ニュースイラン核合意をめぐる神話

イラン核合意をめぐる神話

【国連IPS=タリフ・ディーン】

イランとの核合意をめぐる最大の誤解は、それが米国との二国間協定であるというものだ。

しかしそれは事実ではない。

この合意には、国連安全保障理事会の五大国、すなわち、米国、英国、フランス、中国、ロシアに加えて、ドイツ(P5+1)が関わっている。

しかし、それでもなお、右派・保守派の米議員らは、国連による対イラン制裁の段階的解除という内容を含んだ国際的合意に細かい検討を加え、その意義をなきものにしようとしている。

五大国が拒否権を持った国連安保理は来週会合を開いて決議を採択し、今回の合意を承認する見通しだ。

しかし、親イスラエル派と米議会の一部は協定を遅延させることを望み、米国が国連よりも政治的にリードすべきだと主張している。

米国務次官(政治問題)で対イラン協議に加わったウェンディ・シャーマン氏は、今週初めの記者会見でこう述べた。「ええ、国連安保理決議の構成のあり方ですけれども、米議会による検討に付するために60日から90日の暫定期間を取ることになると思います。」「『P5+1(国連安保理五大国+ドイツ)』のすべての国が、これは国連のプロセスの産物だからということで国連の承認を得ようとしたら、少し困難な事態になるでしょう。つまりそうなった場合、我が国は、『世界の皆さんには申し訳ないのですが、米議会の審議をお待ちください』としか言えないからです。」

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

アクロニム研究所の所長でプリンストン大学の「核分裂性物質に関する国際パネル」のメンバーでもあるレベッカ・ジョンソン博士は、IPSの取材に対して、「イラン核合意の真価はその結果の中で問われるでしょう。」と語った。

さらにジョンソン博士は、「私はこれまで、米国やイランの科学者、外交官、それに人権擁護活動家とも話をしてきました。まだ超えるべきハードルがあることについて、楽観視しているものは誰もいません。しかし、この合意が前向きな一歩であり、これまでの停滞と敵対よりは遥かにましなものであることは間違いありません。」と付け加えた。

「しかし、核拡散の防止と人権の擁護はそこに留まらないことは理解しておかねばなりません。私たちは、イランが、『核兵器の禁止と廃絶に向けた法的欠落を埋める』ことを訴え、オーストリア政府によって今年始められた『人道の誓約』に署名した112の核拡散防止条約(NPT)加盟国のひとつであることを歓迎しています。」

またジョンソン氏は、「もし将来的にさらなる核の拡散と核の脅威を避けようとするならば、核兵器禁止に向けた多国間交渉と、中東からすべての核兵器と大量破壊兵器(WMD)をなくすための努力を続けられねばなりません。」と語った。

Hillel Schenker
Hillel Schenker

パレスチナ・イスラエル・ジャーナル』の共同編集人であるヒレル・シェンカー氏は、イスラエルからの強い反発について、「ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、大国(=P5+1)とイランとの間の今回の合意は「世界の終わり」だと捉えているようです。」と語った。

イスラエルと米国両方の政界に影響力を持つ右派でラスベガスのカジノ経営者シェルドン・アデルソン氏から資金援助を受けているヘブライ語日刊フリーペーパー『イスラエル・ハヨム』は、イランとの合意に関して「永遠に不名誉な合意」との見出しを付けた。

他方で、イスラエル野党の指導者らは、ネタニヤフ首相がイスラエルの米オバマ大統領及び米国政府との関係を悪化させたとして、今回の合意は「悪いもの」だと主張している。

「私たちが現在目にしているものは、ネタニヤフ首相の恐怖の政策の失敗であり、オバマ大統領の希望の政策の成功です。」とシェンカー氏は語った。

シェンカー氏はまた、「ネタニヤフ氏は、父である故ベンゾン・ネタニヤフ教授が支配的な存在であった家庭に育ちました。ネタニヤフ教授は、スペインの異端審問を研究する中で、自分達、ユダヤ人、イスラエルが何をしようとも、世界全体は常に自分たちの敵であり、自分達は所詮同胞を頼みにするしかない、との結論に至った人物です。」と語った。

このアプローチは近代シオニズムの創始者たちが採ったアプローチとは正反対のものである。近代シオニズムの創始者らは、世界の大国と連携することの重要性を理解していた。

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

物理学者で、プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン公共国際問題学部「核未来研究所&科学・安全保障プログラム」の講師でもあるM・V・ラマナ博士氏は、IPSの取材に対して「イランとの対立は根拠をほとんど公開することなく煽られ、どんな主張でも言いたい放題の状態になっていました。」と語った。

ラマナ博士はまた、「この合意がそうしたイラン・バッシングを終わらせることを願っています。ともかく、この合意は正しい方向への重要な第一歩だと考えています。そして次のステップは、中東地域のすべての国家、とりわけイスラエルが、イランと同じような核に対する制限を受け入れることです。」と付け加えた。

「今こそ、国際社会がイスラエルに関心を向け、核戦力と、核兵器を製造可能にする核施設の廃棄をイスラエルに要求すべき時です。」とラマラ博士は言う。博士は『約束された力:インドの核エネルギーを検証する』の著者であり、『原子科学者紀要』の科学・安全保障理事、「核分裂性物質に関する国際パネル」のメンバーでもある。

ジョンソン博士は、「交渉事には、パンを焼くのに似て、科学とともに手練が必要-つまり、タイミングと適切な材料を使うことが大事です。粘り強い外交によって適切な時期にこの協議がまとめられることになりましたが、米国、イスラエル、イラン、アラブ諸国、欧州各国、そしてその他の国々が、前に進む意志を持たねばなりません。そうでなければ決して成功しないでしょう。」と語った。

「この合意によってイランが核兵器を取得できるようになるだろうとか、米議会がこの合意を拒否すれば、さらなる交渉によって(米国にとって)より良い成果が挙げられるなどと主張している米国やイスラエルの政治家・評論家には気をつけねばなりません。」とジョンソン博士は警告した。

「この核不拡散というプディングをより高熱のオーブンに戻してしまえば、すべてが焼け焦げてしまうでしょう。」

そうした誤った主張は、イラン国内の少数の強硬派(マームード・アフマディネジャド前大統領に近い残党勢力)を利するだけだという。彼らは、合意が壊れれば利益を得ることになるだろう。

「こうした評論家らが、合意に対する自分たちの批判を本気で信じているほどナイーブだとは思えません。自らの政治的理由であれ経済的理由であれ、時代遅れの対立構造にしがみつき、イランを悪者にして孤立させ続けることに既得権を持っているから、イランに対する冷遇を止めたくないのです。」

「ジョンソン博士はまた、制裁は強制の手段としては鈍く、通常は、女性や子どもなど最も脆弱な立場にある人びとを最も傷つけ、人権や民主主義を抑圧したい権威主義的な集団のいいように使われるだけです。」と語った。

「この建設的な核合意を失敗させることに米・イラン双方の強硬派が成功すれば、悲劇的な『失われた機会』となるだろう。」

シェンカー氏は、「ネタニヤフ首相の政治的キャリア全体が、恐怖を煽り、その危機と対決するための『強い指導者』の必要性を基盤としています。」と語った。

最近の選挙でもこのことが典型的に表れた。選挙戦終盤になって、「(イスラエル在住の)アラブ人が、左翼の準備したバスに乗って大挙して投票に向かうことになる」などと言いだしたのだ。

しかし、これまで3回の任期の間、恐怖の究極の源泉はイランの核兵器の脅威であった。これは、ネタニヤフ首相が2年前に国連総会で行った演説、昨年米議会で行った演説に明快に表れている。

7月17日付『マアリブ・デイリー』紙の見出しは、イスラエル軍や治安部門の指導者らの多くがイランに対する軍事作戦には反対しているにも関わらず、「(イランとの核)合意後、イスラエル国民の47%がイランに対する軍事作戦を支持」というものであった。

この調査結果は、ネタニヤフ首相とその一派、そして主流メディアの評論家らが生み出した恐怖の産物である。「しかし、それに替わる落ちついた声も聞かれるようになっています。」とシェンカー氏は語った。

たとえ米議会内の共和党勢力の助けを借りて(イランとの核合意を妨害するような)決議を出しても米大統領による拒否権発動を阻止できないことが明らかになっているにもかかわらず、ネタニヤフ首相はどうして引き続き国際社会全体を敵に回すようなことをできると考えているか、イスラエル観測筋の多くが不思議に思っている。

こうした専門家筋のネタニヤフ首相に対する困惑は、ビル・クリントン元大統領がかつて1996年に同首相との初会談後に語ったコメントによく表れている。「彼はいったい自分を何者だと考えているのか? ここで絶大な力を誇っているのはいったい誰だ?」(原文へ

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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