【IPSコラム=マニュエル・マノネレス】
コーヒー好き(Coffee aficionados)なら、世界でもっとも優れたカフェのひとつは、ローマの歴史地区にある「サンテウスタチオ(Sant’Eustachio)」だということだろう。1938年以来、多くのコーヒー愛好者、とりわけ熱心なエスプレッソ信者の大半にとって、この店は「外せない」聖地でありつづけている。客が店の外で長蛇の列を成していることも少なくない。
この店のバリスタが淹れるコーヒーの完璧な味と至妙な香りの秘密を巡っては、長年に亘って数々の伝説が語られてきた。一般に、ここのコーヒー豆は薪をくべた火でローストしているということはよく知られている。しかしこの特徴だけでは、味と香りの秘密解明を待ち望むファンの疑問に対する十分な回答とはいえない。中には、この店のエスプレッソのユニークな品質の秘密は、淹れる際に使用する極めて純粋な水にあり、しかもその水は依然として機能している古代の水路から汲んだものだと言う人々もいる。ローマの歴史地区にある多くの建物では未だに古代の水路から水を汲んでいる状況を考えれば、この説は十分可能な範疇に入るだろう。
一方、この味と香りの秘密は特殊なコーヒーの淹れ方にあるという説も根強い。この伝説は、この店に2台あるエスプレッソマシンが配置されている特殊な角度の関係で、有名なコーヒーがどのように作られているのか客からは見れないことが関係しているのだろう。
しかし、このコーヒー好きのメッカに訪れる客の誰もが気づいていないことは、この店で使われている全てのコーヒー豆が、「アルトロメルカート(Altromerucato)」というイタリアのフェアトレード組織から仕入れたものだという事実だ。まさにカフェ「サンテウスタチオ」には、このフェアトレード組織を通じて、ブラジル、エチオピア、グアテマラ、ドミニカ共和国、ガラパゴス諸島、セントヘレナから最高品質のコーヒーが送られてきているのである。
「フェアトレード」の意味とは、通常の市場価格よりも高い公正な価格で商品を仕入れること、生産者の地元の環境・社会を発展させるために、購入者と生産者が長期的な関係を取り結ぶ点にある。カフェ「サンテウスタチオ」が使用する全てのコーヒー豆は、このフェアトレードとオーガニック農法の基準に則って栽培されているのである。またこの場合、フェアトレード製品の買い付けを通じでコーヒーを焙煎する側と生産農家が直接に繋がり、ともに高品質のコーヒーを探求する関係へと発展していった。
この超有名カフェ(ここに通い詰める世界のセレブ顧客は数えきれないほど多い)の事例は、一般に抱かれている誤った認識を見事に覆すとともに、新たな事業のありかたを示している。ここでは、「市場」信奉者が考えているのとは反対に、商品の品質、商業的成功、社会的公正が見事に調和しており、しかも一体となって最高の結果を生み出しているのである。
私たちは、将来が見通せず不安に満ちた、経済・金融不安の時代を生きている。こうした中、私たちは、ともすれば無意識に或いは従来からの惰性から、そもそも今回の危機をもたらしたものと同じ手法を盲目的に使って物事に対処しようとする傾向がある。
ローマの歴史地区を通りぬけて、カフェ「サンテウスタチオ」(語源は古代ローマの聖人Eustace=安定・実り多いの意」を訪問すれば、そこには現在支配的な経済・企業家モデルとは異なる実行可能な選択肢、すなわち人間を重視しそのことに付加価値を認めるモデルもあるのだということを知ることができる。私たちは、手遅れになる前に自分の行動を変えることができる、そんな希望をこのカフェは与えてくれているのではないだろうか。
翻訳=INPS Japan
※マニュエル・マノネレスは、平和文化財団(バルセロナ)ディレクター。
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