この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】
現在、ドイツでは中国との関係が再考されている。これは、EUでも起こった、より長い経緯の結果である。ロシアのガス、石炭および石油の供給にドイツが依存していたことのショックが、中国との関係を特にセンシティブなものにしている。ドイツは、ロシアの原材料と化石燃料への依存度が高いだけでなく、中国とも、経済的により緊密な相互関係がある。というのも、中国は、ドイツの輸出相手国第2位であり、輸入相手国としては第1位なのだ。この議論は、経済的依存度およびアジア内外における中国の強気な外交・安全保障政策の両方が理由で加速している。(日・英)
ロシアの経験を経た今、中国への経済的依存について嘆く声は多い。産業、貿易、メディアおよび政治の各分野の専門家らは、正しい対応を巡り、「従来通り」や、抜本的な「デカップリング」、あるいは「封じ込め」に至るまで、様々な主張を述べている。パンデミックの間、経済的にセンシティブなサプライチェーンが一時的に崩壊したことが、自立度を高めようという思いを著しく強めた。しかし、経済的依存度をまったく減らすことなどできるのだろうか?また、デカップリングを行うなら、どの程度とするべきなのだろうか?
確信を持てるような戦略は見えてこない。数週間前、中国との関係に関するある議論がドイツ政府内でヒートアップしていることが明らかとなった。問題の案件とは、中国系の物流グループCoscoの、ハンブルク港における投資の計画であった。Coscoは、ターミナルの持分の35%の購入を希望していた。六つの省と秘密情報機関が、ドイツのインフラのきわめて重要な部分が中国の影響を受けることになりかねないとして、この取引に強く反対した。元ハンブルク市長で、今日でもハンブルクとの関係が深いオラフ・ショルツ首相は、中国の関与を求めた。ショルツは、ハンブルク港がヨーロッパの他の港との競争に負けるかもしれないことを恐れた。同首相は、全ての反対派との(恥ずべき)妥協を得て、25%未満の投資を承認した。
次の争点は、11月初めに、ショルツが経済界の代表団とともに、11時間のフライトで中国の習近平国家主席を訪問したことである。これは、過去にアンゲラ・メルケルが中国との経済関係を強化するために何十回と実践してきたこととほぼ同じである。ショルツは厳しいロックダウンの後で中国を訪問した初めての西側の首脳である。ヨーロッパ諸国の多くは、ドイツの単独行動主義に憤慨した。実際のところ、ショルツとエマニュエル・マクロン仏大統領は一緒に中国を訪問しようと考えていた。マクロンが時期尚早と考えたため、ショルツのみが、ドイツ政府内でもEUでも戦略的協調を図ることなく訪問してしまった。
緑の党のアンナレーナ・べアボック外相が率いる連邦外務省は、現在、対中国戦略を検討中である。59頁の草稿が、政府内およびEU諸国との調整が行われる前にメディアにリークされた。この草稿だけでなく、同じく緑の党所属で、責任者であるロバート・ハベック経済相の声明も、経済依存度を下げ、人権の優先順位を高めるという願望を明確にしていた。こうした立場は、「民主主義的統治か、権威主義的統治か」というアメリカ的な二極化におおむね呼応する。しかし、このナラティブは論争を呼ぶものだ。
中国政府は、ドイツ外務大臣の戦略草稿に対し「過激な反中国勢力」と反発した。ベアボックの見解の一部は、中国を「パートナー、競争相手、体制的ライバル」とする2019年に公表されたEU・中国戦略に一語一句対応している。「ライバル」という語は、中国の解釈によれば、「冷戦時代の考え方の名残」だという。中国国営メディアは、ドイツ・中国関係が「大口叩き」や「親米勢力」によって乱されてはならないと厳しい口調で述べた。中国政府がハンブルク港におけるCosco の契約の件でショルツ首相に非常に感謝している一方、ショルツは、核兵器に関する習主席との共同声明を、北京への短い訪問の最も重要な成果と見なしている。この共同声明で両国は、ロシアを名指しすることなく、国際社会に対し「ユーラシア大陸の危機を防ぐため、核兵器の脅威を拒み、核戦争に反対を唱える」ことを呼びかけている。
ドイツ外務省は、中国の首脳は「自らの政治体制は優れており、自国の『核心的利益」を疑問の余地がないものと見なしている」と書いている。中国は、より強気の外国政策を追求しており、経済的な依存関係を政治的目標の達成のために利用している。グローバルな観点からいえば、これは新しい知見では全くない。しかし、結論は広範囲なものとなるかもしれない。なぜなら、新しい戦略は、「中国は変化している。中国に対する我々の対応も変わらなければならない」と主張しているのである。EU加盟国であるリトアニアは、最近、中国の強気な外交を直接経験した。台湾貿易センターの開設を受け、中国政府はリトアニアとの貿易関係を断絶したのである。オーストラリアなど他国でも、過去に似たような脅迫を経験してきた。インドもまた、慎重に「デカップリング」戦略を用いて、アジアにおける自国の立場の強化を図っている。
「Wandel durch Handel(貿易を通じた変化)」、すなわち、経済的な関係を通じて社会の中の動きにポジティブな影響をもたらす、という概念は、ロシアによって完全に失墜させられた。したがって、中国との関係についても問われなければならない。「中国との貿易は自由を促進する」という2000年5月のジョージ・W・ブッシュ大統領の声明は米国では長年棚上げにされている。EUでは、これも今やコンセンサスである。
中国との戦略的ライバル関係が、米国の外交・安全保障政策策定上の決定的な原則となった一方、ヨーロッパ諸国の首脳らは中国に対する封じ込め戦略を提唱することをためらっている。もっとも、米中関係は、経済的には「市場主義」対「国家資本主義」、政治モデルとしては「民主主義」対「権威主義」という、イデオロギー対立の様相が色濃くなってきている。
しかし、EUあるいはNATOは、米国の提案を一致して支持する姿からは程遠い。このライバル関係におけるNATOの役割については加盟国の間でも異論があり、EUは中国に対して矛盾したシグナルを送っている。しかしそれでも欧州委員会は、「今日の米中競争の中で負け組になることを避けるには、我々はパワーの言語を学びなおし、ヨーロッパを第一級の戦略地政学的アクターとして捉えなければならない」と、EUの強い役割を構想している。この声明が出されてから3年近くになる。この「パワーの言語」が具体的に何を意味するのかは今でも確かではなく、何より、物議を醸すものだ。また、EUのインド太平洋戦略は、現時点では非常に初期段階にあり、まだおおむね文書上のものである。これと対照的に、中国政府は「関係を非政治化する」ことを飽くことなく主張している。
「関与」か「封じ込め」の両極端の間で適切なポジションを見つけることは容易ではない。完全な「デカップリング」には、経済的依存度が高すぎる。加えて、ドイツおよびEUは中国を気候交渉の重要なプレイヤーと見なしている。COP 27における中国の期待外れな行動の後でもこれが通用するかは、まだ分からない。だが問題は、西側諸国もEUも、ドイツ政府さえも、中国の強硬度を増す政策にどう対処するかについて、一致した戦略を追求していないことだ。オラフ・ショルツが北京訪問の前に表明したように、「スマートな多様化のために一方的な依存関係をやめる」ことを目指すのが確かに望ましい道だが、現時点でドイツとEUの大半は、経済的な必要性と政治的な独立性との間で身動きがとれないままである。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。
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