【ベイルートIPS=レベッカ・ムレイ】
レバノンではシリアからの難民が流入し続けているが、難民の子どもの大半は学校に通っていないことから、この子供たちが「失われた世代」になるのではないかという懸念が高まっている。
レバノンに最近到着したアワドちゃん(12歳)と妹のエマンちゃん(10歳)もそうした脆弱な立場に置かれた子どもたちだ。姉妹はシリアの首都ダマスカスで両親と暮らしていたが、内戦で父親が殺害されたため、母親と祖父に手を引かれて越境し、既に過密状態のシャティラ難民キャンプに辿りついた。そこでなんとか粗末な部屋を借りることができ、難民生活が始まったという。
シャティラ難民キャンプは、元々1949年にパレスチナ難民を一時的に収容する施設として建設された場所だが、現在は手頃な値段の住宅を求めるシリア難民や、シリアから逃れてきたパレスチナ難民、さらには移住労働者が流入してきている。
「ここにはおじいちゃんとも入居するはずだったけど、到着時に死んでしまったの。故郷から遠く離れて怖かったわ。」
彼女たちの母親はここでレバノン人の男性と再婚したが、間もなく男性は妊娠した彼女を捨て出て行った。「今、家賃の支払いに困っているの。家にはお金がないから。」とアワドちゃん。
幼い姉妹は、週に3回、現地のNGOが催すお絵かき会などの行事に参加するとき以外は一日中部屋の中で過ごしている。こうしたNGOの催しは、彼女たちにとって同世代の子ども達と交流できる貴重な機会となっている。
部屋には教科書やテレビなど彼女たちが社会生活を送るために必要なものが何もないので、頼りになるのは数冊のぬり絵帳だけだ。
また彼女たちは空腹に苛まれている。「食べられるのは1日1回、お母さんが作る夕食だけです。今夜は昨日の残り物です。」とアワドちゃんは語った。
シャティラ難民キャンプでパレスチナ人とシリア人難民の子どもたちを支援しているNGO「不屈の子どもたちの家(Beit Atfal Al Somoud)」のズハイル・アカウィさんは、難民キャンプの現状について、「シリアからの難民の多さに圧倒されています。今とりわけ深刻な状況にあるのが食料問題です。ラマダンの時期であれば、慈善団体からの食料援助をあてにできるかもしれないのですが、この時期はどうにもなりません。私たちの支援活動も大変厳しい状況に直面しています。」と語った。
今日シリア難民の子どもは110万人以上にのぼるが、その内、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がレバノンで難民登録しているのは385,000人である。
UNHCRは11月末に発表した報告書「シリアの将来―危機の中で生きる難民の子どもたち―(The Future of Syria: Refugee Children in Crisis)」の中で、「レバノンでは就学対象年齢のシリア人難民270,000人のうち、約80%が教育を受けることができない状況に置かれている」と指摘し、その原因として次の諸要因を挙げている。①教育施設が既に飽和状態にあること。②費用の問題、③学校までの距離と通学手段の問題、④学校のカリキュラムと使用言語の問題、⑤いじめと校内暴力の問題、⑥家族を支えるための労働と就学の間の優先順位の問題。
レバノンの国内法では、教育費は無料で12歳までが義務教育とされている。この義務教育対象年齢の上限は、最近レバノン国会で15歳に引き上げられることが決議されたが、まだ実施に移されていない。
またUNHCRは同報告書の中で、「シリア難民の流入がレバノンの教育現場に大きな影響を及ぼしている。」と指摘したうえで、「教育現場の様相は大きく変化している。現場の教師は必ずしも心に傷を負った難民の子どもに対処する訓練を受けておらず、教育予算の不足も事態の悪化に拍車をかけている。インタビュー調査したシリア難民の子ども達は、公立学校の教育の質について『問題がある』と指摘した。」と記している。
シリア人精神分析医のカリル・ヨセフさんは、レバノン北部のトリポリで難民の子ども達を診療している。ヨセフさんは、シリア難民の子ども達の就学率が低い原因として、まず「費用の問題」を挙げ、「学校に通わせるよりも家族の生活を支えるために働かせる必要に迫られている事情があるのです。」と語った。次に「カリキュラムの問題」とし、レバノンではカリキュラムの一部がフランス語か英語で行われているため、アラビア語のみの教育を受けてきシリア難民の子どもの多くが、授業についていけず、脱落するものも少なくない事情を説明した。
さらにヨセフさんは、「いじめの問題」を指摘し、「(診療した)シリア難民の子ども達は学校でレバノン人の子ども達による嫌がらせにあっていました。子供たちは、(いじめっ子達とは)同じ学校に行きなくない、と訴えていたのです。」と語った。
この地域の公立学校では、受け入れ人数を増やすため、レバノン人の生徒を対象にした授業を午前で切り上げ、新たにシリア人難民の子ども達がアラビア語に翻訳したカリキュラムで学習できる午後のシフトを設けた。
ヨセフさんは、「難民の子ども達の中には、シリアでの内戦の経験が心のトラウマとなって、ここでの不安定な生活で直面する様々な困難に適応できないでいるものもいます。」と指摘したうえで、「そうした心に傷を負った子供たちは他の生徒や先生方に対して攻撃的な傾向があります。また、先生の言うことには耳を傾けず、授業を無断で休んだりします。新たに設けられた午後のシフトへの通学については、これまでの一日の生活様式を変える必要に迫られるため、帰宅が夜になるなど、様々な困難があるようです。しかし一方で良い点は、これによって難民の子ども達に生活のリズムを与えることが可能になることです。」と語った。
パレスチナ難民のファティマちゃん(11歳)は、シリアのホムスからレバノンの首都ベイルートに逃れてきた。父親は塗装工だが仕事を見つけられないでいる。また彼女の親戚は皆シリア国内にとどまったままだ。「ここに着いたとき、友達が一人もおらず、とても寂しかった。新しい暮らしになれるには時間がかかったわ。」とファティマちゃんは語った。
彼女は今、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営するパレスチナ難民のための学校に通っているが、英語とアラビア語の科目で躓いており、放課後に母親や近所の人に教えてもらっている。
「お父さんは私たち子どもに学校に通うべきだというの。たしかに子供は通りをたむろするのではなく、学校に行かせることが重要だわ。」とファティマちゃんは語った。(原文へ)
INPS Japan
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