【ブリュッセルIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】
世界の圧倒的多数の人々にとって「世界市民」概念は依然として謎に包まれたままだが、次第に多くの市民社会組織や見識のある政府、そして国際連合が、この謎のベールを取り払うための取組みを協力して進めている。
28か国からなる欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会がブリュッセルで主催した「欧州開発デー」(EDD)の期間中、非政府組織のグループが「世界市民は世界を変えることができる」と訴えた。
「開発意識向上・教育フォーラム」が始め、EUが財政支援している欧州市民社会の統括組織「CONCORD」内のプロジェクトである「グローバル正義のための市民のエンパワーメント(DEEEP)」は、市民参加のための世界同盟(CIVICUS)、グローバル教育ネットワーク(GENE)、北南センター、欧州地域民主主義協会(ALDA)と協力して、6月4日に世界市民に関する討論会を開催した。
このイベントは、グローバル化しますます相互依存を深める今日の世界では個別的・集合的な行動が地球に影響を及ぼすということを市民が理解するためには、世界市民教育を推進していくことが肝要であり、市民に対して地元の地域と地球にとって好ましい行動をとるよう呼びかけることを目的としている。
世界市民は、市民社会組織や政府、地方自治体、国際機関などによって、教育や政策転換、キャンペーン、世界市民運動など多くの形で推進することができる。そして概念の中核をなすものは、正義、民主主義への参加、多様性、思いやりの心、地球規模の連帯といった普遍的価値である。
「『持続可能な開発目標(SDGs)』は、地球規模の開発課題や、平和的で公正、持続可能な世界を共に構築していく取組みの中心に世界市民を置く機会となるだろう。」と討論会の主催者はその趣旨を説明している。
SDGsは、今年期限を迎える「ミレニアム開発目標」(MDGs)の後継枠組みとして、9月にニューヨークで開催予定の国連総会において合意される見通しだ。
DEEEPは、2014年以来、世界市民教育がSDGsの教育関連目標の中心に置かれるべきだと訴えてきた。現在協議されているSDGsの提案は、「目標4.7」の中で世界市民教育に言及している。
世界市民教育を理解し実行することは、「欧州開発の年」の目玉企画である「欧州開発デー」の期間中に開催された別の討論会のテーマでもあった。この会合は、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)と協力して開催したものだ。
世界的な専門知識と経験をもつこれらの国連機関は、世界市民の中核を成す、平和で寛容で、包摂的で、安全で持続可能な社会を確立するために必要な知識やスキル、価値観、態度を育成するためのカリキュラムや指導実践の推進に取り組んできた。
70年にわたって、全ての市民に良質な教育を提供できるよう各国を支援してきた経験をもつユネスコは、世界市民の育成を教育の目的の一つに掲げた、国連事務総長による「グローバル・エデュケーション・ファースト・イニシアチブ(GEFI)」の立ち上げ(2012年9月)以来、世界市民教育(GCED)に関する取り組みを先導してきた。
ユネスコはまた、国家レベルの公式・非公式双方の教育システムにおいて世界市民教育をいかにして統合するかについて、教育学的指針を策定してきた。
国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)
UNRWAは、EUの支援を受けて65年にわたってパレスチナ難民に基本的な初等教育を提供し続けており、教室に焦点を当てたツールを使って、非暴力、健全なコミュニケーションスキル、平和的紛争解決、人権、寛容、善き市民の推進を目的とした「人権教育プログラム」を約15年間にわたって実施している。
上記の討論会では、世界市民教育の定義だけではなく、その実施に伴う主な困難や機会についても話し合われた。
UNRWA人権教育プログラムのコーディネーター、キャロライン・ポンターフラクト氏は、ユネスコのクリス・キャッスル氏、オズレム・エスキオカク氏と協力して、ユネスコが最近発表した世界市民教育に関する報告書『世界市民教育:学習者を21世紀の難問に備えさせる』と、中東に人権概念を広めるUNRWAの経験を基礎にして、議論の枠組みを作った。
6月5日、UNRWAのピエール・クレヘンビュール事務局長は、UNRWA創設65周年のハイレベル会議における声明の中で、「今日、当該地域には500万人のパレスチナ人登録難民がいます。これは、ノルウェーやシンガポールの全人口に相当します。」と語り、パレスチナ人が今日置かれている状況を強調した。
クレヘンビュール事務局長は、世界市民教育について説明する中で、「今日パレスチナ難民は多くの局面において生存上の危機に直面しています。」と指摘したうえで、「パレスチナ占領は50年にも及ぼうとしています。ガザ地区でパレスチナ難民になるということは、生活のあらゆる側面に影響を及ぼす(イスラエル軍による)封鎖の犠牲者になるということであり、教育を受け自立したいと願う一方で食料援助に依存しなくてはならないことを意味します。」と語った。
「UNRWAは、時折、(パレスチナ人を)難民という立場に永続化させる手助けをしているという批判を受けることがあります。現実には、パキスタンのペシャワール難民キャンプに収容されているアフガニスタン人難民の子どもは、これから35年経っても、おそらく難民のままでしょう。しかし、パレスチナ人とアフガニスタン人では、置かれている境遇について一つの大きな違いがあります。アフガニスタン人の家族が故郷に帰ろうとすれば、そこにはアフガニスタンという独立国があるが、パレスチナ難民の場合は、帰るべき独立した祖国がないのです。」
「彼らが孤立し、排除され、追い立てられている状況は、中東地域にとって時限爆弾であり、(国際社会は)パレスチナ人の尊厳と権利が剥奪されている問題に取り組んでいかなければなりません。」とクレヘンビュール事務局長は付け加えた。
クレヘンビュール事務局長が指摘するように、創立65周年を迎えるUNRWAの歩みを振り返ることは、ホストやドナーの支援を得ながら、そして難民たち自身によって数十年の間に勝ち取られてきた成果を見直すことを意味する。
クレヘンビュール事務局長は、UNRWAの最も緊密なパートナーですら、その支援によってUNRWAが中東における人間開発の最も顕著なダイナミズムの一つに貢献してきたという事実を過小評価していると述べ、複雑な状況を理解させ世界市民性を喚起することに貢献した。
「私たちが提供している保健や教育の水準は中東で最高レベルのものです。UNRWAによって50万人の児童を対象に700の学校が運営されており、2万2000人のスタッフが従事しています…。これはサンフランシスコ市で提供されている教育規模に等しいものですが、戦争や占領、封鎖を経験している場所で行われていることなのです。また、UNRWAによって4000人のスタッフが勤務する131の診療所が運営されており、年間300万人の患者を診ています。」と、クレヘンビュール事務局長は語った。
「UNRWAは、あらゆる困難をものともせず、パレスチナ難民の能力と機会の開発に投資してきました。つまり世界の多くの国がパレスチナ人を羨むほどの人的資源を育んでいるのです。もっともパレスチナ人は、自分たちの独立国をもっているということで、他国の人びとを羨んでいるかもしれませんが。」
「欧州開発デー」開催中に具体的に世界市民をテーマとした討論会は2つだけだったが、6月4日と5日の2日間に亘って開催された様々なイベントにおいても、世界市民の精神を促進しようとする内容のものが多くみられた。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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