【IPSコラム=レベッカ・ジョンソン】
25年前の12月8日、ミハイル・ゴルバチョフソ連共産党書記長(当時)とロナルド・レーガン米大統領(当時)は中距離核戦力(INF)全廃条約に署名した。この歴史的な合意によって、1980年代初頭に欧州に持ち込まれたSS-20、巡航ミサイル、パーシングといった、近代的な型の地上発射「戦域」ミサイルが削減された。
この画期的合意は、当時ほとんどの主流軍事アナリストや政治評論家から驚きをもって迎えられたが、1986年10月のレイキャビク・サミットの直前まで、専門家に嘲られながらもこうした成果をもたらさんと努力してきた欧州の平和活動家からは歓迎された。
しかし、ゴルバチョフ氏は、市民社会の役割に敬意を払っている。数年前、当時レーガン大統領を「信頼した」動機は何かと問われたゴルバチョフ氏は、レーガン大統領を信頼などはしていなかったと答えた。つまりゴルバチョフ氏が当時ソ連の指導者としてリスクを犯してでもレイキャビクに赴き核軍縮の提案を行ったのは、たとえ彼が第一歩を踏み出しても、米国にそれを不当に利用させない力が欧州の平和運動とグリーナムコモンの女性活動家たちにあると信頼していたからだった。
またゴルバチョフ氏は、地球上の生命が核戦争後の「核の冬」によっていかに消し去られてしまうかを示した米ロの科学者による研究を読んで、行動する気持ちになったとも語っている。
しかし、(当時ゴルバチョフ氏が示した)核兵器がもたらす人道的帰結に対する十分な理解は、それ以降の軍縮議論には欠落していると言わざるを得ない。政府高官、軍備管理関係者、基金運営者、安全保障専門家らの集団的な思考が、核軍縮は核兵器保有国のみが話を先に進められるきわめて高度な軍事技術的プロセスであるとの「リアル・ポリティーク(現実政治)」的な観念をはびこらせてきたのである。
こうした態度は、核兵器保有国にますます大きな権力を与えることとなり、非核兵器保有国は、現実のゲーム(核軍縮交渉)の傍観者として核軍縮を懇願するだけの立場に追いやられてしまった。
冷戦期の軍備管理における「最も輝かしい成果」とも言うべき核不拡散条約(NPT)は、長らく機能不全に陥っているが、NPT支持派は、NPT体制とその再検討プロセスを維持するための応急処置を施すことは依然として可能だと考えている。冷戦終結によって生み出された数々の機会を無駄にした「外交ジェスチャー」の政治は、現実世界における核の深刻な脅威に対処することにも失敗した。一方NPTは、本来の役割に反して、一部の国の安全保障政策における核兵器の主要な役割を強化してしまっている。
したがって、米国務省が11月23日に、長く待ち望まれていた中東の非大量破壊兵器(WMD)地帯化に関する会議について、「現在の中東情勢と、域内諸国が会議開催の受諾条件で一致をみていない現状に鑑み、招集できない」という声明を発したことには、何の驚きもない。
ようやく数週間前になって会議への参加を決めたイランは、予想通り、この優位な立場を利用して、2010年NPT運用検討会議で開催が義務づけられたこの会議を米国が「イスラエルの利益のために」人質に取っていると非難した。
アラブ連盟のナビール・エル=アラビー事務局長は、会議の招集に失敗すれば、「地域の安全保障体制及び核拡散を防止する国際体制に悪影響を及ぼすだろう。」と警告している。
イスラエルがガザ地区のパレスチナ人を爆撃する中、イスラエルの人びとは、報復のためにバスに向けて発射される(ハマスの)ミサイルに恐怖し、傷つけられている。核兵器は何の安全ももたらさないばかりか、中東や南アジア、北東アジア、また欧州といった対立の残る地域に核を配備すれば、真の安全保障上の必要から関心が逸らされ、平和に対してさらに大きな脅威となる。
核兵器保有国は、核を身に纏うことで他者が核を使う心配をしなくてもよくなるかのごとく振る舞う魔術的な核抑止の陰に隠れながら、核テロを防止する必要性を主張することで、状況をさらに悪化させている。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)や国際赤十字社、ますます多くの政府が最近、核兵器使用がもたらす人道的影響についての世界的な関心を喚起し始めている。
11月22日、ノルウェーのエスペン・バート・アイデ外相は、来年3月4~5日にオスロで開催予定の「核兵器の人道上の結果」に関する国際会議に、高官や専門家を派遣するよう、すべての国連加盟国に招請した。
この会議の目的は、「核兵器爆発に伴う人道的、開発的帰結に関する、事実をベースにした議論の場を提供すること」にあり、「関心を持つすべての国家、国連機関、市民社会の代表、その他の利害関係者が会議に招待される。」としている。
この会議は、数多くの人びとを焼き汚染する、爆発直後の爆風や閃光火傷、火災、放射能について討論するために、科学者や医師のみならず、難民や食料不足、数多くのホームレスや飢える人びとの医療ニーズに取り組む機関をも結集することを目的としている。今日の世界の核戦力の1%に満たないものが爆発しても、「核の冬」や世界的な飢餓が引き起こされることになるが、このような予想される長期的な影響によって、これらすべての問題がより複雑化することになるだろう。
世界の指導者らは、かつてゴルバチョフ氏がそうしたように、人道や環境の観点から物事を考えなくてはならない。
非核兵器保有国は、核を保有する隣国に拒否権を与え、従順な懇願者を装うような振る舞いをやめなければならない。従来の軍備管理とは異なり、人道主義的な軍縮アプローチは、全ての国に、核兵器の使用を防止するための措置を講じる権利と責任があることを認識している。
これを達成する最良の方法は、核兵器を禁止し廃絶することである。非核兵器保有国がひとたび自らの力と責任を認識したならば、核兵器禁止条約は、これまで考えていたよりもずっと早く簡単に実現できることに気付くだろう。法的文脈を変えることによって、こうした条約はゲーム・チェンジャーとなるだろう。そして、核兵器保有国から権力と地位を奪い、自らの安全保障上の利益に関する核兵器保有国の理解を促進し、永続的な核拡散よりも協調的な核軍縮こそが至上命題であることへの認識が高まるだろう。(原文へ)
※レベッカ・ジョンソンは、アクロニム研究所の所長・共同創立者。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の副議長。
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