【カイロIDN=エマド・ミケイ】
米国・イラン核合意が7月に発表された際に、サウジアラビアの国営メディアが報じたイメージは、「西側諸国が新しい強力な隣の敵国に屈した」というものだった。通常はあまりものを言わないサウジアラビアの政府高官らは合意に対していつもの融和的なコメントに終始したが、国内のソーシャルメディアや学界、国営報道機関は揃って政府とは異なる見方を示していた。それは、サウジアラビアの深い懸念を代弁したものであり、石油資源豊かな同国がその富を使って核武装化するかもしれない、という言明もそこには含まれていた。
「仮にそれが核計画の実施を意味するとしても、王国は民衆を守るために自らを恃みとするだろう。」と記しているのは、「ファイサル国王イスラム研究センター」のナワフ・オベイド上級研究員である。オベイド氏は、核武装化したらイランは「数多くの国にとって極度に危険な国になるが、中東のパワーバランスにおいて長らくイランの主たる敵対手であったサウジアラビアにとって最も危険なものになるだろう。」と語った。
皮肉なことに、サウジアラビアに警戒感を与えた今回の合意は、別の結果をもたらすべく意図されたものであった。イランが、15年にわたって、低濃縮ウランの備蓄を98%削減し、設置済みの遠心分離器を減らすことに同意したのと引き換えに、イランに対する制裁を徐々に解除するという枠組みである。しかし、サウジアラビアやその他の湾岸地域の同盟国は、この合意は地域のパワーバランスを大きく変えるものにほかならないとみている。
イランは制裁解除によって得る新たな歳入を使って、裕福なアラブ近隣諸国に対する科学、技術、核能力面での優位を失うことなく、通常戦力を増強したり、地域的な影響力を拡大したりすることが可能だ。結局のところ、アラブ各国は、長年に亘ってあまりにも盲目的に米国の湾岸諸国に対する安全保障に信を置いてきたため、自国の科学技術開発に対する投資を怠り、米国内の保管庫で埃を被っていた大量の武器を購入することでよしとしてきたのである。
イランが近隣のイラクとシリアに前例のない規模で軍事力を投入し、イエメンの反体制派シーア派集団「フーシ」を支援していることは、サウジアラビアをさらに困惑させた。サウジアラビアの専門家らが、自国の核武装化についてこれまで以上にその可能性と意思を叫んでいるのは、驚くべきことではない。同国にとっては、オバマ政権が安全保障の約束を違えようとしているかのように見えるのだ。
ミドルベリー国際問題研究所(モントレー)のジェフリー・ルイス教授は、「オバマ政権は、非常にまずい地域安全保障戦略を築いています。」「これを戦略的な漂流だとみなして同盟国やパートナー国が不満を口にし出しているのは驚くべきことではありません。サウジアラビア国民のほとんどが、地域安全保障環境の悪化を警戒し、オバマ政権は能力がないと感じています。」と指摘したうえで、「残念ながら、(米国の)次の政権が(中東の)地域関係・二国間関係にどう取り組むかを見極めるまでは、現在の不平不満が今後も続くことになると結論付けざるを得ません。」と語った。
中東の専門家らによると、サウジアラビアの人々は、表立たない形で、あるいは内密に事を進めるのを好むため、不満を公然と表明するのは珍しいという。しかし今回、サウジアラビアのメディアは、同国のミサイル部隊について事細かに伝えると同時に、サウジアラビアの核武装の可能性にも言及することで、イラン核合意への反応を示している。
核計画
サウジアラビア政府には既に核計画がある。2011年、800億ドル以上をかけて、今後20年間で16基の原子炉を建設する計画を発表した。これはサウジアラビアの電力消費の2割を賄うものであり、その他の、小規模の原子炉を脱塩のために使うことが予定されている。
最近は、フランスとサウジアラビアが、フランス企業「アレバ」が建設予定の原子炉2基の契約に関する実現可能性調査を行うと発表した。さらにサウジアラビアでは、一基当たり約20億ドルにも及ぶ原子炉建設計画について、ハンガリー、ロシア、アルゼンチン、中国との協議が進行している。
「アブドラ国王原子力シティ」が原子力関連のほとんどの事業を掌握し、イランがサウジアラビア存続にとって究極の脅威であるとのイデオロギーを吹き込まれた若い研究者らがこれを支えていると言われている。
国際原子力機関(IAEA)は、平和的な原子力発電計画と、「ファイサル国王専門病院・研究センター」での癌治療施設の建設のために、サウジアラビア政府と緊密に協力している。
しかし、多くの中東専門家らは、サウジアラビアに新たな動機や取組みが認められるものの、どんなに同国が望んでも核兵器を製造することは困難であろうとみている。つまり、サウジアラビアがやっていることは、初歩的な原子力研究の真似事をして騒ぎ立てているだけだと分析している。
「これまでのところ、こうした騒音は、口先以上の、時として大声での喧伝以上の具体的なものには結びついていません。」とジェームス・マーチン不拡散研究センターのアブナー・コーエン氏は語った。
サウジアラビアの核計画の前にはその他の障害もある。同国は世界の既知の石油埋蔵量の16%を支配しているが、核弾頭あるいは弾道ミサイルを開発する教育的、技術的スキルを依然として欠いた、権威主義的な途上国に留まっている。
サウード家が支配するサウジアラビア政府は、国内の科学技術の発展や国民の技能向上に投資するよりも、むしろ国民を贅沢品で甘やかす施策を長らく推進してきた。
核脅威イニシアティブ(NTI)の最近の報告書には、「サウジアラビアには、初歩的な民生用核インフラしかなく、現時点では、独自の核兵器能力を開発する物理的・技術的資源に欠いている。」と記されている。
このように知識集約型インフラが国内に未発達な状況を、豊富な資金力で「国外から支援を獲得する」形で埋め合わせてきたサウジアラビア政府は、パキスタンのような核保有国との同盟関係を構築することで、核の安全保障も「購入できる」ものと想定してきた。それは、パキスタンやエジプト軍部に寛容さを示すことで、パキスタンの核計画を利用し、必要な際には「核兵器を注文できる」という理論に基づくものであった。
サウジアラビアの「気前よさ」の欠点
しかし、近年の推移を見れば、サウジアラビアの「気前よさ」にも欠点があることが明らかになってきている。パキスタンは、経験不足のサウジアラビア軍兵士と共にイエメンで戦う地上軍を派遣することに難色を示した。この、サウジアラビア政府を困惑させたエピソードは、同時に資金力に依存した安全保障戦略の限界を露呈するものだった。
中東情勢を追ってきた多くの核問題専門家らは、サウジアラビアによる核兵器の「発注」などというものは、いかなる意味においても実態の伴わない主張に過ぎないという。
「実行は可能ですが、信憑性はほとんどありません。」「ほとんどの専門家が、パキスタンがサウジアラビアに移送するための核兵器を別に取っておいたり、サウジアラビアとの核共有協定に入ったりすることはないと考えています。」とルイス氏は語った。
サウジアラビアの同盟国、とりわけ米国は、血の気の多いサウジアラビアのメディアや一部政府関係者がいかに核武装化を主張しようとも、それを許すことはないだろう。
米国政府は、核武装したイランに対してサウジアラビアを含めた湾岸諸国を守るとされる「核の傘」の提供をサウジアラビア政府に申し出るか否かについて議論してきた。もし米国の「核の傘」が提供されることになった場合、サウジアラビアが独自に核武装する動きは抑えられることになるだろう。
この提案の下で、サウジアラビアは民生用核協力協定についての交渉を行うことになるだろう。さらにその提案には、サウジアラビアがウラン濃縮や再処理を自粛するとの文言が含まれるとみられている。「アブドラ国王原子シティー」の規模は縮小され、都市規模の研究センター設立計画は棚上げにされ、そのための資金は代わりに米国の歳入となるだろう。
サウジアラビアのメディアが報じる核武装の脅し文句は、その他の面から見ても空疎なものだ。国際通貨基金(IMF)は今月10月、サウジアラビア政府が石油価格の低下に苦しみ、赤字予算となって外貨予備が急速に失われるだろうと述べた。
さらに悪いことに、サウジアラビア王室は、地域の覇権を握ろうとして、近年巨額の対外支出を行っている。エジプトの民主主義が保守的なサウジアラビア王国に波及することを恐れて、エジプト初の民主的な選挙で選ばれた(ムハンマド・モルシ)大統領を追放するためのクーデターに約60億ドルの支援を行った。また、シリアの反体制派集団に行ってきた4年間に及ぶ財政支援に加えて、今年3月には、イエメンのシーア派集団「フーシ」に対する高価な爆撃作戦を開始している。
イラン核合意はサウジアラビア政府に警戒感を呼び起こし、核武装の野心という派手な宣伝に走らせることになったが、現実にはもう何年も前に、既に核計画を進める機会は失われているのである。その窓(=核兵器開発)を再度開けるには、さらに何年もの時間を要することになるだろう。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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