【ワシントンDC・IDN=ジャヤンタ・ダナパラ】
ジョン・F・ケネディ大統領以降、これほどの熱狂と希望を呼び起こした米国の大統領はいなかった。もしバラク・オバマ大統領が米国と世界にとってのビジョンを実現することができなかったなら、そうした潜在力を持った大統領が次に出てくるまで、我々は長いこと待たなくてはならないだろう。
しかし一方で、妥協を重ねて何とか議会で通過させた医療改革法案と、ロシアとの間に締結した新核兵器削減条約(START)ぐらいが、オバマ大統領が就任後15ヶ月の間に成し遂げた成果といえるのかもしれない。
共和党右派の批判勢力はこうした状況を、典型的な口先だけの政権として攻撃を続けるだろう。一方オバマ支持者は、山積する諸問題-恐らくどの新任の大統領よりも過酷な-を生き延びた功績を讃えるだろう。
そして彼らはオバマ大統領の功績として、世界恐慌以来最悪と言われる金融危機後の経済の緩やかな回復や、グアンタナモ基地の閉鎖決定と拷問の禁止、「核兵器なき世界」というビジョンの提示と実現に向けた行動、アフガン戦争の「出口戦略」の提示と増派、気候変動サミットでの仲介、その他ネオコン前政権とは全く異なる路線を打ち出した諸政策を挙げるだろう。
つづめて言えば、オバマ大統領も人間であり(神のように水面を歩くことができる訳ではない)、オバマ政権への評価は真っ二つに割れている。つまり、オバマ大統領も膨大な抑制と均衡に基づく制度から成り立っている米国の政治制度の中の一部であり、この制度の中においては、議会の多数派を擁する大統領と言えども、常に個人の理想主義を政策に反映することは必ずしもできないのが現実である。(その好例が自ら提唱した国際連盟への米国の加盟を上院の反対で断念させられたウィドロー・ウィルソンのケースである。)
しかしオバマ大統領の最初の1年の実績について賛否両論の評価があるのは国内のみではない。
アラブ諸国では、米国とイスラム世界間の懸け橋を構築するとしたオバマ大統領のカイロ演説には当初大きな期待がもたれたが、その後イスラエルに引きずられてパレスチナ問題を解決できていないことへの不満が強い。とりわけガザ問題に関するゴールドストーン報告書へのオバマ政権の対応は、それまでの米政権が示してきた米国のイスラエル寄りの政治姿勢を改めてアラブ世界に印象付けることとなった。
ラテンアメリカでも、ホンジュラスのクーデターに対するオバマ大統領の反応が、歴代の米政権に通ずるものを感じさせている。
またロシアは、過去の経緯から、オバマ大統領による東欧のミサイル防衛計画(一時凍結にはしているものの)に対する警戒を緩めていない。
我々が目にしているのは、複数のオバマ像である。片方には、政治に飽き飽きした米国の有権者、とくに若者を奮い立たせた理想主義的なオバマ大統領がいる。
そしてもう片方には、米議会との妥協を迫られる現実主義的なオバマ大統領がいる。上下両院とも民主党が過半数を占めているが、それでも妥協が必要なのだ。右翼勢力はオバマ大統領への追撃の手を緩めていないし、それに穏健な共和党勢力も加わっている。今年の秋の中間選挙で、民主党の多数が崩れた1994年のギングリッチ革命の再来、ということになるかもしれない。
偉大な指導者は、大義に関して人々を奮い立たせるだけでは足りない。いかなる障害があろうともそれを乗り越えて、鼓舞し続けることが必要なのだ。よりよきアメリカと世界を目指すオバマの高邁な理想をくじくべく、米国の政治制度を悪用しようとする人々がいる。結局それを防ぐことができるのは、ピープル・パワー(民衆の力)だけなのだ。
※ジャヤンタ・ダナパラ:スリランカの外交官で元国連大使。1995年核不拡散条約(NPT)運用検討会議の議長。1998年-2003年、国連軍縮担当事務次官。現在は、科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議会長。本オピニオンは、ダナパラ氏の個人的見解である。
翻訳/サマリー=IPS Japan戸田千鶴
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