ニュース米国の覇権を脅かす厳しい試練

米国の覇権を脅かす厳しい試練

【ブリュッセルIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

2001年9月11日に旅客機が世界貿易センタービルに激突したとき、マシュー・グッドウィン氏はデトロイトの教室でベトナム戦争についての講義を受けていた。

現在は英国の名門シンクタンク英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のアソシエイトフェローを勤めているグッドウィン氏は当時を振り返って、「窓の外を見ると、車が道路の真ん中にラジオをつけたまま止まっており、事態の進展を把握しようと多くのアメリカ市民が車を取り囲んでラジオに聞き入っていました。それはまるで映画の一シーンのようでした。しかし、9・11同時多発テロ事件(=9.11事件)の影響は米国国内にとどまらなかったのです。」と語った。

 9・11事件は、概ね国際関係に及ぼした影響(新たな同盟の構築、『テロとの戦い』、対アフガニスタン戦争、イラク進攻を正当化する理由)から語られることが多いが、グッドウィン博士は、同事件の影響は各国の国内政治の分野、とりわけ主に次の3つの現象となって表れたと指摘している。

-西側民主主義国家の市民は以前よりも安全保障問題に関心を持つようになった。

-各国の政党政治が影響を受けた。9・11事件前から欧州各国の極右政党は、移民問題、(差別撤廃による)人種統合政策、法と秩序の問題を巡る一般市民の不安に焦点をあてて支持層を拡大していたが、事件によってさらなる勢いを得た。

-公共政策が影響を受けた。9・11事件を契機に欧州各国の政府は、暴力的な過激思想の防止やムスリムコミュニティー内の過激化傾向にいかに対処するかについて一層真剣に考えざるを得なくなった。

「しかし事件から10年が経過したが、私たちはあらゆる形態の暴力的な過激思想がなぜ人々を引きつけるのか、その正確な原因を理解するにはまだ程遠い位置にいます。おそらくその原因について説得力のある説明ができるようになるには少なくともさらに10年の年月が必要なのかもしれません。」とグッドウィン氏は付加えた。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのマイケル・コックス教授は、「米国がテロリストの攻撃を受けた時…米国の世界における地位は圧倒的で全く脅かすことすら不可能に思えたものでした…しかし10年が経過し、米国の自信は揺らぎ当時とは全体的に異なった国になってしまいました。中国が興隆し多額の米国債務の買い取るまでになっている中で、かつてのように確信をもって米国の覇権について語るものはほとんどいません。」と語った。
 
コックス教授は、チャタムハウスの月刊誌「The World Today」に寄稿したレポートの中で、「ソ連との冷戦に勝利し、建国以来200余りの歴史の中で最も繁栄した10年を謳歌してきた米国は、21世紀を迎えた時、国際関係において各種難題に直面していることは認識していたものの、自国にとって深刻な脅威になるものはないと過信していた。」と記している。

「事実、21世紀初頭においてはこうした楽観論が圧倒的に世論の大勢を占めていたため、冷戦終焉前夜にポール・ケネディ教授のような有識者が米国の衰退は長期的には不可避だと熱心に論じて米国世論が先行きを不安視した一時期があったことさえ思い出すものはほとんどいなかった。ケネディ教授は、(1987年に発表した『大国の興亡』の中で)米国ほどの巨額の財政・貿易赤字を抱え、同時に海外に安全保障上の責任負担を抱えている国が、そのまま世界の覇権を維持しつづけることは不可能であり、地位低下は避けられない、と結論付けた。」

しかしこうした米国衰退論は、ジョージ・W・ブッシュ大統領が2000年にクリントン大統領から政権を引き継いだ時点では、『奇異』に映ったし、事実、9・11事件後の報復措置として米国が莫大な資源を動員し始めた際には、『現実離れしたもの』として受け止められた。

コックス教授は当時の米国の軍事覇権の状況について、「当初評論家たちの反応は、(米国の軍事力が世界を圧倒している現状に)深く感銘しているようであった。あの著名な『衰退論者』であるポール・ケネディ氏でさえ、2002年に発表した論文『舞い降りた鷲』の中で、米国は単なる超大国にとどまらず、一国がこれほど圧倒的な力の優位を持ったことは歴史上類例を見ない、と米国の抜きんでた軍事力の怪物ぶりを驚嘆とともに熱心に描写していた。」と記している。

「当時は、左は批判的なヨーロッパ人から右は米国のネオコンに至るまで、『米国は過去の帝国と同じ道を辿るだろう。ただし1つ明らかな違いは、ポトマック河畔の新ローマ帝国(米国)の場合、衰退はまだ先のことで、繁栄は今後も100年は続くだろう。』という考えに反対するものはほとんどいなかったように思われる。」

もし私たちが9・11事件以来、世界がいかに変貌したかについて十分に理解しようとするならば、コックス教授がいみじくも指摘しているように、このような10年前に米国社会を席巻していた楽観論を今日改めて振り返ってみる価値は十分あるであろう。21世紀初頭、アメリカ人は自信に満ち、政府はあたかも米国に不可能なことはないかのような態度で振る舞った。イラクに侵攻した際も、そうした行動が中東と世界における自らの立場にどのような深刻な影響を及ぼしかねないかということにほとんど注意を払うことさえしなかったそれから10年が経過し、今日の米国はかつての面影をとどめないほど大きく変貌してしまった。

米国が大きく変貌したことを示す明確な兆候は2008年のバラク・オバマ氏の大統領選出である。コックス教授はその背景には、アメリカ国民が、2003年にイラク戦争を引き起こし2007年にはさらに金融危機を招いた2期に亘る共和党政権を、もはや信用しなくなっていた点を指摘している。

「オバマ大統領が公約の全て実現してきたかどうかは、議論の余地のある問題だが、明らかなことは、彼の劇的な登場の背景には、国際社会における米国の立場を回復し再び経済恐慌に突入するのを回避するには、何か思い切った新しいものが必要と考える米国民の切実な危機意識があった。」

「しかし増え続けるアフガニスタン及びイラクにおける米兵の死傷者、こうした戦争を遂行するために要する膨大な経済負担、『テロとの戦争』遂行のために用いられた手段が米国の依って立つ信念そのものを危うくしかねないなどの現実に直面して、多くのアメリカ人は自尊心を傷つけられるとともに、米国の国際社会における役割についても、次第にその意義を見出せなくなってきている。」とコックス教授は記している。

「世界がもはや意図する方向に向かっていないとアメリカ人に自覚させたものは経済危機が米国の生活様式に及ぼした影響であった。2011年に実施された世論調査では自分の子ども達の世代は自らの世代より生活レベルが向上するだろうと考えていたアメリカ国民は全体の僅か4分の1に過ぎなかった。またアメリカ国民は、国際社会を席巻している変革は、身の回りで起こっている出来事に対処する能力を急速に阻害していると強く感じている。」とコックス教授は語った。

コックス教授は、「近年、次の世紀はアジアの世紀だとか、覇権の中心が西から東へ移動しているなどの議論が数多く行われてきたが、ゴールドマンサックスのジム・オニール氏のような経済学者が少し前に指摘しているように、米国が中東やアフガニスタンのタリバンに対して戦争を仕掛けている間に、いわゆるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)とよばれる新興諸国は、高い経済成長を実現した他、新たなパートナーシップを構築し、米国や欧州同盟諸国よりいち早く経済危機から抜け出すことに成功した。」と結論付けた。

一方ジェイソン・バーク氏は、異なった視点から、「9・11事件から10年が経過し、上層部の指導力、支部組織のネットワーク、幅広いイデオロギーのいずれについてもアルカイダによる脅威は弱まっている。」と主張している。

9月に出版された「The 9/11 Wars」の著者でガーディアンとザ・オブザーバーの南アジア特派員であるバーク氏は、アフガニスタンのカブール郊外に車で出かけ、タリバンによって多くの貴重な彫刻が破壊された博物館や同じく無残に破壊された旧王宮を通過し、轍のついた道伝いに進んでリシュコール村を訪れるようアドバイスしている。

「元アフガニスタン大統領(ムハンマド・ダーウード)の名前にちなんだ『ダーウードの庭』として知られる森林の中の空き地と小川を超えると古いアフガン軍の基地にたどり着く。10年前の2001年の夏、ここはパキスタン人及びアラブ人ボランティアに軍事基礎訓練を施しタリバンとともに戦うために新兵を前線に送り出す軍事拠点であった。またここは同時に、アルカイダが選別したテロリストに、都市攻撃の技術を指導する小規模の特別訓練施設が置かれた場所でもあった。」とバーク氏は記している。

現在、リシュコール村は、米軍特別部隊がアフガニスタン国軍特殊部隊に軍事訓練を施す場となっている。一方、『ダーウードの庭』は少なくとも週末にはピクニックに訪れる家族連れで賑わっている、とバーク氏は報告している。

バーク氏は、2011年5月にパキスタン北部のアボタバートで米特殊部隊がオサマ・ビンラディン(同地に最大6年間隠れていたとみられる)を殺害した事件は、「ビンラディンが率いてきた過激派組織を新たに発展させる契機となったのではなく、長年に亘る同組織の衰退傾向に終止符を打つ契機となった。」と確信している。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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