ニュース視点・論点人権へのあたらな脅威(ブトロス・ブトロス・ガリ)

人権へのあたらな脅威(ブトロス・ブトロス・ガリ)

 【IPSコラム=ブトロス・ブトロス・ガリ】

12月10日で、世界人権宣言が採択されて61年になる。宣言がこの間世界に進歩をもたらしたことは否定すべくもない。とりわけ、人権を擁護する法的仕組みができたことは大きな意味を持ち、これはその後世界に広まり続けている。

しかし、同時に、人権を人類の共通言語にしようという努力に反する危険な傾向もみてとれる。

まず、宣言の普遍性を否定しようという観念的な議論があることだ。宣言は個人をなによりも重視しているが、アジアやアフリカなどの第三世界においては集団や部族の方がより重要だというのである。この見方によれば、個人の権利の擁護は部族の集団的権利を守って初めて可能となる。そうすると、民族的・宗教的・言語的マイノリティ集団の権利を国家が効果的に守れない状況下で、権力の「部族化」や、調和や安全といった観念を部族の存在と関連づけて考える傾向がそうした集団の中から出てくることになる。その意味合いを無視することは誤りだということになろう。

 第二に、人権の普遍性と折り合うことのできない、宗教に関連した脅威が存在する。すなわち、宣言の内容とシャリーア(イスラム法)との間にある矛盾である。特に、女性の基本的権利や改宗の自由、身体刑の利用に関してこうした矛盾があることは明らかだ。より深刻なのは、イスラム教の原理主義的なサラフ主義だ。人権の擁護を、最終的にはイスラム教への新しい十字軍につながる新植民地主義の遺制だとみているのだ。2001年9月11日にニューヨークでテロ攻撃が起こり、その後、イスラム教徒とみればテロリスト(あるいはテロリスト予備軍)だとみなす傾向が強まった。こうした反イスラム的な風潮が西洋に広まることで、右のような感情はより悪化することになる。

人権への第三の脅威は、最近いくらか弱まっているが依然として重要であり、2つの新しい超大国である中国とインドの勢力拡張に伴って強まる可能性があるものだ。それは、いわゆる「アジア例外主義」と呼ばれるものである。これは、1993年6月の世界人権会議の2ヵ月後にバンコクで開かれたアジア太平洋人権会議において支配的だった考え方である。アジア太平洋の40ヵ国以上の代表によって採択されたバンコク宣言は、人権に対するアジア的アプローチを確認したものであり、アジア各国の歴史・文化・宗教といった文脈との関係でみられねばならないものである。

最後に、修正主義的な潮流がある。世界人権宣言はすでに採択から61年を経ており、グローバル化に直面する政府間機構の受けた変化など、これまでに起こってきた前進と進化を織り込んだ上で更新・改定されねばならないという。この潮流は、技術の進化が社会的・経済的・文化的変容をもたらしつづけるにしたがって、より強まっていくことになるだろう。

これらすべての危機は、地球の社会・経済の断裂という、人権の普遍性への最大の挑戦が発生する中で生じている。約20億人が1日あたりたった1~2ドル以下でなんとか生き延びようとしているという事実を想いだすべきだろうか?あるいは、1日あたり3万5000人の子どもが栄養不良で死んでいることを想いだすべきだろうか?途方もない数の男女や子どもが悲劇的に苦しみ、死に至っている。すべての人間が平等であるにもかかわらず、歴史はそれをあざ笑い、私たちの間に経済的・社会的障壁を設けるかのようだ。これはよりいっそう受け入れがたいことではないか。

こうした不正義の感覚が生じること自体、人間の良心が進歩したことの証だ。そして、不平等を認識することからそれを正す行動へと向かうことは、人権というものが普遍的に認められていることによって可能になる面もある。

人権の擁護は、私たちに脅威を与えている一般的な社会の崩壊現象への最善の反応であることは疑いがない。しかし、それは、それ自体を目的とした、他から隔絶された闘いであってはならないと思う。(原文へ
 
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

*ブトロス・ブトロス・ガリ氏は元国連事務総長、IPS国際評議員。
 

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