ニュース視点・論点|日本|誇りと慎重さをもって(海部俊樹元総理大臣インタビュー)

|日本|誇りと慎重さをもって(海部俊樹元総理大臣インタビュー)

【ベルリンIDN-InDepth News=ラメシュ・ジャウラ】

海部俊樹元総理大臣は、79歳になった今も、政治的な読みの深さと生命と政治に対する人間味溢れるアプローチで、日本国内はもとより広く海外においても尊敬を集めている。

海部氏は、IDNのインタビューの中で、活発な政治人生における早期の取組みを誇りと満足感を持って振返るとともに、細心の注意をもって世界の現状を考察し、将来に影響を及ぼす詮議中の政策については慎重な対応をアドバイスした。

 海部氏の政治活動は、衆議院最年少候補として初当選した1960年に遡る。5年後、海部氏は青年海外協力隊(JOCV)創設に尽力した。JOCVは、設立以来、アジア、アフリカ、中東、ラテンアメリカ、太平洋地域、東欧の83カ国に対して33,541名の協力隊員を派遣している。

11月末にローマで開催された「途上国の開発と女性」をテーマとした国際会議に出席した海部氏は、会議終了後にIDNのインタビューに応じ、「(今回途上国各国からの出席者の発言を聞いて)援助を受ける側のニーズを最優先し、資金援助やJOCV派遣を通じた技術援助を通じて援助受領国の自助努力を支援してきた日本の国際開発援助におけるアプローチは正しかったと改めて再認識しました。今日の世界的な経済危機を背景にアフリカ諸国の女性を取り巻く深刻な状況を考えれば、このような日本の援助が益々必要とされていると思います。」と語った。

日本は過去45年の間にJOCVを通じてボランティアをタンザニア、ガーナ、エジプト、コンゴに派遣してきた。(ただしコンゴの場合は政情不安から一時派遣を中止せざるを得なかったが。)海部氏はJOCV創設者として、日本がアフリカ諸国に対するこうした長年に亘る親善協力を実施するにあたっていかなる政治的な野心も持ってこなかったことを誇りにしている。

しかしどうして政治的な野心を持たなかったのか?

「日本は、東アジア及び東南アジアの近隣諸国との間には、『過去の歴史的な経験』が影を投げかけてきたため、1956年以来、それらの地域に対して莫大な支援を行ってきました。しかし第二次世界大戦(日本の参戦は1941年以降)中の日本の侵略と占領の記憶は、それらの国々の一部の人々の脳裏に生々しく残っており、結果的に、日本による善意の援助に対しても様々な解釈がなされてきた経緯があります。」 
 
 「しかしアフリカ大陸に関しては歴史的なしがらみがないので、日本はそうしたしがらみに囚われることなくアフリカ諸国に対する善意に基づく支援を開始することができたのです。私は、政治的な意図とは一線を画する援助を積み重ねてきた日本の善意については、アフリカ諸国にも良く理解していただいていると確信しています。」と海部氏は語った。

また海部氏は、具体的な例として、日中両国には第二次世界大戦からの痛ましい記憶があるため、日本政府は当初中国に対するJOCV隊員派遣についてあえて申し出ることを控えていたところ、むしろ中国政府より相互協力の原則さえ合意されればJOCV隊員の派遣を歓迎したいとの申し出があり、約20年前に最初のJOCV隊員の中国派遣が実現した経緯を述べた。

約1時間にわたって行われたインタビューの抜粋は以下のとおり。

IDN:日本はアフリカに対して十分な支援を行っていると思いますか?

海部:そう思います。長年にわたって日本はアフリカに対する援助を拡大して参りました。アフリカ諸国はこうした日本の貢献をよく理解していると思います。日本は概してアフリカ諸国と良好な関係を享受しています。

IDN:アフリカは世界最大規模の豊かな鉱物埋蔵量を誇っています。日本も中国と同様にそうした鉱物資源に関心を寄せていると推察しますが、アフリカの鉱物資源獲得を巡って日本と中国の間になんらかの競合関係のようなものがあるではないでしょうか?

海部:多くの国々が日本と中国の動向を注視しているでしょうし、アフリカにおける日中の活動についても様々な解釈や憶測をするでしょう。それがどのようなものであれ、解釈・憶測する側の自由だと思います。ただし、私の考えは、他国と競争して天然資源へのアクセスを獲得するために経済援助を利用するという考えは間違っているというものです。日本に関する限り、我が国はいかなる政治的なしがらみも排除した開発援助を供与しながらアフリカ諸国との相互関係を育んできました。言い換えれば、対アフリカ経済援助を通じて私達が積み重ねてきた努力は、日本の人々の善意と、受領国のニーズに焦点をあてた援助を通じて日本国民の善意を受領国に理解いただきたいという私達の希望に基づいてなされてきたものなのです。私は日本が今日に至るまで開発協力を通じてアフリカ諸国に差し伸べてきた真摯なアプローチは、アフリカ諸国に十分理解されていると確信しています。

IDN:日本は新たな政権が誕生しましたが、今日の日中関係をどうみられますか?

海部:新政権を率いている政党は私の党ではないので、この質問について私が的を射た回答はできないかもしれません。それを申し上げたうえであえてコメントするならば、民主党率いる新政権が、所謂「東アジア指向型政策」を発表したことについて懸念しています。鳩山由紀夫新総理は就任演説の中で、従来の日本の政策は米国に寄りすぎたものであり彼の政権はアジアとの関係をより重視するという印象を与えてしまいました。

この発言は日本ではたいした問題になりませんでしたが、米国では深い憂慮とともに受け止められました。この発言が契機となり、米国の政策分析の専門家の中には、日本の新しい総理大臣は伝統的な米国との関係を見直そうとしているのではないかと疑いを持つものも現れました。実際のところ、米国の国務省の友人やその他同国で私の情報源となっている人々が、私に同様の懸念を伝えてきました。その後、私は第三者を通じて、米国で巻き起こっているこうした懸念について考慮に入れるよう、総理に対して忠告を申し上げました。その後の経緯を見る限り、鳩山総理も幾分かの軌道修正をしたと思います。

今回の出来事で、日本がアメリカを伴わないでアジアに接近することについてアメリカがいかに神経質になるかという私自身が経験した20年前の出来事を思い出しました。それはまもなくマレーシアのマハティール・ビン・モハマド首相と首脳会談に臨もうとしている時のことでした。当時マハティール首相は、東アジア経済協議体(EAEC)構想を発表した直後で、興味深いことに、同構想に対する反応は中国からではなく米国からのものだったのです。ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ政権は、ジェームズ・ダンフォース・クウェール副大統領を日本に派遣し、同氏は私に対して日・マレーシア首脳会談においてEAECに賛同しないように要請してきたのです。私は副大統領に対して、私はアメリカを排除する意図は持ち合わせていないし、EAEG(アメリカを除いた東アジア経済グループ)でなく文字通りEAEC(経済協議体)とすべく最新の注意をもって臨むつもりでいるから安心するようにと説明しました。そして本件については私のやり方で対処させてほしいとブッシュ大統領に伝えるよう要請したのです。私はまた、日本におけるアメリカの圧倒的な存在感から日本の外交不在という批判がしばしばなされる実情を説明し、もしアメリカ政府がEAECに関してこの時点で騒ぎ立てるならば、アメリカとの信頼のもとに私が従来から進めてきた全ての独立外交の努力も、日本外交不在の一例として看做されることとなってしまいかねないという私の懸念を伝えました。

こうした文脈から、今回の鳩山総理のアジア優先発言に関してアメリカから共有してきた懸念に接して、この20年前の私自身の経験を思い出したのです。

IDN:あなたは20年前(1989年8月から91年11月)にブッシュ大統領を相手に日本の総理大臣として国政を運営したわけですが、現在のバラク・オバマ政権についてどのように見られていますか?

海部:オバマ大統領は変革を訴えてきました。私が見るところ、オバマ氏は美辞麗句に留まらず、外交政策における単独行動主義や先制攻撃支持で特徴づけられるジョージ・W・ブッシュ前政権からのパラダイムシフトを引き起すことに成功していると思います。私が見るところ、オバマ政権は、前政権が行ってきたことについて自制をかけているように思えます。

IDN:バラク・オバマ氏はノーベル平和賞を受賞するに値すると思いますか?

海部:今回のノーベル平和賞はオバマ氏が将来にわたって実際に行動を起こすかもしれないことへの期待に対してではなく、むしろ彼が今までに雄弁な演説の中で発言してきたことに対して授与されたのだと思います。従って深遠な判断に基づく決定とは思えません。願わくば、将来振返った時に、オバマ大統領がノーベル平和賞受賞に相応しい努力をしたと思える成果を出してもらいたいと思います。確かにオバマ氏は演説の才に素晴らしく長けていると思います。彼が日本の国会で演説した際、平和の象徴としての大仏で有名な古都鎌倉を過去に訪れた際の話をしました。大統領は、大仏のことはよく覚えていないが、そこで食べた味わい深い抹茶アイスクリームの味は良く覚えていると語りました。これを聞いた多くの日本の国会議員が、オバマ氏は日本文化に対して造詣が深いとして手を叩いて賞賛しましたが、仏教徒の私としては、抹茶味のアイスクリームより大仏について話をしてくれた方がよかったのにと残念に思ったものです。なぜなら、このことは私達の文化と密接に関わる内なる霊性の問題だからです。それはさておき、オバマ大統領には、是非ともご自身が発言してきたことを実行していってほしいと思います。

IDN:あなたは歴代の駐日本中国大使と密接なコンタクトをとってこられたことで知られていますが、最近の中国大使との面談ではどのようなことをお話になられましたか?

海部:中国政府は毎回日本語の流暢な大使を人選して派遣してきます。歴代の中国大使が、多くの機会に私を訪問してこられましたが、特に王毅大使(在任2004年~07年)は頻繁に足を運んでこられ、多くの問題について話し合いました。オバマ政権については、現在の中国大使は、「中国政府はオバマ大統領のリーダーシップのもとで新たに変化しつつある状況を慎重に注視しており、全体的な方向性については歓迎している。」と私に説明しました。(原文へ

翻訳=IPS Japan

インタビューは、ラメシュ・ジャウラIPS欧州局長と浅霧勝浩IPS Japan理事長が、海部会長がローマで開催されたIPS年次会合に参加時に行ったものである。

グローバルパスペクティブ(2010.1月号に掲載)

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

「G7広島サミットにおける安全保障と持続可能性の推進」国際会議

パートナー

client-image
client-image
IDN Logo
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
Kazinform

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken