【ローマIDN=ロベルト・サビオ】
ロシアのウクライナ侵攻から6週間が経過し、そろそろ有名なラテン語の格言CUI PRODEST(いったい誰〈=どのアクター〉の得になるのか)に着目しながらこの紛争を把握する必要があるようだ。…そして明らかに言えることは、誰も何も得ていないこと、そして、私たちは「理性の自殺(Suicide of Reason)」時期にあるということだ。
まずは最初のアクター(=ウラジーミル・プーチン)を見てみよう。彼には2つの目的があった。つまり1つ目は、G8から追報された現状から再び世界の指導者の舞台に返り咲くことだった。しかし、(ウクライナ侵攻で)彼は永遠にのけ者になってしまった。もう1つの目標は、ロシア語を話す人々を再統一することであった。しかしこちらの方も、その意図に反してロシア系の人々を何世代にも亘って分断させた他、長い目で見れば、ロシアそのものも中国に依存する状態に陥らせてしまった。
次に2人目のアクター(=ジョー・バイデン)を見てみよう。彼はこの危機に際して西側諸国のリーダーとなることで、米国内での人気を取り戻したいと考えていた。ウクライナ戦争から6週間が経過し、彼の支持率は42%から43%に上昇した。彼は民主党が過半数を失う11月の中間選挙までには既にレームダックになっている公算が大きい。また現実的に、2024年の大統領選挙で再選される見込みはない。つまり、彼の最初の目標は達成できないだろう。
長い目で見れば、バイデンはロシアを、米国の真の敵対国である中国の腕の中に追いやったようなものだ。そして今、プーチンを犯罪者とするよう要求している。米政府もロシア政府と同様に、国際刑事裁判所にも、クラスター爆弾禁止条約にも、化学兵器禁止条約にも署名していないのだが、これらの悪事でロシアを非難しているのだ。
次に3人目のアクター(=欧州)を見てみよう。(ウクライナ危機を受けた)再軍備によって、欧州は再びドイツを経済大国だけでなく、向こう5年間で1000億ドルを軍事費に拠出する軍事大国にもしようとしている。私たちは2つの世界大戦を忘れてしまった…そして明らかにフランスと英国ではナショナリズムが再燃するだろう。欧州は再軍備によって、欧州連合(EU)のバランスを崩した上に、食糧、エネルギー、原材料、インフレ、GDPの減少という深刻な問題を自らに負わせてしまった。そしてこの影響は、欧州の貧困層が少なくとも今後3年間は感じることになるだろう。さらに長い目で見れば、ロシアを欧州から追い出したことになる。
次に4人目のアクター(=ウォロディミル・ゼレンスキー)を見てみよう。私たちが英雄にしたこの人物は皆に説教をすることができ、国連に解散を求めることさえできる。国連が彼の訴えを聞かなければ、彼は今や自分の役割の虜となり、プーチンのように妥協することができない。ドイツのフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領が親ロシア派だからという理由で、面会を拒否することさえできる。しかし、ドイツの大統領は国民が直接選挙で選んだわけではない。私の知る限り、シュタインマイヤー大統領はロシアの問題で選挙キャンペーンをしたことはない。しかし今、私たちはゼレンスキーを世界の裁判官として委任してしまった。これはさらに何千人もの市民の死を意味する。しかしベルトルト・ブレヒトはよく言ったものだ。「英雄のいない国が不幸なのではない。英雄を必要とする国が不幸なのだ。」
次に、アクターではなく、犠牲者である人類について話そう。気候変動を巡る戦いは棚上げにされた。「理性の自殺」に投じられた金額があれば、地球における人類の存在を脅かすものとして、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が指摘した問題を全て解決できたはずだ。地球がプーチンやバイデンに興味を持っているとは思えない。地球の気温が1.5度上昇する前に、私たちに残された(気候変動がもたらす最悪の事態を回避する)僅かな可能性は閉じつつある。
そして、私たち人類には、既に新型コロナのパンデミックの影響で貧困の淵に立たされている人々が約8億人もいる。彼らにとって、小麦の価格が20%、トウモロコシの価格が25%上昇することは、単純に飢餓を意味する。国際連合児童基金(ユニセフ)の発表によれば、アフリカの栄養不良の子供の数は2800万人に達しているが、開発援助の資金はウクライナに流れている。これは「理性の自殺」を象徴的に表している現実である。ウクライナの紛争に対する欧州の援助は、EUが長年かけて構築した平和促進基金から拠出されている。
要するに、私個人としては、これらの出来事はすべて「夢遊病者たち(Sleepwalkers)」が引き起こした狂気の沙汰だと思わざるを得ない。これは、歴史家が第一次世界大戦を引き起こした当事者らを指して呼んだもので、彼らは本当に何も考えずに紛争に突入した。彼らの狂気は、関係した帝国の終焉を招いた。すなわち、ドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてオスマン帝国である。従って、ウクライナに関与したアクターらの過ちや理由に関するこうした議論はすべて、彼らにとっては有益でも、本質的な問題に比べれば取るに足らないものにしか思えない。
私たちには、長期的な視点を持てない「テストステロン的」な支配層がいる。本来ならば長期的な問題とその複雑さ(賛成/反対の二元論ではない)に目を向けなければならないのに、「プーチン賛成、プーチン反対」というメディアが掻き立てるヒステリーの罠に陥っている(イタリア最大の日刊紙「コリエレ・デラ・セラ」の過去45日分の紙面の主要部分をウクライナ関連記事が占め、その他の世界の出来事は消えてしまったかのようだ)。
メディアは概して、プロ意識の欠如を見事に証明している。記事は出来事にのみ焦点があてられ実質的にプロセスが無視されている。主要なコメンテーターの一人は、もし私たちがプーチンを止めなければ、彼は(欧州大陸の西端である)リスボンまで手を伸ばすだろう、と書いている… 私に言わせれば、人類は羅針盤を失ってしまったのだろうか。ラテン語では、神々が人間を罰しようとしたとき、まず第一に、彼を狂気に陥らせたと言われている。そして、ローマ法王の訴えはほとんど報道されない。…人類はいつになったら、寛容と対話を平和のための重要なツールとして再び考慮し利用し始めるのだろうか。(原文へ)
INPS Japan
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