【国連INPS Japan/IDN=タリフ・ディーン】
世界の核保有国のうちの2つ、ロシアとイスラエルが2つの壊滅的な紛争に巻き込まれている今、両国を覆う軍事的緊張が、意図的あるいは偶然的に核攻撃を引き起こすのではないかという懸念が残る。
「それこそ、あってはならないシナリオです。」と警告するのは、創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長だ。SGIは、平和・文化・教育を促進する1200万人の仏教徒の多様なコミュニティーであり、国際連合の諮問資格を有するNGOである。
IDNとのインタビューの中で、寺崎総局長は、国連、国際機関、市民社会といったすべての関係者が、このようなことが決して現実にならないよう、多くの努力を払ってきたし、これからもそうしていかなければならない、と語った。
「いうまでもなく、それぞれの危機の背景や状況は異なり、一概に論ずることはできませんし、核兵器をめぐる言説は慎重かつ自制的であるべきでしょう。」と指摘した。
インタビューの全文は以下のとおり。
IDN:世界の核保有国の2つ、ロシアとイスラエルが、ウクライナとハマスという隣国と戦争状態にある。両国を覆う軍事的緊張が、ある段階で核攻撃を引き起こす可能性はあるのだろうか?
寺崎:それこそ、あってはならないシナリオです。絶対にそうならないために、関係者も、国連も、諸々の国際機関も、市民社会も、多くの努力を尽くしてきたし、今後もそれを続けなければなりません。
いうまでもなく、それぞれの危機の背景や状況は異なり、一概に論ずることはできませんし、核兵器をめぐる言説は慎重かつ自制的であるべきでしょう。
イスラエルは事実上の核兵器保有国といわれますが、その保有を宣言してはいません。先日も、同国の閣僚が核兵器について発言し、それに対してネタニヤフ首相が、現実からかけ離れていると述べ、その閣僚を当面、閣議に出席させないこととしたと報じられています。
ガザ地区をめぐる軍事衝突においては、すでにあまりにも多くの一般市民の命が犠牲になり、街は破壊され、日常生活は蹂躙されてしまいました。憎悪が憎悪を呼び、分断が深まっており、日々、深く憂慮しています。これ以上の悲劇を生まないよう、まず戦闘の人道的一時停止、人道・救命支援を強く求めます。
また、ウクライナ危機においては度重なる核兵器使用の威嚇がなされ、今年のG7広島サミットに先立ち池田大作SGI会長は、リスク低減のために、核兵器国が核兵器の先制不使用を誓約することで、各国が安全保障を巡る“厳しい現実”から同時に脱するための土台にすることができると訴えました。SGIは、これをテーマにしたサイドイベントを、NPT再検討会議第1回準備委員会においても他団体と共同で行いました。しかし、残念なことに、その後も、核軍縮のための国際規範がさらに崩される事態に直面しています。
人類は、破滅に向かう深淵を、まざまざと見ている。だからこそ、選択すべき未来へ、正しい一歩を踏み出し、持続可能な世界を築いていかねばなりません。
私たちは常に被爆の実相を想起し、グローバル・ヒバクシャの声を心に留め、核兵器がいかに非人道的で壊滅的な結末をもたらすかを直視しながら、危機に対処すべきでしょう。
私たちは、ラッセル・アインシュタイン宣言を今一度、心に刻みたい。「私たちは人類の一員として、同じ人類に対して訴えます。あなたが人間であること、それだけを心に留めて、他のことは忘れてください。それができれば、新たな楽園へと向かう道が開かれます。もしそれができなければ、あなたがたの前途にあるのは、全世界的な死の危険です」
国連は平和の担い手か?
IDN:ご存知のように、国連は主に、一方では中国とロシア、他方ではアメリカ、イギリス、フランスなどの西側諸国が新たな冷戦を繰り広げているため、この2つの紛争に決着をつけることに失敗している。その結果、国連も安全保障理事会も麻痺したままになっている。平和の担い手としての国連にまだ期待していますか?
寺崎:おっしゃる現状認識や懸念は、よくわかります。ただ私は、かつての東西冷戦のような二項対立というよりも、現在の世界は多極化しており、それぞれの国の思惑や立場が違うことも感じています。
2年前にグテーレス国連事務総長が発表した『私たちの共通の課題(Our Common Agenda)』においても、マルチラテラリズム(多国間主義)の再活性化が取り上げられ、グローバルな連帯の再構築、政府と市民社会の協働が強調されています。ことしの国連総会に際して事務総長は「深い分断は存在していますが、私たちは前進を遂げています」と語り、来年の未来サミットに向け取り組みを強化していくと述べました。
主要国間の対立は深刻ですが、グローバルサウスや新興国の存在感も重みを増す中、多国間の対話の回路を確保することが、いやまして求められます。一方で、先住民や脆弱な立場の人々、周縁化された人や難民・避難民にも、もっと光を当てなければなりません。
要するに、多国間の合意形成の場として、国連は、より強化され、より活性化されなければなりません。そのためには、女性や青年、また市民社会による意思決定の過程への関与を高め、市民社会の声が届く国連、市民社会が支える国連になっていくことが、変革への推進力になるのではないでしょうか。
もとより、国連には安全保障理事会の機能不全など積年の課題があり、不断の改革が必要であることは事実です。そのうえで、世界の各地でさまざまな脅威に苦しむ人々がいる限り、国連が掲げた”言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う”(国連憲章前文)との崇高な使命は変わらないでしょう。
193カ国が加盟する最も普遍的な機関である国連を除いて、国際協力の礎となり、その活動に正当性を与えられる存在を他に求めることは、事実上、困難ではないでしょうか。
冷戦の影響
IDN:新たな冷戦は、遅かれ早かれ、国連の主要な役割である長年の核軍縮運動にも悪影響を及ぼすのでしょうか?
寺崎:現在の世界における対立を、新冷戦という言葉で定義すべきか否かは別として、混迷の度を増すそうした対立が、国連が進めるべき核軍縮に大きな悪影響をもたらしていることは、明らかです。
昨年の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議では最終文書が採択できず、次の2026年の再検討会議に向けた、ことし7−8月の第1回準備委員会では、議長総括が公式記録として残らない異例の事態となりました。加えて、この11月頭にロシアが包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准撤回を決定したことは、まさに核軍縮に逆行するものです。それだけに、11月末から12月にかけて行われる核兵器禁止条約(TPNW)の第2回締約国会議は核軍縮への流れを強める、極めて重要な機会といえましょう。
逆説的にいえば、核兵器の威嚇と核使用の恐れが一向に消えることのない危機が、かつてないほど長期化しているからこそ、核軍拡の流れを核軍縮へともどし、核廃絶へ向かうための、歴史の転換点にしていかなければなりません。
核兵器禁止条約の前文には、「核兵器の使用の被害者(ヒバクシャ)及び核兵器の実験により影響を受ける者にもたらされる容認し難い苦しみと害に留意し」と明確に刻まれています。
私たちSGIは、ことし、G7広島サミットで首脳たちに直接、被爆の実相を語った小倉桂子さんの英語による被爆証言を収録・公開し、青年世代をはじめ世界に伝えました。
「原爆のキノコ雲の下では、誰一人、生き延びることはできない」(Under the mushroom cloud, nobody could live.)ーーとの実体験からの証言は非常に説得力のあるメッセージとなりました。
さらにカザフスタンの核実験被害者の証言映像「I want to live on」を、まもなく開催される核兵器禁止条約第2回締約国会議 のサイドイベントでローンチする予定です。(予告編のリンク)
「核兵器の壊滅的な結末は、十分に対応することができず、国境を越え、人類の生存、環境、社会経済開発、世界経済、食糧安全保障並びに現在及び将来の世代の健康に重大な影響を及ぼし、及び電離放射線の結果によるものを含め女子に対し均衡を失した影響を与えることを認識し」と核兵器禁止条約の前文にあるとおり、とくに将来の世代のためにも、核軍縮、核廃絶の運動を、今こそ強化したいと決意しています。
IDN: 1945年の広島と長崎への原爆投下は、世界のみならずアジアでも最悪の人的災害のひとつである。しかし今日、世界の核保有国9カ国のうち4カ国はアジアの国である–中国、インド、パキスタン、そして北朝鮮である。これは奇妙な偶然ではないだろうか。そして、インドとパキスタン、インドと中国の間の長年の領土問題や政治的紛争が、将来核戦争に発展する可能性はあるのだろうか?
寺崎:直近のデータでは、世界に約12500発あるとされる核弾頭のうち、約90%は米露が保有しています。その一方、推定によれば、過去10年で、中国は160発、インドは64発、パキスタンは60発、北朝鮮は少なくとも30発、核弾頭を増加させたと見られます(RECNA〈長崎大学核兵器廃絶研究センター〉調べ)。中国はNPTに加盟している核兵器国(NWS)ですが、インドとパキスタンはNPTに加盟しておらず、北朝鮮は一方的にNPTからの脱退を宣言しました。最近、北朝鮮は核兵器の先行使用も辞さない姿勢を示しており、国際社会は非難しています。
また、中国、インドは先制不使用の方針を示しており、これにパキスタンが加わり、その原則が確立されれば、南アジアの安定に寄与するとの研究もあります。
実際のところ、核戦争が起こる可能性は小さいと思われますが、偶発的な危機を避ける上でも、より戦略的安定性を築き、信頼醸成を推し進めていくことが重要です。その意味で、市民社会の多角的な交流や、意識啓発がその土台となると考えます。
戸田平和研究所が他の研究機関と共同発表した一連の政策提言の中で、中国・インド・パキスタンの核のトリレンマとリスク低減策の必要性を取り上げました。
信仰に基づく団体の役割
IDN:核軍縮を推進し、紛争地帯での核攻撃を防ぐために、SGIのような反核活動家や信仰に基づく団体は、現状においてどのような役割を果たすことができるのでしょうか?
寺崎:私は、この1年あまりの間に、カザフスタンでの世界伝統宗教指導者会議(2022年9月)、宗教者らが集うバーレーンでの対話フォーラム(2022年11月)に仏教者の一人として参加しました。地球的問題群をめぐり、率直に意見を交わし、知恵を分かち合う経験に、未来への希望の光を感じました。
そのいずれにも出席していたローマ教皇フランシスコ、イスラム教スンニ派の最高指導者であるアル=アズハルのグランド・イマーム、アフマド・アル・タイーブ両名の名で2019年に出された共同文書「世界平和と共生のための人類の兄弟愛」に、こうありました。
「宗教は戦争をあおることも、憎しみ、敵意、過激主義を募らせることも、暴力や流血を招くこともないと、断固として宣言します。こうした惨事を招いたのは、宗教の教えからの逸脱、宗教の政治利用であり、歴史の一時期に一部の宗教グループ──宗教的感情が人々の心に与える影響を悪用して、宗教の真実とは無関係な行いへと誘導し、世俗的で近視眼的な政治的・経済的目的をかなえるようにした者たち──による解釈の結果なのです」
今、人類が直面している危機は、一部の人だけで解決することはできません。核兵器をめぐる問題も、気候正義への取り組みも、境界を超え、違いを超えた、同じ人間としての協働が、事態打開の鍵になると私は深く確信しています。
一般市民の人命が奪われる事態に、一刻も早く終止符を打つための道を見出す。
人間性の名において、壊滅的な非人道的な結末を回避する。
そして、人と人を結び、理解し合い、苦しんでいる人に寄り添って、誰一人、置き去りにしない。そして、誰もが自分らしく輝いて、多様な生を享受できる世界をつくる――そのために、信仰を基盤とする団体は、国連をはじめ国際社会において、また、市民社会の草の根の意識啓発において、協働して、多くの役割を果たせるに違いありません。
11月15日に95歳で逝去した池田SGI会長が、最後に発した提言がG7広島サミットに寄せたものでした。その中で、次のように述べています。
――“闇が深ければ深いほど暁は近い”との言葉がありますが、冷戦の終結は、不屈の精神に立った人間の連帯がどれほどの力を生み出すかを示したものだったと言えましょう。
今再び、民衆の力で「歴史のコース」を変え、「核兵器のない世界」、そして「戦争のない世界」への道を切り開くことを、私は強く呼びかけたいのです――
この言葉を胸に、諦めない勇気を携えて、協働の道を進んでいきたいと思います。(原文へ)
INPS Japan
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