地域アジア・太平洋|カンボジア|宗教の違いを超えた「人間の尊厳」重視のHIV陽性者支援とHIV/AIDS防止の試み

|カンボジア|宗教の違いを超えた「人間の尊厳」重視のHIV陽性者支援とHIV/AIDS防止の試み

【IPS HIV/AIDS研究事業現地取材からの抜粋】

Seedling of Hopeは、カトリック教会系の慈善団体で、一般市民やハイリスク集団に対してHIV/AIDSに関する啓蒙活動を行う一方、HIV/AIDS感染者に対しては、患者の自宅や入院先を訪問してカウンセリングを提供している。 

また、Seedling of Hopeでは独自のシェルター/ホスピスを擁しており、エイズ患者に対する精神/肉体両面にわたる支援を行っている。本稿では、人口の95%を仏教徒が占めるカンボジアにおいて、宗教の違いを超えた「人間の尊厳」に対する共感を信条に活動を展開している牧師から見た、HIV/AIDSの現状と課題を概説する。(以下、Jim Noonan神父への取材内容の抜粋)

 
エイズ患者に最も必要なもの 
 
「エイズ患者が抱える精神的なストレスは想像を絶するものです。エイズに対する社会の偏見は依然として厳しいものがあり、HIV感染者は、差別や迫害を恐れて病気のことを周りから必死に隠そうとします。しかし、ここ(シェルター)では、皆彼女達の病気のことは了解した上で受け入れているので、エイズ感染者やそうでない者も等しく家族のように自然体で触れ合っています。 
 
私は、このエイズ患者の精神的なストレスを取り除く生活環境が、患者の免疫力の維持/向上のための重要な要素となっていると考えています。実際に、ここの収容者達の健康状態は、入所後概ね向上しており、人間の健康は環境さえ整えば、かくも回復する力があるものかと改めて驚かされています。私達は元々専門的に訓練されたカウンセラーではありませんが、収容者に対して彼女達の『人間としての尊厳』に留意し、最大限の愛情を注ぐよう努力しています。私達の信条は、相手が誰であっても等しく接することです。つまり、収容者に向き合う私達の姿勢は、例えば相手が女王陛下であったとしても全く変わりません。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

「ホスピスでは、ビタミン剤といくつかの合併症に使用する薬があるのみで、カンボジアにはエイズ治療薬はないのが現状です。もし、海外からの支援国/団体に『なにが今のカンボジアに最も必要か』と問われれば、〈1〉質の高い血液検査施設と、〈2〉エイズ治療薬を現地生産できる施設、が最も求められていると確信しています。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

宗教の違いを超えた「人間の尊厳」への共感 

「私は、ただ助けを必要としている人々に手を差し伸べる活動をしている1老人に過ぎません。私は牧師だが、ここでは人々をキリスト教へ改宗させるといった試みは行っていません。それは、彼らには彼らの価値観に基づく宗教があり、私には私の宗教と信仰があるからである。それよりも、エイズ患者への具体的な支援活動を通じて『人のためになる』活動に従事できることが、私の牧師としての信仰の実践と考えており、それだけで満足です。 

また、助けを必要とする人々に『慈しみの心』をもって接することは宗教の違いを超えて人間共通の行いであると思います。エイズ患者の死に際して、私は私流に祈り、仏教徒のカンボジア人達は仏教式に祈りを捧げている。そこに宗教の違いに起因する違和感はありません。また、臨終に際して、私がエイズ患者に、『あなたの為に祈らせてほしい』旨伝えるようにしていますが、彼女達は皆、異教徒の私の祈りを喜んで受け入れてくれています。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 
 
エイズを克服するもの 

「現在のカンボジア社会における女性の『性』をとりまく現状は非常に歪められたものだと思います。『性』に対する男性の態度は一般に露骨であり、女性の『性』はあたかも人格を失った物かのように見なされ、不当な扱いを受けたり騙されたりしています。また男性の間では、複数の女性との交際を『男らしさの証』と勘違いしている風潮もあり、中には女性に対する性的虐待/搾取の経験を周りに自慢するものさえいます。このような男性達の歪んだ性意識/性行動を1世代の間に転換させることはほぼ不可能に等しいと思いますが、とにかく行動変容をもたらす努力を1日でも早く開始することが重要だと思います。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

「現在のカンボジア社会に必要なものは早期からの性教育の実践です。1996年、国連合同エイズ計画(UNAIDS)では若者の性意識/性行動を変えていくための長期戦略を作成しました。そこで強調されたことは、若者への対策が遅れれば遅れるほど、(エイズ問題は)取り返しのつかない事態に進展するという危機感でした。現在のカンボジアの若者を取り巻く環境は一刻の猶予も許さない深刻なものであり、本格的な若者を対象とした性教育に着手するには絶好の時期でだと確信しています。 

また、若者達の健全な性意識を育んでいく上で、両親の説明能力を向上させる努力をしていくことが重要だと思います。『性』をもっと幅広い人間関係の中で若者達が捉えられるよう親達が子供達と真剣に向き合える環境を作っていく必要があると思います。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

「すなわち『エイズを克服するもの』は、異性に対する『誠実さ:Faithfulness』だと思います。自分と異性のパートナーの人生を大切にするためにも、できるだけ婚前交渉を避けることが重要です。そしてそれがどうしても実践できなければ、結婚を誓った相手にのみに性交渉の相手を限定することです。 

ポル・ポト時代に禁止され、激しい迫害を受けたカンボジア仏教ですが、元来カンボディア社会における仏教の位置付けは大きく、仏教の僧侶は民衆から深く尊敬されています。宗教は『誠実さ』をはじめHIV/AIDSから身を守る上で重要な諸要素を説いてきており、HIV/AIDS対策を実践していく上で重要なパートナー勢力となりうると思います。カンボジア政府もその点に着目し、近年は僧侶を積極的に活用したHIV/AIDS対策を進めています。私達の団体も1995年頃より僧侶、コミュニティー指導者、NGO等と宗教を活用したHIV/AIDS対策について協議を重ねてきており、多くのことを学んでいます。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

Seedling of Hopeの活動について: 

8人のスタッフと4人のボランティアとともに、週2回、一般市民及び工場労働者を対象としたHIV/AIDS教育を実施しており、その際、コンドームを配布している。 

「目の前の人々を救うことが最も重要であり、そのためにはカトリック教会も現地のニーズに応じた柔軟な対応が必要だと思います。」 

シェルターでは、自分の身の回りの世話は出来るが、一般社会で働くことができなくなったエイズ患者を収容している。ここでは、収容者に対して、敢えて体調の許す限り、裁縫などいくつかの作業グループに割り当てて労働に従事させている。(作業を通じてネガティブ思考に陥ることを防ぐとともに、社会に貢献しているという誇りを感じてもらうため。)一方、ホスピスでは12床の設備と6人の24時間スタッフ体制で、身寄りのないエイズ末期患者を引き取って、最後の日々を共にしている。 

(カンボジア取材班:IPS Japan浅霧勝浩、ロサリオ・リクイシア) 

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