【国連IPS=ジョージ・ガオ】
残留放射線が地元住民に及ぼす影響について不正確な見解を示したとして、国連が医療関係者や市民社会からの批判にさらされている。
科学者や医者らが先週、国連のトップ級と面会し、日本およびウクライナにおける放射線の影響について議論した。国連は、国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)など複数の機関を、この問題に対処する機関として指定している。
UNSCEARは5月、2011年の福島第一原発事故後の放射線被ばくによる「健康上のリスクはただちにはなく」、長期的な健康上のリスクは「ありそうにない」との見解を発表した。
この報告を受けて、批判的な見解を持つオーストラリアの医師ヘレン・カルディコット氏は「愚かなことだと思う」と述べた。
「実際に健康上の影響は出ており、多くの人々が、鼻血、髪の毛が抜ける、吐き気、下痢などの急性放射線障害にかかっています。」とカルディコット氏はIPSの取材に対して語った。
UNSCEARの報告書は2月のWHO報告に続くもので、こちらの方も、長期的な調査が必要だとしつつも、福島第一原発事故後の健康上のリスクは低く、がん罹患率も通常通りであろうと予測している。WHOはその代わりに、結果として人々に与えられた心理上の被害を問題視している。
医学的に見れば不正確であるにも関わらずUNSCEARやWHOがなぜそのような見解を示したのかという点についてカルディコット氏は、原子力推進機関であるIAEAに原子力事故の調査を行う権限を与えた1959年のWHO・IAEA協定の存在を指摘した。
2011年に『ガーディアン』紙のジョージ・モンビオット氏と論争したカルディコット氏は、「WHOはIAEAの侍女のような存在にすぎない」と語った。モンビオット氏は、原発は火力発電に現実的に代替しうるものだと主張していた。
カルディコット氏は、WHO・IAEA協定について「これは一般の書物でも言及されず、人びとにもあまり知らされていないスキャンダルだ」と指摘した。
国連総会が2006~16年を「被害地域の回復・持続可能な開発の10年」と定めた際、1986年のチェルノブイリ原発事故によって影響を受けた地域を原状復帰するために「開発アプローチ」が必要だとしていた。
国連の行動計画は2005年の「チェルノブイリ・フォーラム」における科学的研究を基礎にしていた。同フォーラムは、国連加盟国のベラルーシ、ロシア、ウクライナに、IAEAの専門家、世界銀行グループやWHO、UNSCEARなど世界でもっとも影響力をもつ開発関連7機関からの専門家を交えて開催したものであった。
「チェルノブイリ・フォーラム」は、チェルノブイリ原発事故は「低線量被ばくの事件」だと指摘し、「汚染地域に住む圧倒的多数の人々は放射線被ばくによる負の健康上の影響を受けるとはほとんど考えられず、現在の居住地において安全に子育てができる。」としている。
カルディコット氏はWHOについて、「彼らはチェルノブイリ原発事故について何らの調査も行わず、単に推定を行っただけです。」と指摘したうえで、別の見方を示したニューヨーク科学アカデミーによる2009年の報告に言及した。
ウラン採掘による被ばく
IAEAは、原子炉の燃料となり核爆弾の製造に使われる天然資源である「ウラン資源の安全で責任を持った開発」を推進している。
インド東部ジャドゥゴダ(ジャールカンド州)のホー族住民、アシシュ・ビルリーさんにとっては、彼の居住地における安全なウラン採掘など、あまりにも実態からかけ離れた夢物語である。彼が状況を記録するために撮ってきた写真からもわかるように、放射線被ばくが、地域住民の健康に悪影響を及ぼしているのは明らかである。
学生で報道写真家でもあるビルリーさんは、鉱滓池の近くに住んでいる。ここは、「インド国営ウラン公社」が操業するウラン精製工場からの放射性廃棄物で満たされている。
「肺がん、皮膚がん、腫瘍、先天的奇形、ダウン症、精神遅滞、巨頭症、婚姻したカップル間の不妊、サラセミア(貧血)、胃壁破裂などの珍しい先天的欠損症などは、この地域ではよく見られる病気です。」とビルリーさんはIPSの取材に対して語った。
政府がこの問題を無視しているというビルリーさんは、「我々はまるでモルモットのようです。」「私は毎日のように、放射性被ばくを経験しているし、人々がどのように苦しんでいるのかを目の当たりにしているのです。」と語った。
核実験による被ばく
冷戦期のソ連は、現在のカザフスタンにあるセミパラチンスク実験場で456回にわたって核実験を行った。
IAEAは、「調査団とその後の研究によって集められた情報から判断すると、カザフスタンにおける核実験を直接の原因とする残留放射能はほぼ全ての地域においてほとんど、あるいは全く存在しないことを示す十分な証拠がある。」と主張している。
しかし、このIAEAの見解は、セミパラチンスク周辺に実際に住んでいる人々のそれとは異なるものである。包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)準備委員会によると、「ガンから性的不能、先天的欠損症、その他の奇形に至る、数多くの遺伝子障害や疾病は、核実験に起因するものと考えられる」という。
「かつての核実験場近くの最大の都市であるセメイにある地域医療研究所には、突然変異に関する博物館すらあるぐらいだ。」とCTBTOは指摘している。
核問題に43年間に亘って取り組んできたカルディコット氏は、「ガンマ線であれアルファ線であれベータ線であれ、放射線が行うことは、細胞を死滅させるか、DNA分子の生化学的組成を変えてしまうことです。」と指摘したうえで、「ある日、細胞が不規則な形で分裂し始め、文字どおり、数兆個もの(突然変異した)細胞を生み出す。それがガンなのです。」と語った。
「放射線に被ばくしたとは自分では気づかないものです。また、食事の中に放射能があるとは味や見た目ではわかりません。そして仮にガンが発達したとしても、もちろんその由来についてはわからないのです。」とカルディコット氏は付け加えた。
ハドソン川のフクシマ
他方、ニューヨーク国連本部から川上50キロのところにあるインディアンポイント原子力発電所にある2基の原子炉について、新規の免許取得が目指されている。このことは、この地域に居住し働いている国連の193の加盟国の外交官にとっては、健康や放射能の問題がより身に迫ったものとなるだろう。
2本の断層の上に乗っているインディアンポイント原発は、地震と津波によって引き起こされた日本の福島第一原発事故を引き合いに、「ハドソン川のフクシマ」と呼ばれている。
しかし、福島第一原発とインディアンポイント原発にはいくつかの違いがある。「ハドソン川スループ・クリアウォーター」の環境問題ディレクターであるマンナ・ジョー・グリーン氏は、「福島第一原発は海岸沿いに建設されており、(事故発生時の)風の状態がよかった。もちろん、残留放射能は依然として大きな被害を引き起こしているが、(事故発生時)放射能の大半は海の方向に流されたのです。」と語った。
しかし、ニューヨークの風は、放射能を含んだ雲を北から南へ、東から西へと流す。「(100キロ)以内に2000万人が住んでおり、インディアンポイント原発と、最も近い海との間には900万人がいるのです。」とグリーン氏はIPSに取材に対して語った。
「もしインディアンポイント原発に問題が起これば、放射能は南東方向に向かって流れ、大西洋に到達する前に何百万人に影響を及ぼす可能性が非常に高い。」とグリーン氏は付け加えた。(原文へ)
翻訳=IPS Japan