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地域|視点|暴走するウクライナを巡るグレートゲーム(敵対関係・戦略的抗争)(ジェフリー・サックス経済学者、国連ミレニアムプロジェクトディレクター)

|視点|暴走するウクライナを巡るグレートゲーム(敵対関係・戦略的抗争)(ジェフリー・サックス経済学者、国連ミレニアムプロジェクトディレクター)

【ニューヨークIDN=ジェフリー・D.サックス】

米カーター政権で大統領補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキー氏が、ウクライナを米露両国双方にとってユーラシアでの覇権を握るうえでの「地政学の要」と位置づけたことは有名である。ロシアは自国の安全保障上の重要な利益が危機に瀕していると考えており、ウクライナ紛争は核戦争へと急速にエスカレートしつつある。米露両国は、災難に見舞われる前に自制することが急務である。

西洋列強は19世紀半ばから、クリミア、それも黒海の海軍力を巡ってロシアと競い合ってきた。クリミア戦争(1853-56)では、英仏がセヴァストポリを占領し、ロシア海軍を一時的に黒海から一掃した。今回の紛争は、要するに「第二次クリミア戦争」である。今回は、米国主導の軍事同盟が北大西洋条約機構(NATO)をウクライナとジョージアに拡大し、NATO加盟国5カ国が黒海を包囲することを狙っている。

James Monroe, the 5th US President, Public Domain

米国は、1823年に発表したモンロー・ドクトリン以来、西半球に対する欧州列強による侵攻を米国の安全保障に対する直接的な脅威とみなしてきた。「…従って、アメリカ合衆国と欧州列強との間に存在する誠実な友好関係のおかげで、わが国は、西半球のいかなる地域であろうとも、欧州列強がその政治体制の拡大を試みた場合には、わが国の平和と安全に危害を与える行為とみなすと宣言することができる。…(モンロー・ドクトリンより抜粋)」

1961年、キューバの革命指導者フィデル・カストロがソ連に支援を求めたとき、米国はキューバに侵攻した。米国は、ウクライナのNATO加盟に関して米国が主張しているような、キューバがどの国とも同盟を結ぶ「権利」にはあまり関心がなかったのである。1961年の米国の侵攻は失敗し、62年にソ連はキューバに攻撃用核兵器を配備することを決定し、それがちょうど60年前の10月、キューバ・ミサイル危機を引き起こすことになった。この危機は、世界を核戦争の瀬戸際に追いやった。

しかし、米国は西半球における自国の安全保障上の利益重視を掲げる一方で、ロシアの近隣におけるロシアの中核的安全保障上の利益を侵害してきた。ソ連が弱体化するにつれ、米国の政策指導者たちは、米軍は好きなように活動できると考えるようになった。1991年、ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官は、ウェズリー・クラーク将軍に、米国は中東に軍事力を展開でき、「ソ連は我々を止めないだろう」と説明した。米国の国家安全保障当局は、ソ連と同盟関係にある中東の政権を転覆させ、ロシアの安全保障上の利益を侵害することを決定したのだ。

Photo: Mikhail Gorbachev (1931-2022) Source: Meer
Photo: Mikhail Gorbachev (1931-2022) Source: Meer

1990年、ドイツと米国はソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領に、ソ連が東側の軍事同盟であるワルシャワ条約機構を解体すればNATOの東方拡大はないと確約をした。同年の東西ドイツ統一にゴルバチョフ大統領が同意したのはこの確約を踏まえたものであった。しかしソ連が崩壊すると、ビル・クリントン大統領はこの確約を反故にしてNATOの東方拡大を支持した。

ロシアのボリス・エリツィン大統領は猛烈に抗議したが、これを止めることはできなかった。米国の対ロシア外交の第一人者であるジョージ・ケナンは、NATOの東方拡大は「新しい冷戦の始まりである」と断言した。

クリントン政権下の1999年、NATOはポーランド、ハンガリー、チェコへと拡大した。その5年後、ジョージ・W・ブッシュ政権下でNATOはさらにバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、黒海(ブルガリア、ルーマニア)、バルカン半島(スロベニア)、スロバキアの7カ国に拡大。。さらにバラク・オバマ政権下の2009年にアルバニアとクロアチアに、ドナルド・トランプ政権下の2019年にモンテネグロへと拡大した。

NATO.INT
NATO.INT

ロシアのNATO拡大に対する反発は、1999年にNATO諸国が国連を無視してロシアの同盟国セルビアを攻撃したことで急激に強まり、2000年代には米国がイラク、シリア、リビアに介入した戦争でさらに硬直化した。2007年のミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領は、NATO拡大は 「相互信頼のレベルを低下させる深刻な挑発 」を意味すると宣言している。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

その際プーチン大統領はこう続けた。「この拡大はどの国に対するものなのか。そして、ワルシャワ条約機構が解体した後、西側のパートナーたちが行った(NATO東方拡大を許さないという)保証はどうなったのか。その宣言は今どこにあるのだろうか。誰も覚えてさえいない。しかし、私はこの聴衆に、何が語られたかを思い出させることにしよう。1990年5月17日、ブリュッセルでのマンフレート・ヴェルナーNATO事務総長の演説を引用したい。その際彼は、NATOがドイツ領土の外に同軍を配置しない用意があるという事実は、ソ連に確固たる安全保障を与えると述べている。現在、この保証はどこにあるのか。」

また2007年には、ブルガリアとルーマニアの黒海沿岸2カ国がNATOに加盟したことを受けて、米国は黒海地域タスクグループ(当初はタスクフォース・イースト)を設立した。そして2008年、米国はNATOがウクライナとグルジアを将来的に取り込むと宣言し、米露の緊張をさらに高めたのである。両国が加入すればロシアは黒海でNATOの5カ国(ブルガリア、グルジア、ルーマニア、トルコ、ウクライナ)に囲まれ、ロシアの黒海、地中海、中東への海上アクセスが脅かされることとなる。

ロシアは当初、ウクライナの親露派であるヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が、2010年に議会を率いて同国の中立を宣言したことにより、ウクライナへのNATO拡大から保護されていた。しかし2014年、米国はヤヌコビッチ政権の転覆を支援し、反ロシアを掲げる政権を誕生させた。その時点でウクライナ戦争が勃発し、ロシアはあっという間にクリミアを奪還し、東ウクライナでロシア人の割合が比較的高いドンバス地方で親ロシアの分離主義勢力を支援するようになった。ウクライナ議会は同年、中立を正式に放棄した。

ウクライナとロシアが支援するドンバスの分離主義者たちは、8年間も苛酷な戦争を続けている。ミンスク合意を通じてドンバスの戦争を終わらせる試みは、ウクライナの指導者がドンバスの自治を求めた合意を守らないことを決め、失敗に終わった。2014年以降、米国はウクライナに大量の軍備を注ぎ込み、今年の戦闘に見られるように、ウクライナの軍隊をNATOと相互運用できるように再編することに貢献した。

Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.
Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.

2021年末にジョー・バイデン大統領がプーチン大統領のNATOの東方拡大中止要求に同意していれば、2022年のロシアの侵攻は回避されていた可能性が高い。同年3月、ウクライナとロシアの政府が、ウクライナの中立を前提とした和平協定案を取り交わすことで、戦争は終結していた可能性が高い。その裏で、米国と英国はヴォロディミル・ゼレンスキー大統領にプーチン大統領との合意を拒否し、戦い続けるよう迫った。その時点で、ウクライナは交渉から離脱した。

ロシアは、軍事的敗北とNATOのさらなる東方拡大を避けるために、必要に応じてエスカレーションを行い、場合によっては核兵器を使用することになるだろう。核の脅威は空虚なものではなく、ロシア指導部が自国の安全保障上の利益が危機に晒されていると認識していることを示すものである。恐ろしいことに、米国もキューバ・ミサイル危機の際に核兵器の使用を覚悟していた。最近、ウクライナの高官が米国に対して、「ロシアが核攻撃を考えれば、すぐにでも核攻撃を行うよう」促しているが、これは確実に第三次世界大戦を引き起こすものだ。私たちは再び核の破滅の瀬戸際に立たされているのである。

Jeffrey Sachs of Columbia University/ By Bundesministerium für Europa, Integration und Äußeres – FMSTAN & SPIDER Global meeting in Austrian Foreign Ministries in Vienna, CC BY 2.0

ケネディ大統領は、キューバ・ミサイル危機の際に核の対立について学び、その危機を意思の力や軍事力ではなく、外交と妥協によって打開した。つまり、ソ連がキューバの核ミサイルを撤去するのと引き換えに、トルコの核ミサイルを撤去したのである。翌年には部分的核実験禁止条約を締結し、ソ連との平和を追求した。

1963年6月、ケネディ大統領は、今日私たちが生存し続けていることにつながる本質的な真理を口にした。「核保有国は、自国の重要な利益を守りながらも、相手国に屈辱的な退却か核戦争かの二者択一を強いるような対決が起きることを避けなければなりません。核の時代に、そのような対決への道筋を採れば、政策の破綻を招き、全世界の死を望むことにほかならないからです。」

NATOの非拡大を前提とした3月末のロシア・ウクライナ間の和平合意案に立ち戻ることが急務である。今日の不安定な状況は、世界が過去に何度も経験したように、容易に制御不能に陥りかねない。世界の存亡は、すべての関係者の慎重さと外交力と妥協に懸かっている。(原文へ

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この記事はINPSのロベルト・サビオ顧問が運営するOther Newsが当初配信したもので、著者の許可を得て転載しています。

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