【アックスブリッジ(カナダ)IPS=スティーブン・リーヒ】
投資家たちが食糧への投機で数十億ドルにのぼる利益を手にする一方、「食料バブル」は記録的な食料価格の高騰を引き起こし、数百万人が飢え、多くの国々が政情不安に陥った。―世界の専門家たちはこういう見方で一致しつつある。
ウォールストリート街の投資会社や銀行は、ロンドンその他欧州諸国の類似機関とともに、ドットコムバブル、証券バブル、そして最近の米国、英国の住宅バブルを引き起こした責任がある。しかもこれらの機関は、それぞれのバブルが崩壊する前に、膨大な利益と自らに配分するボーナスを抜き去っていった。
そして投機資本が次に狙ったのが現物市場である。その結果はどうなっただろうか?国連食糧農業機関(FAO)によれば、昨年6月から12月にかけて、世界の食糧供給量と需要に関して大きな変動がなかったにも関わらず、食料価格は平均で32%もあがったという。
専門家達は、世界の小麦貯蔵量が安定していたにも関わらず、昨年6月から12月の間に小麦の市場価格が70%も跳ね上がった背景には、食料への投機しか考えられないと述べている。
オックスファムカナダのロバート・フォックス氏は、現在の食糧価格高騰で約10億人が飢餓に苦しむとの見通しが出ている点について、「世界は食糧不足の状態に陥っている訳ではないのです。にも関わらず、食糧価格が世界の最も貧しい人々の手に届かないようなレベルに高騰しているのです。」と語った。
「今や飢餓は食糧生産の問題ではなく、所得レベルの問題となっているのです。この状況は、食料価格が高騰し暴動を引き起こした2007~08年ごろからまったく変わっていません。従って今日再び、記録的な食糧高騰が、エジプト、アルジェリア、ヨルダンなど世界各地で暴動を引き起こしている現状は驚くには値しません。」とフォックス氏はIPSの取材に応じて語った。
食の権利に関する国連特別報告者のオリビエ・デ・シューター氏は、「かつては天候が食料価格を決定する大きな要素でしたが、もはや事態は変わっています。米国で農産部の先物取引に関する規制が緩和されたため、数年前から穀物市場に数兆ドルにものぼる巨額の投機マネーがつぎ込まれたのです。」と報告している。
デ・シューター氏は、2007~08年の食糧価格危機を分析した報告書の中で、米国で2000年に商品先物近代化法が成立し、食料を先物取引の対象とすることが可能になった背景を記している。
かつての先物取引はこのようなものだった。たとえば、農家のブラウン氏が、1月にカーギルのような巨大企業に2011年収穫の穀物を1トン当たり100ドルで売る先物契約を結んだとする。秋になれば、カーギルはその穀物を製パン会社や家畜を肥育する飼養会社に先方との合意価格で売却する。このような「先物契約」は、生産者と穀物商社の双方を極端な価格変動からある程度守る役割を果たしていた。
しかし、2000年に米国で商品先物近代化法が成立した後は、カーギルはブラウン氏との「先物契約」自体を1トン当たり120ドルでウォールストリート街の投資銀行に売ることが可能になった。そしてその投資銀行が今度はそれを150ドルで欧州の投資会社に売り、それがまた米国の年金基金に175ドルで売却される…という具合に連鎖が続いていく。こうして「デリバティブス」「インデックスファンド」「ヘッジ」「スワップ」といった複雑な金融商品とともに、食糧は高い収益を上げる投機バブルの一部となってしまったのである。
デ・シューター氏は昨年9月の報告の中で、「深刻な欠陥を抱えた世界の金融システムが2007~08年に起こった食糧危機の主な原因となった。」と結論付けている。
「穀物市場の価格変動から得られる短期的な利益を求めて投機資本が次々と参入したのです。」と農業経済学者のジャヤティ・ゴーシュ氏は2007~08年の食糧価格高騰に関する最近の分析報告書の中で記している。
「米国の住宅バブル崩壊で、大手投資家、とりわけヘッジファンドやペンションファンドといった機関投資家や銀行までもが新たな利益を求めて投資先を探していたのです。」とニューデリーにあるジャワハルラール・ネルー大学のゴーシュ教授はジャーナル「農業改革」の中で述べている。
「食糧投機は注目の的となり、規制緩和を追い風に取引額は2002年の7700億ドルが、2007年には7兆ドルにまで急拡大しました。そして金融機関が米国の住宅市場やその他の市場で被った損失を補うため2008年前半に利益を引き上げるまで、食料価格は高騰し続けたのです。」とゴーシュ教授は語った。その後2008年の秋までには食料価格は安定を取り戻したが、それでも食糧投機バブル前と比べるとかなり高値のままであった。
「2008年12月現在、FAOは33カ国が厳しい或いはある程度厳しい食糧危機に見舞われており、その内17か国については同年10月の状況よりも事態が悪化していると見積もりました。」と、ゴーシュ教授は語った。
2008年の世界における穀物生産量は記録的な大豊作であった。
そして今、2010年中旬に始まった食糧価格バブルの最中にある。「全く対応策が打たれていない現状では、今の事態は驚くに値しない。」とゴーシュ教授は記している。このような投機的な金融活動を防止したり少なくとも制限したり規則は未だに存在していない。2010~11年の食料価格高騰は、昨夏のロシアの干ばつと、インド・中国における需要の急増が原因だとされてきた。しかし、FAOが発表した統計によれば、中印による食料消費量は、むしろ減少していたのが実態である。「その理由は主に、(価格高騰のため)多くの人々が十分な食料を購入する余裕がなかったのです。また、インドの場合、穀物に代えて野菜や酪農製品をより多く摂取する食生活の変化があったことも背景にあります。」とゴーシュ教授は説明した。
ロシアの旱魃は最近の投機バブルを誘発した。ロシアはたしかにこの旱魃で収穫高が33%激減したが、実はその損失分を埋めるに十分な小麦を備蓄していた。ロシア政府は、この備蓄小麦を放出かわりに多国籍穀物商社の説得を受入れて小麦禁輸措置に踏み切ったのである。
「その結果、こうした穀物商社はエジプト、バングラデシュ、その他の国々への低価格での穀物売買契約をキャンセルし、ロシア国内において高騰した市場価格で小麦を販売することができたのです。」と、GRAIN(小規模農家を支援する国際NPO)のデヴリン・キューエック氏は言う。
「今では大企業がロシアの農業の大半を支配しているのです(ロシアではグレンコア、カーギル等の外資系の民間穀物トレーダーとロシア資本の民間穀物トレーダーが穀物市場をほぼ完全に支配しており、そこに国家の直接的な影響力は非常に弱くなっている:IPSJ)。」と取材に応じたキューエック氏は語った。
GRAINは、ロシア内外の投資機関が巨大な「農業企業グループ」をいかにロシア国内、とりわけ南部穀倉ベルト地帯(こうした農業企業グループが穀物生産の40~50%を支配)に形成しているかを報告している。
ロシアは小麦の主要輸出国であるが、スイスの商品取引商社グレンコアがロシア産小麦粉の大半を輸出しているGRAINの調査が明らかにしたところによると、グレンコア社はロビー活動を通じてロシア政府の小麦粉禁輸決定を引き出し、それによってペナルティーを受けることなく低価格で設定されていた(小麦粉輸出の)契約書をキャンセルすることに成功したという。
ロシア政府はまた、穀物禁輸措置にともなう「ダメージ」を緩和するため、穀物農家に対して総額10億ドル相当の低利融資や補助金を拠出することを約束した。
「こうして、エジプトのような国々は欺かれてひどい目にあい、穀物商社は大儲けをしたのです。」とキューエック氏は語った。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
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