ニュース視点・論点アラブの民主主義と西側社会(エミール・ナクレー:CIA政治的イスラム戦略分析プログラム元ディレクター)

アラブの民主主義と西側社会(エミール・ナクレー:CIA政治的イスラム戦略分析プログラム元ディレクター)

【ワシントンIPS=エミール・ナクレー】

米国で制作されたとされる反イスラム的な映像を非難する反欧米デモがアラブのイスラム世界を席巻しているが、これは、エジプト、チュニジア、リビア、イエメンなどの新しい民主政府にとって重大な試練となっている。

アラブの春を経て新しく誕生したこれらの民主主義国家は、西側諸国における個別の行動がいかに侮辱的であったとしても、西側社会全体、或いは各国政府の政策とは関係がないことを、明確に民衆に対して説明すべきである。

西側社会は多様かつ複雑である。イスラム社会と同じように、たとえ一つ一つの行為が宗教あるいは聖典に対して侮辱的なものであったとしても、西洋社会全体に一部の過激な人びとの行為の責任を負わせてはならない。

 アラブ民主主義の萌芽は、かつての独裁者たちが長年にわたってないがしろにしてきた新しい指導者、イデオロギー、権力の中心を生み出しつつある。もしアラブの民主主義が成功することを望むのであれば、憎悪と不寛容を教える狭量で排除的なサラフィ主義が蔓延る場所となってはならない。アラブの諸国家は、急進的なサラフィ主義の高揚を断固として抑えにかからねばならない。

少なくとも4つの要素が中東での大衆抗議の背景となっている。第一は、かつての独裁者たちが厳しく蓋をしていた民主主義とエンパワーメント(内発的な力の開花)を求める新たな感情が、民衆の間に芽生え、主張したいことがあればいつでも自由に街頭に繰り出せるようになった点である。集会の自由という考え方にひとたび慣れると、アラブの民衆は大義にかかわらず自らの職場を離れ街頭に押し寄せる傾向は少なくなるだろう。

第二に、ジョージ・W・ブッシュ政権からバラク・オバマ政権に到るまで、米国政府が反イスラム的な政策を採っているとみられているために反米主義が広がり、それが最近のデモの底流となっている。

第三に、人工的な民主主義と西洋との平和的関係を拒否する急進的なサラフィ主義が、抗議活動を利用して、エジプトやチュニジア、リビアで起こりつつある民主主義の実験を掘り崩し、アラブ諸国の「街頭」において反西洋感情を煽っている。サラフィのいわゆるジハーディストたちは、シリアの反アサド革命を乗っ取り、それを過激主義で塗り込めようとしている。

最後に、イエメン、北アフリカ、イラクなどのアルカイダやその関連集団が、街頭抗議を利用して、アラブの体制や、西洋の個人や西洋が中東で持っている権益に対するテロ攻撃を仕掛ける隠れ蓑に使っている。

アラブの民主主義が根付くにつれ、各国政府は、西洋民主主義の性格や、言論・表現・集会の自由といった民主社会の特徴について、自国の市民に教育しなければならない。

例えば、ユダヤ教徒やイスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒、シーク教徒に対する米国での反宗教的な攻撃やヘイトスピーチに対しては、通常ほとんどの宗教信徒が非難の声を上げる。しかしこれらは、米国内のイスラム教徒ですら、同国の文化的・政治的モザイクの一場面として、渋々容認されているのが現状である。

長年にわたって、私は同僚たちとともに、政策決定者に対して、イスラム教徒の世界は多様かつ複雑であり、過激主義者やテロリストであるのはほんの一部に過ぎないと説明してきた。私たちは、16億人のイスラム教徒の圧倒的多数は中庸であり、オサマ・ビン・ラディンやアルカイダがイスラムの名の下に称揚してきたテロの言説を否定していると判断したのだ。

私たちは、国益のためにも、私たちの指導者はイスラム世界全体をテロリズムのレッテルで塗り込めてしまうべきではないと考えた。ブッシュ大統領とオバマ大統領は、ほとんどの場合、この分析を受け入れ、それにしたがって行動してきた。両大統領はしばしば、「アルカイダと世界的なテロに対する戦いはイスラムに対する戦いではなく、西洋とイスラム社会は多くの価値を共有している」と言及してきた。

同じように、今回の侮辱的なユーチューブの映像すらほぼ見たことのない暴発的な集団による暴力的なデモや無差別の破壊行為は、西洋の人々をして、イスラム社会全体が過激な言説にあふれ、荒れ狂う暴徒に満ち溢れた場所であるとの見方を取らせてしまうかもしれない。

ヒラリー・クリントン国務長官は、今回の反イスラム的なアマチュア映像を最大限の言辞を持って非難した。長官は、米国政府と米国民はこの映像とは何の関係もなく、その内容とメッセージを拒否すると強調した。

ベンガジにおけるクリス・スティーブンス大使の悲劇的な死に関する公的な情報はあまり出てきていないが、攻撃の差配の仕方や使われた武器などを見ると、アルカイダの行動様式が伺われる。アルカイダの関連集団あるいは下位集団が、同地域において同じような作戦を行ってきた。

スティーブンス大使の死に関してもっとも悲劇的なことは、言動いずれの面においても、大使がイスラム教徒との真剣な対話を行おうと真面目に取り組んでいたことであった。

スティーブンス大使は、家族への愛や、公正・正義へのコミットメントなど、米国人とイスラム教徒が多くの価値を共有していると信じていた。不幸なことに、サラフィ主義者であれアルカイダの関連テロ集団であれ、今回のデモの急進的な要素は、対話に反対し、非イスラム的な西洋社会を「異教徒」とみなしてきた。

ほとんどの主流のイスラム教徒はこうした見方を共有せず、実際には、米国を含めた西側社会との経済的、政治的、文化的関係を歓迎している。数千人のイスラム教徒学生が、米国やオーストラリア、カナダ、西欧の大学で学んでいる。

最近のデモにおいて暴力と破壊行為を容認し、奨励し、参加してきた急進的サラフィ主義の指導者や聖職者に対して、引き起こされた死傷や財産の破壊の責任を各国政府が取らせねばならない。これら急進的サラフィ主義の指導者や活動家らは、専制的なイデオロギーや行動ゆえに、民主主義への移行に参画する権利を失ってしまった。

数百万のアラブ人が、昨年、彼らの圧制を非難して街頭に集った。権力の座から引きずり落とされた独裁者らは、恐怖と拷問を使って、民衆に最も基本的な人権・市民権を与えることを拒んだ。彼らは、たとえ平和的に要求がなされていたとしても、民主主義を求める作家や詩人、映画監督、コメディアン、ブロガーを拉致・監禁し、殺害した。

急進的サラフィ主義は、こうしてようやく勝ち取られた民主的な権利を人質にすべきでない。

「アラブの春」が高揚する中で希望と楽観主義のメッセージ拡散に一役買った新しいソーシャル・メディアは、残念ながら落ち目である。「無知なイスラム教徒たち」という今回のユーチゥーブ映像が、こうした面の最新のシンボルとなってしまった。(原文へ

※エミール・ナクレーは、CIA政治的イスラム戦略分析プログラムの元ディレクター。著書に『必要な関与―米・イスラム教徒世界関係の作り直し』。

翻訳=IPS Japan

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