地域アジア・太平洋|タイ南部|マレー系住民への抑圧続く

|タイ南部|マレー系住民への抑圧続く

【バンコクIPS=マルワン・マカン-マルカール】

仮にタイ政府が、情勢不安のタイ南部においてマレー系ムスリムの人心を掌握しつつあると考えているのならば、ルソー地区の警察署敷地外で7月20日に起こった抗議活動をまずよく見て、自らの夢の達成まではまだまだ道のりが長いということを認識すべきだ。 

サロ村から来た50名以上の人びとが、マレーシア国境に近いタイ最南端・ナラティワート県の同警察署前に集い、デモ活動を行った。報道によれば、同日早くに警察に拘束された4名の村人の釈放を要求するためであったという。その中には、ウスタッド(イスラム宗教の教員)である、アブドゥル・ラフマン・ハマさん(31)もいた。 

警察は、ハマさんの逮捕に50万バーツ(1万2,500米ドル)の懸賞金をかけていた。2年前にこの地域において起こった発砲事件に関連があるというのが警察の言い分である。南部に住む平和活動家ソウリヤ・タワナチャイさんはいう。「その発砲事件のことは聞いたことがありますが、本当の話かどうかわかりません。もっと情報が必要ですね。この地域では無実の人々が捕まることがありますから」。 

「こうした公然としたデモは、ムスリムの村人たちがいかに警察に対して不信感を持っているか示すものです」と語るのは、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)に勤めるタイ人研究者スナイ・ファスク氏だ。「以前にもこうした逮捕に対して同じような人々の激しい反応がありました」。 

南部3県において人口の約80%を占める、タイ最大のマイノリティのマレー系ムスリムと、タイ政府との間で溝が広がっている。現地で拡大する暴力を封じ込めるためにタイ政府が厳格な緊急事態命令を発してから1年が経った。 

タクシン・チナワット暫定政権は、2005年7月19日に施行された同命令の効力を延長する決定を今週下したが、この決定が強い批判を招いている。こうした命令は逆効果であり、すでに不安定な情勢をさらに悪化させるというのだ。 

「法外・略式・恣意的な処刑に関する国連特別調査官」のフィリップ・アルストン氏は、声明の中で、「治安部隊による暴力に対する免責は、タイにおいて継続している問題である。しかし、緊急事態命令によってさらに事態は押し進められ、免責がまるで公的な政策になってしまったかのようだ」「緊急事態命令によって兵士や警官が殺人の罪を逃れることができるようになってしまっている」と述べている。 

この厳しい法のまた別の望ましくない側面に関する批判もある。「ヒューマン・ライツ・ファースト」(本部:ワシントンDC)は、緊急事態命令1周年に合わせて発表した報告書で、次のように書いている。「命令は、容疑者による弁護士選任権と、逮捕された事実を家族に知らせる必要性という憲法上の保障をないがしろにしている」「命令によって、当局は容疑者を逮捕後、起訴せずに30日間収監できるようになった。これは、戒厳令下の7日間、一般刑事手続法における48時間よりもはるかに長い」。 

人権侵害を生み出すこうした風土に対する批判があやまりでないことは、タイ軍のある陸軍将官が4月に行った次の告白を見ればわかる。すなわち、マレー系ムスリムは、進行中の反乱行為の影にいる容疑者の名前を載せた当局作成の「ブラックリスト」を基にして逮捕されている、というのである。たとえば、昨年10月には、治安の乱れたナラティワート・パタニ・ヤラーの3県で4,000人近い名前がこの「ブラックリスト」に載っていた。 

マレー系ムスリムの容疑者はまた、暴力行為との関連について南部の警察署に通報するよう「招かれ」たのちに逮捕されることもある。今年5月の時点で、900名もの少年・成人男性が当局によって収監され、「再教育」キャンプに強制連行されていた。 

こうした法的なブラックホールは留置所における人権侵害を招きやすい、とHRWのスナイさんは言う。「『容疑者』の中には、暴力行為に加担したとの自白書に署名するよう圧力をかけられたり、留置所に連れてくるために地元の他の住民の名前を言わされたりする人もいるのです」。 

こうした逮捕や、失踪した人々の話を聞かされていると、ヤウィと呼ばれるマレーの方言を話しイスラム教という異なった信仰を持つマイノリティは、タイ語を話し仏教を信じるマジョリティに対して不信感を持つようになる。ソンクラ王子大学(パタニ)のウォラウィット・バル教授(マレー研究)は、「政府は物事を解決するのに暴力を使おうとしている。緊急事態命令はよくない」と述べた。「ここに住むムスリムの人々は、恐怖を作り出す緊急令など必要ないと感じている」。 

今週、タイ政府幹部は、身元不明の者による仕業である武装蜂起を鎮圧するために1年前に緊急法令が発布されたにもかかわらず、タイ南部における暴力行為は増加の一途をたどっていることを認めた。タイ政府は、暴力行為を引き起こしているとされるマレー系ムスリム集団の名前を定期的に公開している。 

『タイ・デイ』紙によれば、チドチャイ・バナサティディヤ副首相が、「状況は改善しておらず、これからも爆弾テロがあるだろう」と述べたとされる。「暴力をエスカレートさせる要因はたくさんあり、諜報活動の強化を考えている」。 

この紛争による死者数は、こうした暗い見通しを裏書きしている。タイ政府が緊急事態命令を発した時点で、2004年1月にムスリム系住民の多い県で暴力のサイクルが発生して以来、すでに800名以上が殺害されていた。しかし、今年7月中旬までに死者数は少しずつ増え、1,300名を越している。 

さらに、6月中旬には爆弾テロがこれまでにはない規模で起こった。50発の小爆弾が政府施設と検問所近くで爆発した。この事件により、身元不詳の反乱勢力が自らの能力を大胆に見せつけたと考えられている。南部3県には、3万人の重武装兵に加え、1万人の警察官と約1,000人の心理戦エージェントが展開している。軍隊は、検問所を設け、装甲車で山がちの地域を巡回している。 

このやまない暴力は、1902年以降伏在してきた紛争の最新の局面である。この年、シャム(タイの当時の名前)が、かつてムスリムのパタニ王国の一部であった南部3県を併合したのである。2004年1月の紛争の爆発は1990年代の小康状態の後に起こった。タイ政府はこの時期、70年代以来同地域で活動していたマレー系ムスリムの分離主義的な反乱勢力を封じ込めることができていると考えていた。 

マレー系ムスリムの学者であるウォラウィット氏は言う。「今日の状況は緊急事態法が施行された1年前と変わらず悪い。軍は、自らの望むことは何でもできる。政府は緊急令が機能すると考えているのだ」。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 


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