【ニューヨークIDN=ソマール・ウィジャヤダサ】
ロナルド・トランプ大統領が1987年に米国がソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱(8月2日)したことで、軍拡競争は新たな局面に入った。
ウラジーミル・プーチン大統領は8月5日、米国がINF失効に伴って新たな中・短距離核ミサイルを開発した場合、ロシアも同様の対応を取らざるを得ない、と警告した。
プーチン大統領は、「もし米国がそのような核ミサイルを開発し製造を開始したという信頼できる情報を得た場合は、ロシアも同様のミサイルの全面的な開発に着手せざるを得ない。」と語った。
米国とソ連の間で締結された第一次戦略兵器削減条約(START I)やINFを含むいくつかの条約のお蔭で、両国の備蓄核弾頭数は1986年の70,300発から13,865発にまで削減された。しかし米ロ両国は依然として、世界を数度にわたって焼き尽くすに十分なだけの各々6,185発と6,500発の核弾頭を保有している。
国際社会は、米国が1945年8月6日と9日に広島と長崎に対して使用した原爆の非人道的な破壊力や、チェルノブイリや福島原発事故が引き起こした惨禍を認識している。
国連は1945年の創設以来、「戦争の惨害から将来の世代を救う」という崇高な目的を達成すべく、核兵器を廃絶するよう努めてきた。
そして2017年7月7日、国連はついに、「核兵器を禁止し完全廃棄に導く」核兵器禁止条約を採択した。
しかし、核兵器保有国で、国際の平和と安全保障の維持を託された国連安全保障理事会の常任理事国でもある米国、ロシア、英国、フランス、中国は、この気高い取り組を支持できなかった。
過去には米国の大統領を含む世界の多くの指導者が、核兵器の禁止を支持する発言をしてきた。例えば、ジョン・ケネディー大統領は、これらの核兵器は「我々人類が滅ぼされる前に廃絶しなけれえばなりません。」と語った。また、ロナルド・レーガン大統領は、「私達は、核兵器が地球上から駆逐される日を迎えるまで決して歩みを止めてはならない。」と述べている。
バラク・オバマ大統領は2009年のプラハ演説の中で、「核兵器のない世界に向けた具体的措置を取る」と誓った。しかし2009年にノーベル平和賞を受賞したのちは、今日トランプ政権が引き継いだ2つの新規爆弾製造工場と新型核弾頭並びに運搬方式を開発するために向こう30年に亘って1兆ドルの予算を承認した。
今日、偶発的に核戦争が勃発する脅威がこれまでになく高まっているにもかかわらず、このような米国の動きを受けて、ロシア、中国、その他の核保有国も核戦力の増強に傾いてる。
核兵器の使用がもたらす結末について、世界中が認識している中で、権力に飢えた戦争を誘発する(核兵器を保有する)国々は、核戦争が引き起こす結末がどのようなものになるか気が付かないふりをしているようだ。
もし世界の大半の人々が核兵器を嫌悪し廃絶を要求しているのならば、核保有国が国連の取り組みや人々の願いを完全に無視して、より高度な核兵器の開発に邁進するのはもってのほかである。
核保有国は、核戦力を増強すれば、戦争がもたらす死や破壊、難民問題、大量の移民の発生、貧困や飢餓といった多くの問題を解決できると考えているのだろうか。
不必要な軍事費支出
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、2018年版報告書の中で、世界の軍事費は1988年以来最も高い1.8兆ドルに達したと指摘し、「世界は完全武装しつつある」とコメントした。
2018年の米国の軍事費支出は6490億ドルにのぼり、この金額は2位以下の8カ国の軍事費合計にほぼ等しい。他の主な軍事費支出国は中国(2500億ドル)、サウジアラビア(676億ドル)、インド(665億ドル)、フランス(638億ドル)、ロシア(614億ドル)である。
エコノミスト誌は、軍事費が増大した背景には、トランプ政権が、より高級で高価な武器装備を必要とするロシア、中国を相手取った「大国間競争」に舵を切ったことが反映されている、と報じている。SIPRIは、米国とロシアが世界の武器売買の半数以上を占めており、2002年以来、武器売買業者のトップ100社が合計で5兆ドル相当の武器を売っていた。また、中国、フランス、ロシア、中国、米国が輸出している武器貿易の総量は武器貿易全体の70%を占めている。
第二次世界大戦中は欧州戦線で連合国最高司令官として従軍した経験を持つドワイト・アイゼンハワー大統領は、1953年4月16日に米国新聞編集者協会で行った演説の中で、「一丁の銃が作られる度に、一隻の軍艦が進水する度に、一発のロケット弾が発射される度に、結局は、飢えているのに食べる物がない人々、寒さに凍えているのに着る物がない人々からの窃盗が起きていることになります。」と指摘したうえで、「武装する世界は、単にカネを消費しているだけではなく、労働者の汗を浪費し、すべての科学者の知性を浪費し、子供達の希望を浪費しているのです。」「これは、いかなる真の意味においても、正しい生き方とは言えない。戦争の暗雲が立ち込める中、人類は鉄の十字架に磔になったも同然です。」と警告した。
軍事衝突と人的被害
1945年以来、世界では約250件の戦争が発生し5000万人を超える人が殺害されたほか、数千万人が家を追われ、無数の人々が傷つき近親者を失った。
2014年、デイビッド・スワンソン氏は、学術誌アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリック・ヘルスへの寄稿文の中で、「第二次世界大戦が終結して以来、世界の153箇所で248件の武力紛争が発生してきた。1945年から2001年の間に201の軍事作戦を海外で展開した。またその後もアフガニスタンやイラク等各地で軍事作戦を遂行してきた。
2016年だけでも、紛争で10万人が命を失った。経済損失は、推定14兆3000億ドル或いは世界経済の12.6%に相当する。
平和活動家のトム・マイヤー氏は、「米国の軍事介入は中東地域にとって災難以外の何ものでもありません。米軍はイラクを破壊し、リビアを不安定にし、エジプトの独裁者を育み、シリア内戦を加速させ、イエメンを破壊しました。また、バーレーンでは民主化運動の鎮圧を手助けしたのです。」と語った。
10年に亘ってイラクとアフガニスタンに死と破壊と殺戮をもたらし、数百万人の犠牲者が出たのち、オバマ及びトランプ大統領は、米国の納税者に対して中東の戦争に7兆ドル近いコストがかかったことを明らかにした。しかし中東に介入する大義名分であった平和や民主主義や自由はいったいどこにあるのだろうか。
このように巨額の費用が武器や軍事紛争に浪費される一方で、世界各地の学校や道路や橋といったインフラは、資本主義国においてでさえ、引き続き劣化が進んでいる。
人間を殺す武器にではなく人に投資せよ
国連によると、13億人以上の人々が極貧状態(絶対的貧困線=1.9ドル/日以下)に暮らし、20億人以上が清潔な水へのアクセスがなく、毎日22,000人の子供が貧困ゆえに命を落としている。そして資本主義国を含む世界各地で8億500万人が十分な食料を確保できないでいる。
国際連合教育科学文化機関(UNESCO)は、もし極貧下にある子供達に基礎的な読解力を身につけて学校を卒業されることができれば、1億7100万人を絶対的貧困線から引き上げることが可能であり、教育を普及させることができれば、世界の貧困を現在の半分にすることが可能と見積もっている。
世界銀行は、気候変動によりこの先10年間で1億人以上が貧困に追いやられると予測している。実際、旱魃、洪水、暴風雨等の極端な気象現象による被害に最も晒されているのが、既に貧困に喘ぐコミュニティーである。
国際社会は、武器や無益な戦争に浪費されている「数兆ドル」にのぼる膨大な資源を、人の生死を左右するもっと重要な問題(貧困層の救済、劣化している道路や橋の修繕、公共輸送システムの改善、医療の提供、崩壊しつつある学校の再建)に活用すべきではないだろうか。
トランプ大統領は言動を一致させるべき
今年4月、トランプ大統領は中国の劉鶴副首相との対談の中で、「ばかげた」軍事支出と武器製造を削減すべく、中国とロシアとの間に新たな軍備管理に関する協定を結ぶことに関心を示した。
トランプ大統領は、「ご存知のように中国は、米国やロシアと同様、軍事費に多額の予算をつぎ込んでいます。私が思うに、これら3カ国は、互いに協力してこうした軍事支出を止め、長期的な平和に資するより生産的な分野に予算を費やすことができるのではないか。私は、3か国が協力してこうした武器を作らない方が、お互いにずっと良いことだと思うのだが。」と語った。
トランプ氏の提案は高尚な意見ではあるが、同氏の危険を孕んだ様々な動き(史上最大級の軍事予算増額、中距離・短距離核ミサイルを廃絶したINFからの離脱、イランの核開発計画を押し戻し凍結したイラン核合意からの離脱、イラン・キューバ・ベネズエラに対する苛烈な経済制裁、イエメンに対して壊滅的かつ非人道的な戦争を遂行してるサウジアラビアに対する武器販売、数カ国を対象にした貿易・関税戦争等)をみれば、こうした提案と実態の乖離は明らかだろう。
国連総会が採択した核兵器禁止条約に参加すべき
核戦争が、事故や、誤算、或いは不安定な指導者による意図的な動機で引き起こされる前に、ノーベル平和賞の授賞を熱望しているとされるトランプ大統領が、全ての核兵器を廃絶すべく核兵器禁止条約を支持するよう世界の指導者をまとめることを、切望している。
恐らくそうした方が、北朝鮮の非核化やイランその他の「ならず者」国家が核爆弾を取得するのを防ぐ努力より、早期にしかも容易に目的を達成できるだろう。(原文へ) |スペイン語|
※著者のソマール・ウィジャヤダサは国際弁護士。国連総会に対するユネスコ代表(1985~95)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)代表(1995~2000)を務める。
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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