この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
この記事は、2023年11月25日に「Australian Financial Review」に初出掲載され、執筆者の許可を得て再掲載したものです。
イスラエル人とパレスチナ人は、何とかして過去に終止符を打たなければならない。さもなければ、混乱の未来に直面するだろう。
【Global Outlook=ラメシュ・タクール】
イスラエル人の人質50人とパレスチナ人の収監者150人を交換するため、ガザ地区での戦闘を4日間休止する取り決めは、紛争の動態を再構築するだろう。
ガザにおけるイスラエルの今の戦略には、五つの目標がある。ハマスの解体、人質の返還、イスラエル人兵士へのリスク低減、民間人の犠牲抑制、ガザ地区外への戦闘拡大の回避である。(日・英)
ハマスが10月7日に攻撃を仕掛けた目的は、できる限り多くの人を殺害し、レイプし、切断し、燃やし、誘拐すること。つまり、国民を守るイスラエル政府の能力に対する国民からの信頼を損なうこと、大勢の民間人の死者を出し、アラブ人街を炎上させる極めて暴力的な反応をイスラエルから引き出すこと、世界中のムスリムを激怒させ、西側諸国の都市を大勢の抗議者で埋め尽くすこと、イスラエルを国際的に孤立させること、アブラハム合意を解体すること、そして、アラブ諸国との国交正常化プロセスを中断させることである。
イスラエルは、人々が記憶する限り最も困難で緊迫した市街戦のさなかにある。ハマスの軍事力とインフラを削ぐため、数週間にわたって空爆した後、地上攻撃を行い、イスラエルはガザ北部を掌握した。戦闘計画は、ハマスを民間人から分離し、民間人を南部に移動させ、戦闘員を攻撃するというものだった。これは部分的に成功しただけである。なぜなら、ハマスは一般住民の間にあまりにも深く根を張っているからである。
情報戦の進捗状況は、さらにばらつきが大きい。大虐殺のビデオ画像も、継続中の軍事攻撃への支持を引き出すことが徐々にできなくなっている。占領地帯に国際メディアを入れて、戦時国際法に違反しているハマスの罪の証拠を開示し、情報を機密解除し、ビデオ映像や傍受した通信を公開するというイスラエルの戦術は、イスラエルが犯している戦争犯罪は虐殺の域に達するというハマスの宣伝に対抗するという意味では、限定的な成功しか収めていない。
軍事力とナラティブが交錯する戦争において、イスラエルは、反乱勢力が仕掛ける古典的な罠の挟み撃ちに陥っている。イスラエルにとっては勝利しないことが敗北であり、ハマスにとっては生き残るだけでも勝利である。
戦場がガザ地区南部に移行するにつれ、この不均衡はさらに悪化し得る。近隣諸国が受け入れを拒否するなか、民間人はそこからどこへ行けば良いというのだ? イスラエルは、安全なルートを通じた人道援助や支援物資の提供を、より明確に優先する必要があるかもしれない。
また、召集された30万人の予備役は、イスラエルのハイテク経済の崩壊を防ぐために本業に復帰する必要があるため、時間の経過はイスラエルにとって不利に働く。一方、ハマスもイランとヒズボラによる支援には限界があるということを分かっている。
戦闘休止によって、双方が状況を吟味し、短期および長期目標を再調整することが可能になる。
1日あたり十数名の人質解放が可能になるよう停戦が延長されるなら、ハマスは武器や戦闘員を再編成し、再武装し、再配置するための貴重な時間を稼ぎ、イスラエル民間人への攻撃を再開するだろう。
他方、戦闘休止が長引くほどイスラエルにとっては戦闘を再開することが政治的に困難になるだろう。それにより、ハマスのガザ地区における支配力とそこからイスラエルの安全保障を脅かす能力を破壊するという、イスラエルの最大の目的が妨げられる。
コストと利益が不均等であるということは、イスラエルに対して猛攻撃を加えることができるというメッセージとしてハマスに10月7日の再現を煽るものである。イスラエルは報復しようとしても、それを果たす前に停戦を強いられるだろう。
これを阻止する唯一の方法は、以前から存在していた二重の抑止力を再構築すること、すなわち、イスラエルの優れた情報活動と報復能力によってハマスの攻撃を抑止し、米国による介入という脅威によって地域のハマス同盟国を抑止することである。
そのためにイスラエルはまず、情報活動の失敗、国境の物理的障壁、10月7日のイスラエル軍の初動までの時間という、三つの疑問に答える必要がある。
また、ユダヤ人に対するホロコースト以来最悪の攻撃が加えられた日に国家の舵を取っていたビンヤミン・ネタニヤフが現職に留まるとは考えにくい。パレスチナ自治政府に対抗してハマスの強化に加担したのではないかという疑惑が調査で裏付けられようものなら、なおさらである。
また、イスラエルは2007年からガザ地区の陸路、海路、空路を封鎖し、230万人の住民に壊滅的な人道的影響を及ぼしており、封鎖を解除するよう圧力を受けるだろう。だからこそ、国連がガザ地区を「占領されたパレスチナ領域」と呼ぶのである。封鎖を解除しなければ、世界最大の天井のない監獄というガザ地区のナラティブが言われ続けるだろう。
ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の継続的拡大にも、終止符を打たなければならない。イスラエルの国内政治における内部的緊張を緩和しようとすると、外交政策において余りにも高い代償を強いられることになる。願わくは、イスラエルが再び、サウジアラビアのような主要アラブ諸国との国交正常化を模索して欲しい。
その一方で、イスラエルは国際的な支持基盤が縮小しつつあるという新たな常態に二つの面で適応しなければならない。西側世界では、若者たちがイスラエルに背を向けてパレスチナの大義に転向し、明白な世代間の分断が生じている。
また、西側世界が世界情勢に関するナラティブを支配する能力を徐々に失うなか、西側諸国とイスラエルは、イスラエル・パレスチナ関係の歴史がどのように見られているかを受け入れなければならなくなるだろう。
多くの人は、罪悪感に駆られたキリスト教西側諸国がユダヤ人に対し、ホロコーストの償いをパレスチナという通貨で支払ったと考えている。パレスチナを分割してイスラエルを建国することを賛成33、反対13で承認した国連総会決議181号(1947年)は、その時点で西側諸国に支配されていた。反対票の数を見れば、植民地独立後の世界における国連加盟国のバランスがいっそうよく分かる。
実際問題として、これは、イスラエルが世界唯一のユダヤ人の祖国として存在する権利を認めると同時に、パレスチナ人の彼ら自身の国に対する権利を認めるということを意味している。ハマスの軍事的破壊は必要かもしれないが、双方の最大限の要求には及ばないまでもそれぞれの最低限のニーズを満たす外交と交渉を伴わなければ、十分ではない。
われわれの誰もが、過去を振り返り、被害者意識と不満に満ちたナラティブを固定化し、内面化することがあるだろう。脱植民地化のイデオロギーが染み込んだ昨今の社会正義概念の基準を用いて歴史をさかのぼろうとすれば、人類がこれまで知る中で最も不安定で暴力的な時代が必ずや訪れるだろう。
そうではなく、われわれは未来に目を向けて、歴史的な不正義に終止符を打ち、力を合わせて許容可能な共存の未来を切り開くこともできる。
ラメッシュ・タクールは、元国連事務次長補。現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長、および戸田記念国際平和研究所の上級研究員を務める。「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」の編者。