【国連IPS=タリフ・ディーン】
3年の任期を経てまもなく職を離れるアンゲラ・ケイン国連軍縮問題担当上級代表が、「(この3年間は)軍縮にとって最良の時期とはいえませんでした。」と述べ、紛争に満ちた近年の世界情勢について暗い見方を示した。
こうした警告の背景には、核紛争のリスクを伴う新たな冷戦状況の登場や、シリアやイラク、リビア、イエメンなど、政治的に不安定な中東地域で軍事紛争が拡大している現状がある。
「さらなる核兵器削減が実現する見通しは暗く、この25年でようやく勝ち取った軍縮の成果さえ後退局面にあるのかもしれません。」とケイン上級代表は今月6日に開催した国連軍縮委員会において語った。
まもなく国連事務次長の職を辞すケイン上級代表は、国連における最後の演説の一つのなかで、「核軍縮の規模とペースに関して、核を『持つ者』と『持たざる者』の間でこれほどの分断がある状況を私は見たことがありません。」と語った。
ケイン上級代表の警告は、核軍縮を巡る現状の行き詰まりを現実的に評価したものである。反核活動家らによれば、米ロ二国間の核兵器削減も事実上停滞状態にあるという。
たとえば、長い歴史のある米ロ間の中距離核戦力全廃条約のような、すでに得られている成果についてすら、反転の兆しがある。
一方で核戦力の削減・廃棄に関する多国間交渉の見通しはたっておらず、今後数十年にわたり、すべての核保有国が核戦力の近代化計画を推し進めている。
また、2010年の核不拡散条約(NPT)運用検討会議での約束に違反して、中東非大量破壊兵器(WMD)地帯に関する国際会議は、依然として開催されていない。
「核政策法律家委員会」(LNCP)のジョン・バローズ事務局長はIPSの取材に対して、「国際社会は(まもなく5年ぶりに)NPT運用検討会議(4月27日~5月22日)に臨みますが、核軍縮は失敗する運命にある、あるいは少なくとも無期限に一時停止することになるでしょうか?」と問いかけたうえで、「私は必ずしもそうなるとは思っていません。」と語った。
国際反核法律家協会(IALANA)国連事務所の所長でもあるバローズ氏は、「ウクライナ危機から起こった核紛争の可能性も孕んだ緊張は、現在の傾向を冷静に見直してみるきっかけを与えるものになるかもしれません。」としたうえで、「(過去においても核戦争寸前まで達した)1962年のキューバミサイル危機が、その後の様々な軍縮合意、つまり、1963年の部分的核実験禁止条約、1967年の宇宙条約、1967年のラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)、1968年の核不拡散条約、1972年の米ロ間の戦略兵器削減合意と弾道弾迎撃ミサイル制限条約等につながりました。」と指摘した。
ジャヤンタ・ダナパラ元国連事務次長(軍縮問題担当)は、「2000年NPT運用検討会議で合意された「(NPT第6条「核軍縮義務」履行のための)13の実効的措置」や、2010年NPT運用検討会議で合意された64項目の行動計画と中東非WMD地帯化提案に関する合意、さらには、核兵器問題を人道的な影響の側面から捉えるという発想の転換が幅広く支持されるようになったことは、NPTの再検討プロセスを強化する良い兆候となりました。」と語った。
「しかしながら、実際の成果について市民社会が詳細に行っている評価によれば、米ロ間において冷戦思考が復活し、全ての核保有国が軍縮への取り組みを停滞させるなか、核兵器なき世界という目標が幻影と化しつつあります。」
「来たるNPT運用検討会議において、国際社会がこうした不吉な傾向を断ち切ることができなければ、2015年NPT運用検討会議は失敗に終わるでしょう。そうなればNPTの将来が危機に晒されることとなります。」とダナパラ氏は警告した。
「私たちに必要なのは、状況(核軍縮の推移)を冷静に把握することです。」とダナパラ氏は語った。
「1995年当時、(NPTによって核保有が認められていた)公式核保有国が5ヵ国、NPT未加盟の核保有国が1カ国(=イスラエル)でした。ところが今日では、核保有国は9か国となり、その内の4か国(=インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル)はNPTに加盟していません。」
「NPTが発効した1970年当時、世界における核弾頭の数は合計で3万8153発でした。それから40年以上経過した今日、核弾頭の総数は当時よりも2万1853発少ない1万6300発に減り、その内4000発以上が配備されています。そして世界の(核弾頭の9割以上を保有する)米国とロシアは、第四次戦略兵器削減条約(新START)発効から7年以内に配備核を3割削減して各自1550発までとすることを約束しています。」
また、NPT上のもう一つの核保有国である英国は、潜水艦発射弾道ミサイル「トライデント」を更新しようとしています。」とダナパラ氏は指摘した。
ケイン上級代表は次に通常兵器の問題を取り上げて、「私たちの周りには、地球を苦しめる残虐で共倒れ的な地域紛争のイメージが日々溢れています。これらの紛争は、野放図で違法な武器の流れによって悪化しているのです。」と語った。
毎年武力紛争で、74万人を超える男や女や子どもが命を落としていると推定されている。
「しかし、このような厚い暗雲の中にあっても、私はこの(国連軍縮担当)上級代表としての任期の間に、真の光明も見てきました。」とケイン上級代表は語った。
「シリアの悲惨な内戦は、潘基文国連事務総長の言葉を借りれば、包括的でシリア人主導の政治プロセスなしに終わらせることはできないでしょう。しかし、ロシアと米国が「シリア化学兵器廃棄に向けた枠組み」に合意し、シリア政府を説得して化学兵器禁止条約に加盟させたことは、この血塗られた内戦にあって、一つの素晴らしい成果でした。」とケイン上級代表は付け加えた。
「シリアの加盟により、同国内の全ての申告された化学兵器は完全に除去され、さらに化学兵器生産施設の破壊プロセスが始まっています。」
「いわゆる『軍縮の停滞』から生まれ出てきた、人道主義を基盤とした核軍縮へのアプローチは、ニュージーランドが昨年国連第一委員会で発表した声明に155か国が賛同したことにも表れているように、圧倒的多数の国家によって支持されており、勢いを増しています。」とケイン上級代表は各国代表に語りかけた。
「このような人道的なアプローチは、核軍縮のいわゆる『現実主義的』な政治からの逸脱を意味するものではありません。むしろ、人道主義を基盤としたアプローチは、核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的影響を強調し、それを国際人道法の中に位置づけようとするものです。」
「この動きは約8割の国連加盟国によって支持されています。(核保有国も)この数を無視することはできないでしょう。」
さらにケイン上級代表は、「昨年軍縮に関して、国際社会で得られた主要な成果の一つは、武器貿易条約が交渉開始からわずか1年半で発効に至ったことでした。」と指摘したうえで、「この真に歴史的な条約は、武器貿易に関わるすべての主体に責任を持たせ、国際的に合意された基準の遵守を義務付けるという、極めて重要な役割を果たすことになります。」と語った。
「このことは、武器輸出が武器禁輸に違反したり紛争を悪化させたりすることがないよう徹底するとともに、無許可のユーザーへの武器の流出や再移転を予防するために、武器・弾薬の輸入に一層厳しい規制をかけることで、実現が可能です。」
「私の考えでは、これらの成果は、もっとも厳しい国際環境下においても、軍縮・不拡散分野で私たちは依然として大きな前進を得られる可能性があることを示しています。」とケイン上級代表は語った。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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