【ルンド(スウェーデン)IDN=ジョナサン・パワー】
2000年、初めて大統領に選出されたばかりのウラジーミル・プーチンは、核兵器を巡る混乱を解決する上で、独自の貢献をした。彼は演説の中で、核ミサイル備蓄を大幅に削減する用意があると述べたのである。当時のプーチン大統領の呼びかけは、米ロそれぞれが上限2500発という米国側からの提案以上の削減を謳っただけではなく、1500発というロシア政府の従来の目標をもはるかに下回るものであった。(現在、ロシアは約6000発の核弾頭、米国は5400発を保有している。)
実際、プーチン大統領の提案の仕方やその条件、言葉遣いなどからして、彼が当時念頭に置いていたのは、1986年にミハイル・ゴルバチョフ書記長とロナルド・レーガン大統領が練った構想に近いものだったのではないかと識者らは見ている。すなわち、ゼロに限りなく近い備蓄量へと核兵器を減らしていく、ということだった。
レイキャビク米ソ首脳会談でのこの大規模かつ未完の計画はレーガン大統領独自の産物であった。彼は、「戦略防衛構想(スターウォーズ計画)」と呼ばれたミサイル防衛構想と、超大国による核兵器廃絶を組み合わせた世界を構想していた。
しかし、レーガン大統領のアドバイザーらは、レーガンがゴルバチョフ書記長と練っていた提案を初めて耳にした瞬間から、この提案には実現可能性がないとしてこれを否定しにかかった。省庁間の検討という迷宮を何とか超えて出てきた創造的な提案に対して、彼らはいつもこのような態度を取ったのである。
米国単独での大きな提案が唯一通ったのは、冷戦崩壊後の状況という強みを生かしたジョージ・ブッシュ大統領が、米軍の爆撃機の警戒態勢を解除し、戦術核を作戦配備から解くとの計画を秘密裏に策定したときだった。当時、米国の官僚も上院も、ブッシュ大統領を出し抜く時間的余裕がなかった。
ジョージ・パーコビッチは『フォーリン・アフェアーズ』誌で、「1961年は、ジョン・F・ケネディ大統領率いる米政府が実行可能な形の核軍縮を追求した最後の時代であった。」と述べている。
ビル・クリントン政権は核ドクトリンの「根本的な再考」を呼びかけたが、大統領自身の無関心と、クリントン大統領が「国防総省の官僚と近視眼的で教条的な上院議員の奇妙な連合に挑戦するのを敬遠した」ために、実行に移されることはなかった。実際にクリントン大統領が推進したのは、北大西洋条約機構(NATO)の領域をロシア国境際まで東に拡大するという挑発的な別の道であった。
国防総省のせいばかりではない。官僚機構の内部から上院、大学、専門シンクタンク、兵器メーカー、大手ニュースメディアに至る民間専門家のネットワークが、どんな反論にもほとんど動じない強硬な世論を生み出してきた。
元米戦略軍最高司令官を務めた退役軍人のユージン・ハビガー将軍が述べたように、「私たちは、核戦力に責任を持つ上級の軍人が核戦力の削減を政治家たちよりも強く求めるような状況に立ち至ってしまっている。」
ハビガー将軍の前任者であるジョージ・リー・バトラー将軍はさらに進んで、核兵器の完全廃絶を訴え、あらゆる著名な反核活動家のイメージと信頼を失墜させようとする核保有国のロビー団体が用いる野蛮な戦術を指摘するに至っている。
西側世界全体の世論は、こと核兵器に関していえば、物事を偶然に委ねるような状況にある。どこからか何かがやってきて、核兵器の危険から世界を守ってくれるという考えがある。しかし、現実は真逆だ。プーチン大統領はロシアの核兵器を弄んでいる。未承認あるいは誤認による核発射があり得るし、発射寸前までいったケースも多く報告されており、反論の余地はない。
今後数年で中国・台湾情勢は大きな軍事的危機に発展しかねない状況にある。米国は中国との対立に追いやられ、2つの核大国がお互いにミサイルを打ち合う状況も考えられる。
核拡散の可能性はますます高まっており、カシミールや中東は依然として核の危険地帯だ。また韓国の大統領は既に戦術核製造の可能性に言及している(ジミー・カーター大統領の時代に米国の戦術核は韓国から撤去された)。北朝鮮に関していえば、体制による攻勢は続き、さらに進化したミサイルの実験が繰り返されている。
米国が過剰な核の優勢を保つなかで、世界の人々は、敵対的な雰囲気が忍び寄りつつあることを感じている。これまで何度も厳粛に公約してきたことが果たされないために、他の国々も、わずかなチャンスさえあれば、米国の外交政策目標に抵抗しようとしているのだ。
カナダ、フランス、ドイツ、スウェーデンといった米国の友好国でさえ、時折このような反米的な怒りにとらわれることがある。もし米国による指導が傲慢で不必要に好戦的だとみられることがあれば、米国の長期的な利益にとってよい予兆とはならないだろう。
2000年、プーチン大統領はこの機会を正しく捉えた。しかし悲劇は、米国がこれに反応しなかったことだ。レイキャビクでは、超大国の核兵器をなくす合意が本当にまとまりかけたのに、それが実現しなかったのは、ソ連側の躊躇(とレーガン大統領のアドバイザーたちの圧力)のためだった。もしプーチン大統領が核兵器使用の可能性について話すのをやめ、2000年当時の演説の言葉に戻したなら、ロシアがまだ現実と向き合っている歓迎すべき兆候となるだろう。一方、ジョー・バイデン大統領が、核軍縮協議を再開するようロシア政府に呼びかけることを含んだ演説をぶち上げることでウクライナでの軍事的な攻勢に水を差すことがあれば、それは「オリーブの枝(=和平の申し出)」以上のものとなるだろう。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)によると、2021年に世界は毎分15万6841ドルを核兵器に消費したという。わずか1年で、核保有9か国(中国・米国・ロシア・英国・北朝鮮・インド・パキスタン・イスラエル・フランス)が総計約1万3000発(うち9割を米ロが保有)の核兵器の改修・維持のために合計824億ドルを消費した。
全体としてみれば、世界にお金が足りていないわけではない。問題はその使い道である。見方を変えれば、気候変動対策、アフリカ開発援助、マラリア撲滅、がんや糖尿病、認知症の医学研究、貧困撲滅など、必要なところには簡単に資金を捻出することができるだろう。なぜ、危険すぎて使えない兵器に投資する必要があるのだろうか。
抑止力という漠然とした軍事哲学を除けば、核兵器保有に関する合理的な議論は存在しない。率直に言えば、抑止が機能するかどうかはわからない。かつては核兵器削減を主張していたプーチン大統領が思い起こさせてくれたように、もしNATOがウクライナで何らかの過ちを犯せばロシアは核使用に訴える可能性がある。さらに、これまで常にそうであったように、私たちは過失や事故に身を委ねているが、事態が長引けば、過失や事故が起きる可能性も高くなる。
プーチン大統領の脳裏のどこか、深いところで、彼はこのことを知っている。バイデン大統領も同様で、もし自身の軍事・国家安全保障官僚が核兵器を使うよう助言し決定を迫るようなことがあれば、カトリック教徒としての自身の信念の教えが試される事態を避けられないことを知っているのだ。
では、何が事態をそこまで押しやってしまうのだろうか。
ジョージ・W・ブッシュ大統領とドナルド・トランプ大統領は、米国を重要な核軍備管理協定から撤退させるというひどい仕事をした。プーチン大統領は、バイデン大統領が選出された際、オバマ=メドベージェフ期の大掛かりな軍備削減合意を更新するように、自身の配下にも、今や前向きな思考を持っている米国側にも促した。この合意によって、長距離大陸間弾道弾は米ロそれぞれで1550にまで削減された。
おそらく、混乱に満ちたウクライナ戦争はあと数か月、あるいは数年はつづくことだろう。しかし、2つの核超大国をして、核兵器を今こそ廃絶するために大胆な道を踏み出させることを妨げるものは何もない。そうすることができなければ、私たちが思考停止してきたために、考えられないような事態が起きるかもしれない。(原文へ)
INPS Japan
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