SDGsGoal1(貧困をなくそう)|エジプト|貧困問題が新たな社会騒乱の導火線となる

|エジプト|貧困問題が新たな社会騒乱の導火線となる

【カイロIPS=カム・マックグラ

アハメド・ハサネインさん(37歳)は、カイロ西部の工業団地にある近代的な工場で勤務している。彼はきれいにアイロンがけしたユニフォームを着て、外国ブランドの乗用車用部品を製造するラインで精密機械を操作している。シフトが終わると、家族が待つ簡素なアパート(2部屋、風呂なし、水道と電気が時折とまる)に帰宅する。彼の寝室はベッドがやっと入るくらいの大きさで、2人の子供はかつてバルコニーだったスペースに備え付けた折りたたみ式ベッドを共有している。

  ハサネインさんは、現在の給料で、家賃、公共料金、食費(食卓に時折肉か魚が並ぶ程度)をなんとか賄っている。しかし事務のパートタイムに出ている妻の収入を合わせても、月末には現金収入の殆どを使い果たしているのが現状である。

ハサネインさんのケースは、工場で骨折って働いても、賃金があまりにも低いために、自らが生産に携わっている工業製品にはとても手が届かない、無数のエジプト人労働者の一例に過ぎない。

「父はフィアット(イタリア製自動車)を所有していたので、若い頃、私はその車が壊れるまで長年乗ったものです。しかし、私の代になって車を買ったことはありません。」と言うハサネインさんは、大半の同僚と同じくバスで通勤している。

ハサネインさんは貧しい家庭に生まれたわけではない。彼は、購買力の低下に伴い生活レベルを落とさざるを得なかった何百万ものエジプト中産階級世帯とともに、貧困に陥ったのである。
 
アンワール・サダト大統領(当時)が「Infitah(門戸開放)」政策を打ち出してから過去40年の間、政府による投資企業優遇政策(安価な土地、労働者の低賃金、エネルギー経費の補填等)に惹かれて諸外国から民間資本が殺到した。一方でエジプト政府は労働組合活動を抑圧し、労働基準を骨抜きにしていった。

政治経済学者のアミール・アドリィ氏は、「エジプト政府が導入した、市場開放と新自由主義政策は、海外からの進出企業と国内の富裕層にとっては大きな恩恵となりました。しかし、その結果生じた失業、腐敗、富の不平等な配分といった弊害が、ホスニ・ムバラク大統領(当時)を失脚に追いやった民衆蜂起の主要要因となったのです。」と語った。

またアドリィ氏は、「革命前、エジプト経済は7%から8%の経済成長を遂げていました。つまりトリクルダウン効果(社会の上層部に富が集まると、その波及効果で社会の下部層も潤うというもの:IPSJ)など全く機能していなかったのです。その結果、多くの産業分野が急激なインフレに全く追いつけない事態に陥ったのです。」と語った。

ムバラク時代の遺産は、人口8300万人の実に4分の1のエジプト国民が国連が定めた貧困ライン(一日あたりの収入が2ドル)以下の生活を余儀なくされている今日のエジプト社会の現状である。エジプトの労働人口2600万人のうち、13%が失業状態にあり、多くの人々がなんら職務保証を望めない巨大なインフォーマルセクターで生計を繋がざるを得ない状況に置かれている。

エジプトの賃金水準は世界でも最低水準に位置している。国が定めた月当りの最低賃金は、昨年新たに700エジプトポンド(115ドル)に改正されるまで、20年以上にわたって35エジプトポンド(約6ドル)に抑えられていた。

「私たちは賃金が上がることを望んでいますが、それを実現する具体的な道筋は全て塞がれているのが現実です。結局は、提示された賃金を受け取って、少なくとも自分には仕事があるのだと神に感謝するしかないのです。」とフサネインさんは語った。

ムバラク政権の下では、労働者は組合活動をしないよう様々な圧力を受けた。それでも組合活動をする場合は、エジプト労働組合総連合(ETUF)傘下の24組合の一つに加入しなければならなかった。活動家らによれば、この巨大な官製労働団体は、労働者によるストライキや集団交渉を阻止することで、政府と工場主の利益に奉仕したという。

ETUFの執行委員会は2011年の民衆蜂起の後に解散したが、不正選挙によりムバラク政権への忠誠を基準に選出された組合長の多くが今でも残っている。ETUFの会員は350万人を数えるが組合費が徴収される一方で組合からの支援や見返りはほとんど期待できないのが現状である。

織物工のカリム・エル・ベヘイリさんが賃金引き上げを求めるストライキに参加したとき、それを阻止しようとしたのが、国営工場の支配人と組んだ彼自身の労働組合だったのである。

「国の肝いりで作られた組合は、労働者の権利なんて尊重しようとはしませんでした。」と、今では労働者の組合活動を支援するNGOでプロジェクトマネージャーとして働いているエル・ベヘイリさんは語った。「労働者は毎月組合費の支払いを余儀なくされましたが、官製組合の関心は、常に政府と経営者の利益のみに向けられていたのです。」

エル・ベヘイリさんは、2006年12月にボーナス未払を巡って見せかけばかりの組合代表らを相手に立ち上がったエジプト北部のマハラ・エル・コブラの織物工場の労働者24000名のうちの一人である。このストライキがその後全国各地で相次いだ非合法ストライキを誘発したことから、今日では、昨年ムバラク支配に終止符を打った民衆蜂起の出発点になったと広く見られている。

このストライキの波は経済セクターをまたがってエジプト各地で今日も続いている。エジプトの人権擁護団体「Sons of Land」によると、昨年は過去最多となる1400件の労働争議が発生した。

こうして労働運動か高まった結果、意気盛んな労働者らが、労働組合活動を巡るETUFの支配に異議を唱えるようになっており、政府の利益ではなく自らの利益を擁護するための独立系組合を自主的に組織する動きが加速している。2011年の民衆蜂起以前に労働者が自主的に設立した独立系組合は4団体に過ぎなかったが、革命後の18ヶ月の間に800以上の独立系組合が設立され、加盟人数も約300万人と見られている。

エジプト独立労働連盟(EFITU)のカマール・アブ・エイタ代表は、「私たちは労働者の権利を守り、彼らに対して説明責任を負う民主的かつ独立した組合を構築しています。」と語った。

一方、ムハンマド・ムルシ新大統領の出身母体であるイスラム系団体「ムスリム同胞団」は、ビジネス分野に幅広い権益を有しており、労働運動には反対の立場をとってきた長い歴史がある。すでにモルシ政権内部のムスリム同胞団関係者から、前政権による経済政策を継続すべきと示唆する動きもでてきている。これに対して、批評家の間からは、そのような決定がなされれば、必然的に労働者の賃金と保障が犠牲にされることになると警戒する声が上がっている。

「ムスリム同胞団は強力な労働組合を望んでいません。彼らはストライキに参加する労働者をならず者呼ばわりしており、労働組合の増加を押さえ込みたいと考えているのです。」と地元の労働問題ジャーナリストのハデール・ハッサン氏は語った。

著名なムスリム同胞団メンバーで元ETUF幹部の新労働大臣は、労働者らが自らを代弁する労働組合を業種ごとに一つに限るよう義務付ける法案を提出している。労働者の人権問題に取り組んでいる活動家らによると、もしこの法案が議会で採択されれば、ETUFと並立してきた独立系労働組合の大半が排除されることになるという。

「そうなれば、私たちはムバラク時代に立ち戻ってしまうことになるでしょう。」とハッサン氏は語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩 

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