ニュースビンラディン暗殺でカットオフ条約に対するパキスタンの態度が一層硬化するかもしれない

ビンラディン暗殺でカットオフ条約に対するパキスタンの態度が一層硬化するかもしれない

【ニューデリーIDN=シャストリ・ラマチャンダラン】

ジュネーブ軍縮会議における交渉は既に2年以上に亘って行き詰った状態にあるが、今日パキスタンに広がっているムードを勘案すると、事態が早期に打開する見込みはなさそうである。

米軍特殊部隊がパキスタンの首都イスラマバードから車で1時間ほどのアボタバードに潜伏していたオサマ・ビンラディン氏を急襲し殺害した。これをうけてパキスタンは、多国間協議の場では、自国の安全保障や戦略的な利益に影響を及ぼす話題に関して、これまでよりも強硬路線をとることになるだろう。パキスタン政府のそうした頑なな態度は、とりわけ、対インド防衛に安全保障の主眼を置かざるを得ない事情を背景に、「軍縮や核の不拡散といった、国連の形式をとりながら西側諸国にあらかじめ仕込まれたと見做されている諸課題」に対して明確に示されることとなるだろう。

 そのように見做されているイニシアチブの一つが、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約:FMCT)である。パキスタン政府は、この条約が発効すれば、インドの相対的な地位が圧倒的に有利になってしまうと考えていることから、ジュネーブ軍縮会議を舞台とした交渉において、条約の成立を断固阻止する方針を貫いてきた。

国際社会から「テロリストの巣窟」、「地域・グローバルテロリズムの源泉」などと非難されて追い込まれてきた上に、外国の軍隊に領土主権を侵されるという屈辱に怒り心頭のパキスタンにとって、自国の安全保障にかかわる問題で国際社会と妥結する気配は、当面ないといえよう。

カットオフ条約は、現時点での内容ではインドが既に保有している核分裂性物質を制限の対象にしていないことから、パキスタン政府としては、引き続き同条約案の妥結につながるいかなる動きも阻止していく決意をしているようである。この点は、最近パキスタンを訪れた際に筆者と接してくれた多くの政府高官や政府系諸機関の役人が公式非公式を問わず明確に指摘していた点である。

カットオフ条約はジュネーブ軍縮会議(65カ国で構成される常設の多国間交渉機関)において10年以上に亘って制定と採択を目指した交渉が行われてきた重要案件であるが、パキスタン政府は、米軍によるビンラディン氏襲撃・殺害以前から、一貫して同条約の成立阻止に動いてきた。

カットオフ条約締結に向けた早期交渉開始の緊急性については、2009年4月、大量破壊兵器委員会が宣言の中で核兵器用核分裂性物質の生産停止を国際社会が早期に合意する必要性を強調したことから、改めて世論の脚光を浴びた。

さらにこの流れを後押ししたのが、バラク・オバマ大統領が2010年4月に(新START条約を調印した)プラハで行った演説である。オバマ大統領は国際社会に対して、カットオフ条約の交渉・妥結への支持を訴えた。また米国政府は、2010年の「核態勢見直し」で検証可能なカットオフ条約の妥結に向けて交渉していくとのコミットメントを表明している。

国連軍縮委員会は、2010年の会合(毎年、4~5月の時期に約3~4週間の会期でニューヨークにて開催)でこの問題をとりあげ、ジュネーブ軍縮会議におけるカットオフ条約妥結に向けた早期の審議再開を強く促した。また、昨年5月に開催された核不拡散条約(NPT)運用検討会議は、核兵器保有国に対し、軍事に必要とされない核分裂性物質について実態を明らかにし、国際原子力機関(IAEA)による国際的な管理のもとに置くよう勧告した。

このように本来であればジュネーブ軍縮会議におけるカットオフ条約の審議再開と妥結に追い風となった様々な動きがあったにもかかわらず、全く進展が見られなかった。このことに関して、事実、潘基文国連事務総長は、名指しは避けたものの、インドとパキスタン間の核戦略を巡る巧妙な駆け引きにジュネーブ軍縮会議が、事実上人質となっている現状に不満を表明した。ジュネーブ軍縮会議の信用が危機に瀕しているとする事務総長の警告が発せられたのは2011年1月のことであった。

しかしこうした警告にも関わらず、パキスタン政府はジュネーブ軍縮会議の他の加盟国に歩調を合わせる動きを見せていない。ジュネーブのパキスタン政府代表部大使ザミール・アクラム氏は、カットオフ条約にパキスタン政府が反対している理由について、「現行の条約案は差別的な内容で、(結果的に)インドが備蓄核弾頭を増やすことを可能にするものだ。」と述べている。

二国間問題

筆者が4月の第3週にイスラマバードで話をしたパキスタン政府高官達は、カットオフ条約の発効は、インド政府に核分裂性物質を備蓄する自由裁量を許してしまうことになるという見解で一致していた。「既に備蓄されている核分裂性物質も徐々に削減していくべきです。そのための第一歩は、(カットオフ条約で)備蓄された核分裂性物質も対象にすることです。」と本件に精通したある高級外交官はオフレコで語った。

ジュネーブ軍縮会議加盟国の圧倒的多数は、パキスタンがカットオフ条約の交渉を拒否する背景には、インドの戦略的優位に対抗せざるを得ない同国の事情、つまり問題の本質はインド、パキスタンの2国間関係であり、これに不拡散、軍縮というより大きな問題が従属させられるべきではないと見ているといわれている。

しかしパキスタン政府の姿勢は、全ての国は国益に基づいてこのような問題に関する判断をするというものである。「もしパキスタンの国益が侵害されるとしたら、(そうした国際合意に)一国或いは複数の国が加盟していようが、そうした国がどこに位置していようがどうでもいいことです。重要なのは(合意の基準となる)原理原則であり、それは差別的なものであってはならないのです。」と、イスマバード戦略研究所(ISS)の軍縮専門家は語った。

パキスタン政府が訴える原理原則は、通称「シャノンマンデート(1995年に合意済の交渉マンデート)」に見出すことができるかも知れない。当時ジュネーブ軍縮会議の特別報告者であったカナダのジェラルド・シャノン大使が提出した同報告書には、各国代表団が現在及び将来における核分裂性物質の備蓄及び管理に関して問題提起することを認める特別委員会を設置するよう提言している。

パキスタン政府は、既に備蓄された核分裂性物資の問題を取り扱う上で有効と判断し「シャノンマンデート」を支持した。まさにこのことから、カットオフ条約の交渉は1995年時点から全く前進が見られていない。そして今後も、パキスタン政府が他のジュネーブ軍縮会議加盟国に同調するか、カットオフ条約の審議そのものを同会議から外すかしない限り、進展の見込みはほとんどない。

「実際の状況は描かれているようなパキスタン対その他の加盟国というものではありません。パキスタンの立場を支持している国々は他にもあるのです。」と、4月21日に筆者と会見したムハンマド・ハルーン・シャウカット外務次官補は語った。

シャウカット氏は、パキスタンは南アジアの安定に利害関係があり、ジュネーブ軍縮会議は根本的な危機に直面していると説明した。「恐らくインドも同様の懸念を有しているでしょう。ジュネーブ軍縮会議では、パキスタンは南アジアの安定を支持し、パキスタンの安定と安全保障に関して会議のコンセンサスを尊重する立場です。」とシャウカット氏は語った。

シャウカット氏は、パキスタンの基本方針にまで議論が及ぶのを避け、「一般的な回答としてはコメントしましたが、これ以上は聞かないでください。」と語った。

「国によって異なる基準を適用するという二重基準は許されないことです。」とパキスタンのリアズ・フセイン・コカール前外務次官は断言した。駐中国大使と駐インド高等弁務官を歴任したコカール氏は、「既に備蓄された核分裂性物質もカットオフ条約の対象に入れなければ、パキスタンは(インドに対して)不利な立場に追い込まれることとなる。」とする従来の立場を堅持すべきと考えている。

無分別な判断

コカール氏は、国連事務総長がカットオフ条約の交渉をジュネーブ軍縮会議から外すとすれば、それは無分別な判断だと感じていた。パキスタンの外交官達は「カットオフ」は将来における核分裂性物質の生産のみを停止することを意味したものであり、承認できないと指摘している。「ジュネーブ軍縮会議におけるカットオフ条約妥結に向けた努力は既に備蓄されている核分裂性物質を考慮するものではありません。その結果、カットオフ条約が成立すればパキスタンをはるかに上回る兵器級ウラニウムを備蓄しているインドに対してパキスタンは不利な立場に追い込まれることとなるのです。」と、イスマバード戦略研究所(ISS)のアシュラフ・ジェハンギール・カジ事務総長は語った。

駐中国、駐米国大使及び駐インド高等弁務官を歴任したカジ氏は、イラクそして後にはスーダンに対する国連事務総長特使も務めた。

カジ氏は、米国がインドと民生用の原子力協力協定を締結したことを指摘し、「これによりインドは米国から平和目的の燃料の供給を受けることができるようになった。その結果、インドは既に備蓄した核分裂性物質を、兵器生産を目的に転用するオプションを手に入れたのです。」と語った。

カジ氏は、「もしジュネーブ軍縮会議が現在の膠着状態に終止符を打ちたいなら、既に備蓄されている核分裂性物質も制限の対象とするしか前進する道はありません。」と筆者に語った。またカジ氏は、「インドが米国との原子力協力協定を締結している状況では、核分裂性物質をより多く備蓄しているインドがパキスタンよりも優位に立つことになります。」と語り、現行のカットオフ条約案は既に備蓄されている核分裂性物質を対象にしていない点を強調した。

政府官僚、外交官、戦略問題専門家を問わず、パキスタン側関係者の見解で一致している点は、パキスタンがインドにより好意的な米国によって追い詰められているという点である。「核分裂性物質の独占を望む米国政府は、自国の政策に同調する国にのみそうした物質の備蓄を許しているのです。従って、パキスタンに対する圧力がかけられるという結果になるのです。」と、ISSの研究フェローであるマリク・カシム・ムスタファ・コカール氏は語った。

軍備制限、軍縮、不拡散を専門とするコカール氏は、国連事務総長がカットオフ条約の審議をジュネーブ軍縮会議から外そうとしていると確信している。「その理由は、ジュネーブ軍縮会議では決議が全会一致を原則としているため、カットオフ条約の審議自体を同会議から外してしまえば、多数決による決議で条約を成立させられる可能性があるからです。」とコカール氏は語った。

コカール氏は、パキスタン政府は、カットオフ条約の審議がジュネーブ軍縮条約から外されるようなことになれば同国は軍縮問題に関して国際社会と協力していくことが困難となる旨を既に表明していると語った。またコカール氏は、「こうしたパキスタンの立場は、中国その他の国々に支持されています。」と付け加えた。

コカール氏は、カットオフ条約は新たな生産分を対象としているため、「ジュネーブ軍縮会議は、核分裂性物質の新たな生産分を制限しようとしているのです。パキスタン政府の立場は、既に備蓄された核分裂性物質も制限の対象に加え、その比率に応じて我が国にも備蓄を認めるべきというものです。」と語った。

「インド、パキスタン間の抑止力の均衡を図るためには、私たちはインドの核兵器並びに核分裂性物質の備蓄量を考慮する必要があります。パキスタンの安全保障に直接的に影響を及ぼす現在の不均衡をそのまま凍結することに、同意することはできません。」と、コカールは断言した。このコカール氏の発言は、今回取材に応じた全ての関係者が認めた、パキスタンとしてこれ以上譲れない核心部分である。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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