、イスラエル、やや及び腰な米国及び一部の欧州諸国を別にすれば、国際世論の支持は必ずしも高くない。また、石油禁輸による経済制裁という手段自体が両刃の剣となりかねない。石油需要の27%をイランからの輸入に依存している欧州連合の他にも、中国、インド、日本、韓国などのアジア諸国がイラン産石油の主要な輸入国である。従って、イラン情勢に関連して石油輸入の流れが滞れば、これらの国々は大きな打撃を受けることとなる。そうなれば世界経済の安定そのものが脅かされかねないだろう。とりわけ極めて脆弱な経済状態に直面している一部の欧州の国々は、おそらくイラン危機に端を発する経済ショックを凌ぐことはできないだろう。

このように、中東の事態が進展するにつれ、「単に独裁者を排除するための闘い」という単純な見方はもはや通用しなくなってきた。しかし世界の大国は、国連安保理決議等を通じて既に立場を明らかにしてしまっているため、極めて深刻な事態へと発展する危険性が高くなっている。中東情勢の根底にあるスンニ-シーア派の対立構図について十分認識しておくことが、今後公平な解決策を見つけ出していく上で大いに役に立つだろう。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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