地域アジア・太平洋|北東アジア|変化が望まれる対北朝鮮政策

|北東アジア|変化が望まれる対北朝鮮政策

【東京IDN=浅霧勝浩】

「平壌ウォッチャー」たちが朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)内部の新権力構造の分析に気を取られ、主要メディアが金正日総書記の葬式にばかり注目する中、この国の恐るべき人権状況に目を向ける人はほとんどいない。

平壌ウォッチャーと海外諜報部門のジレンマは、金正日総書記の死を察知することができなかったということによく現れている。そのぐらい、「鉄のカーテン」に覆われた北朝鮮国内で何が起こっているのかはほとんど知られていないのである。

 バンコクタイムスは、「北朝鮮の最大の同盟国である中国を含む全ての国が、悲嘆にくれたアナウンサーが『親愛なる指導者』の逝去を、実際の死亡日より2日遅れとされる12月19日に発表するまで、何も知らされていないようであった。」「北朝鮮の近隣諸国と、安保条約によって韓国と日本の防衛義務を負う米国は、この孤立し貧困に打ちひしがれた重武装国家が故金正日総書記の息子の正恩氏に継承される過程を注意深く見守っている。」と報じた。

金家による北朝鮮支配は1948年の金日成氏に始まるが、今回権力継承が確実視されている正日総書記の3男でまだ20代後半の正恩氏は、1998年までスイスの首都ベルンにあるインターナショナルスクールに偽名で通っていたことが知られている。

ジョージ・W・ブッシュ前大統領の朝鮮問題首席顧問だったヴィクター・チャ氏は、「正恩氏については事実上全く知られておらず、また、米国政府による正恩氏への接触は、彼の立場を危うくするリスクが伴っていた。」と語った。

「北朝鮮はいわば金魚鉢に例えられると思います。我々は皆、鉢の中を覗きこんで何が起こっているのか理解しようと努めるのですが、誰もあえて中に指を突っ込もうとはしません。それは、鉢の中で何が起こるか予想がつかないからです。」と現在はジョージタウン大学の戦略国際問題研究所で研究員をつとめているチャ氏は語った。

国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のケネス・ロス代表は、亡くなった金正日は17年間に亘って世界で最も閉ざされた抑圧的な体制を意のままに率いた結果、数十万人、あるいは数百万人の国民が死亡したであろうとみている。こうした夥しい死亡の原因は、避けられたはずの飢饉や、恐ろしい環境で管理されている刑務所や強制労働キャンプにおける虐待、公開処刑などである。「金正日総書記支配下の北朝鮮は、人権など顧みられないこの世の地獄でした。金正日総書記は、恣意的な処刑、拷問、強制労働に加えて、言論・結社の自由を厳格に制限するなど組織的かつ広範囲な人権侵害によって国民を恐れさせ、支配してきたのです。」とロス代表は語った。
 
「金正日総書記のレガシーには、国家の敵とされ、『管理所』と呼ばれる強制収容所で亡くなった数万人にも及ぶ人々の運命があります。今日北朝鮮では推定20万人が飢餓寸前の環境と虐待に晒されながらこうした『管理所』で強制労働に従事し、死亡しているとみられています。」とロス代表は付加えた。

現在の体制下では、家族に罪に問われる者がでると、基本的に親・子・孫の三代までが収容の対象となる。脱北してきた元収容者達がヒューマン・ライツ・ウォッチやその他の人権団体に証言したところによれば、収容所で生まれた子供達でさえ両親の「囚人身分」を引き継がされているとのことである。

「北朝鮮政府は、当局の許可なしに海外渡航することを、拷問と禁固刑に処せられるべき反逆罪と規定している。それにもかかわらず、この20年で数万人が脱北に成功し、引き続き毎年数千人が命の危険を冒して国外逃亡を試みている。」とロス代表は記している。

ウィティット・ムンタボーンProf. Vitit Muntarbhorn)前国連北朝鮮人権状況特別報告者(2004年~2010年6月)は国連人権理事会宛の最終報告書で、北朝鮮の人権状況を「悲惨で恐ろしい(horrific and harrowing)」として適切に分類していた。北朝鮮国内で「人道に対する罪」が犯されているか調査検証する国連調査委員会(UN commission of inquiry)設立を求める声が政府や市民社会団体から増大している。

ロス代表は、金正日総書記が死亡して金正恩氏に権力が委譲されている今の「過渡期」こそが、北朝鮮を新しい方向に向けさせ、国民に対する弾圧を止めさせる好機だと、国際社会に訴えている。

「まずは北朝鮮政府が、同国に関する最新の国連総会決議を順守し、北朝鮮人権状況特別報告者の訪問を受入れるよう強く求めるのがよい出発点となるでしょう。」とロス代表は付加えた。

「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のワシントン地区責任者トム・マリノウスキー氏は、金正日総書記の犠牲者について「先代の金日成主席の犠牲者と同じく、あまりにも多くの人々が殺されたり人生を狂わされたため、ついには私たちの心の中で、彼らはあたかも金正日総書記が好んだマスゲームに参加する数万人のダンサーのように顔かたちのない存在となってしまった。」と記している。

またマリノウスキー氏は、「あるエジプト人デモ参加者が暴行をうけたり、あるビルマ人反体制派の活動家が投獄されたり、ある中国人ブロガーが検閲されたり…と、個々の権利侵害については比較的把握することが容易で、私たちもそれに対して憤りを覚え行動を起こしやすいものです。しかし北朝鮮の体制は、途方もない規模の犯罪のヴェールで守られているため、個々の不正を把握することは容易ではないのです。」「もちろん、国際社会から孤立し、国民に海外渡航やごく僅かの在留外国人との接触も禁止している現状を考えれば、北朝鮮の実態を思い描くことは容易ではありません。しかし近年、北朝鮮国民の生活水準があまりにも悲惨な状況に陥ったため、多くの人々が拷問や処刑されるリスクを冒してでも脱北を試みるようになっているのです。そしてそうした脱北者達によって自らの体験とともに北朝鮮の実態に関する情報がもたらされているのです。」と付加えた。

またマリノウスキー氏は、1990年代によく見られた「経済政策の失敗と大飢饉が北朝鮮の体制を崩壊に向かわせるだろう」とした観測は誤りであったと指摘して、「それどころか、飢饉はむしろ抑圧的な金正日総書記の体制を強化しました。食糧不足は人びとから気力と体力を奪い、国民は日々の生存のために、食糧配給を掌握している体制への依存をますます余儀なくされたのです。つまりこうした実態こそが、北朝鮮に対する食糧支援を止めるという制裁措置がこの国における人権状況の改善にいつも結びつかなかった理由の一つにほかなりません。食糧援助は明らかに人道的必要性に合致したものですが、実施に際しては物資がどのように配給されているか監視すべきなのです。」と語った。

マリノウスキー氏は、西側諸国は北朝鮮への関与政策を推進すべきだと考えている。「北朝鮮の孤立政策は、民衆が自らの政治的権利に目覚める事態から体制を守るために意図的に構築されたメカニズムです。従って、民衆に外部の情報を届け目をさまさせることにつながる行動、すなわち国外からラジオ放送で呼び掛けたり、外交官、援助要員やジャーナリストを北朝鮮に入国させること、言い換えれば、北朝鮮が今日の独房監禁状態から抜け出す手助けをする行動はどんなものであっても有効なのです。」
 
尹永寛(Yoon Young Kwan)元外交通商部長官(2003年~04年)もマリノウスキー氏と見解を共有しているようだ。尹元長官はジャパンタイムスが報じた記事の中で、「この不安定な権力継承課程の早い段階において、中国は予想通り、この核武装した隣国の安定を確保しようと現在の北朝鮮体制支持を強く打ち出しました。中国外務省は、金正恩氏を支持する力強いメッセージを発するとともに、北朝鮮国民に新指導者の下で団結するよう訴えたのです。」と述べている。

「しかし北朝鮮における権力の平和的な継承を確実にする重要な外部要因は、韓国と米国の外交政策であり、両国政府は金正日後の北朝鮮体制と協力していけるか否か、決断しなければなりません。」と現在はソウル大学で国際関係論を教えている尹元長官は述べている。

尹元長官は、もし情勢が悪化して北朝鮮の体制が内部崩壊したとしても、「混乱、誤解や過剰反応」が起こることを回避できるよう、連絡調整は韓国・米国・中国間だけでなく、日本やロシアとも従来以上に密接に行うよう強く訴えている。「内部崩壊し無秩序となった北朝鮮など、どの国の利益にもなりませんから。」と尹元長官は語った。

翻訳=IPS Japan

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