SDGsGoal8(働きがいも 経済成長も)「足るを知る経済」はプミポン国王最大の遺産

「足るを知る経済」はプミポン国王最大の遺産

【バンコクIDN=リム・クーイ・フォン】

タイの故プミポン・アドゥンヤデート国王の最も印象的なイメージのひとつは、タイ国内で国王自身が個人的に支援・フォローしている事業の視察に出掛ける際に、常にカメラを手に持っているか、首からぶらさげているシーンであった。

70年以上に及ぶ治世にあって、国民に大いに愛されたこの君主は、一つの約束を果たした。それは、タイ民衆の利益と幸福のために正義をもって統治するという約束である。

Map of Thailand
Map of Thailand

1997年、記憶に残る中では最悪の世界経済危機がタイを襲った時、国王は、現在ではトレードマークとなった「足るを知る経済(タイ語でセータキットポーピーアン)」を提唱した。これは、民の苦しみ、とくに精神的状況を和らげるための仏教的原則を基礎としたものであった。この理論は、民衆を支援して持続可能な開発モデルに適応させようとする40年以上に及ぶ国王自身の経験を基盤にしたものだった。

1998年時点で、国王によって開始され全土で実施された開発事業は2159件にのぼる。事業のほとんどは、タイの民衆、とりわけ遠隔地の人々の生活水準を引き上げることを目的としたものだった。

国王は時として、事業が軌道に乗るように初期段階で自身の資金を投することもあった。1988年、国王はチャイパッタナー財団を設立し、民衆と国全体の利益を増進し農村開発事業を加速するための資金を提供した。

タイ民衆の中でも最も困窮した人々を救おうとする国王の情熱は、農業目的の土地管理・水資源開発における「新理論」に反映されている。この「新理論」の公式は、30-30-30-10というシンプルなもので、この理論の下で、土地の区画は4つに分割され、そのうち、30%が水資源に、30%が田んぼに、30%が果樹や野菜などの混合作物に、10%が居住地・家畜・コメ倉庫に割り当てられた。

「新理論」に従った農民は、この計画がきわめて単純であり容易に適用可能なものだと理解できた。またこの理論は、コストのかかる技術を伴うものでもなかった。そのため、実践した人々の多くが満足のゆく成果を得た。結果的に、農村地域の大部分が自立し、自足できるようになった。

Farmland Division for Optimum Benefits/ The Chaipattana Foundation
Farmland Division for Optimum Benefits/ The Chaipattana Foundation

タイに大きな悪影響を及ぼした1997年のアジア金融危機の後、国王は、タイをこの経済危機から脱却させる方法として「足るを知る経済」を提唱した。すべてのタイ国民が、自身の収入にみあった、食べ物に困らないような生活を送る、というのがこの根本であった。

「足るを知る経済」は、土壌や作物の改善に関する研究・開発につながり、国内消費にまずは十分な量の生産を確保する取り組みがなされた。

仏教の諸価値によって統治された国として、「足るを知る経済」の哲学は、あらゆるレベルの民衆による適切な行いに関する一般的な原則としての中庸の道を説いている。「足るを知る経済」では、物質的富の生産が最終的な目標ではない。最終目標は、環境に優しく、自足的な社会を作ることにあり、そこでは、基本的な人間のニーズは地元の旧来的な生産方法を通じて満たされることになる。

実行されている「足るを知る経済」の典型例は、チェンマイ郊外のワット・ドーイ・パー・ソムの僧と地域住民が、サムーン地区の農業環境を蘇らせる取組みのなかで、如何にして「足るを知る経済」の原則を利用したかに見ることができよう。

サムーン村の農民が、地元の僧サンコン師(Phra Sangkom Thanapanyo Khunsiri)に初めて接触した際、良質の作物ができない問題について相談した。サンコン師と顧問らが地元の土壌の質を調べたところ、極度に乾燥して栄養素に欠けており、作物を成長させる余地が少ないことが判明した。

水不足の問題に対処する鍵となったものは、天然の水資源(山の森林からの湧き水と雨水)を保持できる環境をいかに構造的に作り出すかという点にあった。雨季には、豊かな森の生態系と地元の農家のニーズを十分に満たすだけの雨水が天からもたらされていた。

しかしそれまで地元の農民は、農地の拡張を優先して森林を伐採してきたため、水を地中に保持するために必要な天然の仕組みが失われ、水の流出量が増え、乾季には土地が干からびるようになっていた。そこでサンコン師は開発プロジェクトを通じて、砂防ダムの長いネットワークを作り、小さな貯水池に天然の水資源を保持できるようにした。砂防ダムシステムの建設には地元の人々や軍人、政府関係者を巻き込んだ。

地元と外部組織を協力は、ワット・ドーイ・パー・ソムの持続可能な開発の枠組みの鍵を握っていた。砂防ダムの建設から1年、地元の土壌に含まれる水分量と作物が育つ可能性は堅調に伸びていった。現在、ホイ・ボン川の流域には、様々な大きさ(0.25~2メートル)の砂防ダムが100以上ある。

また開発プロジェクト初年度に並行して実施した森林再生のための植林活動は、天然水資源を保持する土壌の能力を強化することで、砂防ダムネットワークを補完している。植林する木々の種類については、「足るを知る経済」において「豊かな植物」のカテゴリーに入れられる、食用、活用、経済に資する植物、具体的にはバナナ、パパイヤ、コメ、グアバ、ココナッツ、チーク、竹、アカスギ等が優先された。

その結果、地元の生態系には、生物多様性や水の保持の点で改善が見られ、回復された生態系には、数多くの鳥や野生生物が戻ってきた。

再活性化プロセスの初年度に続く4年間で、木造の砂防ダムをコンクリート製に転換する工事や、タイでは「猿の頬」として知られる個別の貯水池建設など、天然の水資源保持のためのシステム改善の取組みが進められた。

Thailand human development report 2007 : sufficiency economy and human development / United Nations Development Programme
Thailand human development report 2007 : sufficiency economy and human development / United Nations Development Programme

サムーン地区で示された土地再生の成功例は、「毎年の収穫を確保するために土壌の栄養素を再生するには、高価な化学肥料に依存せざるをえない。」という従来の固定観念を吹き飛ばした。これまで地元農民は、こうした「(高価な化学肥料を用いた)近代的な農業手法」を採用することで、しばしば長期にわたる借金に見舞われ、結果的にその重圧から先祖伝来の農業をあきらめ、例えば車で2時間離れたチェンマイ市のような近隣の都市部での就業を余儀なくされるているケースも少なくなかった。

これらの貯水池は、水分を保持して周辺の土壌に拡散し、乾季には地元住民の生活用水として活用することができる。一方、この時期も引き続き、植林活動は継続され、より豊かな資源を生む植物が植えられた。その結果、土壌に含まれる水分が増すにつれ、年間の収穫量も増えていった。

代替エネルギーの開発も、ワット・ドーイ・パー・ソムの持続可能な開発枠組みの本質的な要素である。初期の実験で、地元で栽培したヒマワリから作った油とリサイクル食用油によるバイオ燃料を生み出すことに成功した。今後の開発で、太陽光パネルの設置と小規模の水力発電用ダムの建設を通じてクリーンエネルギーを生み出すことが期待されている。

「正義の国王」として知られる故プミポン・アドゥンヤデート国王の永続的な遺産は、「足るを知る経済」理論であり、おそらくこれは、タイが世界に対して提示できるものだろう。「持続可能な開発目標(SDGs)」が国連諸機関のスローガンとなった今日、国連開発計画(UNDP)は、「足るを知る経済」に関する2007年の「タイ人間開発報告書」を更新すべき時かもしれない。

もし「足るを知る経済」がサムーン地区の小農のために有効ならば、プレーリーが広がる米国ウィスコンシン州の小さな町の農場主にとっても有効に違いない。(原文へ

翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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