SDGsGoal10(人や国の不平等をなくそう)シアルコートのリンチ事件は南アジアにとって何を意味するのか?

シアルコートのリンチ事件は南アジアにとって何を意味するのか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チュラニー・アタナヤケ、チラユ・タッカル】

2021年12月3日、南アジアのトップニュースはスリランカ人の工場長プリヤンタ・クマラの不幸なリンチ殺害事件一色となった。2010年から輸出管理者としてパキスタンで働いていたプリヤンタ・クマラは、宗教的な言葉が書かれたポスターを剥がしたために殴打され、殺害され、火をつけられた。暴徒は、クマラの行為を神への冒涜と見なしたのである。陰惨な事件は多くの人々の良心を揺さぶり、パキスタン国内では抗議の声が、スリランカでは正義を求める声が上がった。(原文へ 

スリランカでは事件をきっかけに民族間の緊張が再燃し、人々はソーシャルメディアでゴタバヤ・ラージャパクサ大統領と政府に対し、プリヤンタ・クマラのために正義を実現するようパキスタンに圧力をかけることを要求した。スリランカ国内でイスラム過激派が引き起こしたイースターサンデーの爆弾テロ以降、人々は、自国とイスラム教世界との関係に極めて敏感になっている。

このような背景の中で起こった卑劣な攻撃は、パキスタンの国際的イメージ、スリランカとパキスタンの関係、南アジア地域主義に重大な影響を及ぼしかねない。

二つのパキスタン

この暴徒によるリンチ事件は、パキスタンで相次ぐ過激な事件が不幸にもまた一つ新たに加わった。アルジャジーラの集計によれば、1990年以降、神への冒涜を理由にした超法規的殺人により少なくとも80人が殺害された。最近では、今回のスリランカ人工場長への暴徒襲撃を煽ったとされる、原理主義運動が政治組織化した団体であるパキスタン・ラバイク運動(TLP)の支持者らが、パキスタンの主要都市で人質を取り、フランス大統領がイスラム教の微妙な問題に関する言論の自由を擁護したことに対してフランス大使の追放を要求した。TLPは2018年に、神への冒涜の疑惑で死刑判決を受けたカトリック教徒の女性、アーシア・ビビが、教皇の働きかけを受けて無罪になったことに抗議してデモ活動を展開した。この事件は、非イスラム教徒の保護という点でパキスタンのイメージを悪化させ、冒涜法を見直す契機となった。

シアルコートの襲撃事件の直後、パキスタンのイムラン・カーン首相は事件を明確に非難し、パキスタンにとって恥辱の日だと述べた。数時間の内に100人以上が逮捕された。被害者を暴徒から救おうとした男性には勇気のメダルが授与された。カーン首相は、スリランカのゴタバヤ大統領との電話で、加害者に対する迅速な措置を約束した。

こうした措置を講じたにもかかわらず、イムラン・カーン政権が過激派や冒涜法に対してどこまで本気で取り組むかは疑問視されている。カーン氏は、二つのパキスタンの板挟みになっている。一方では、迅速な措置を講じることで法の支配と全ての市民に平等が行き渡ることを示したいと考えており、それはパキスタンの不安定な経済と国際イメージを回復させようとする試みに不可欠なものである。他方では、これまでとは違うイスラム圏のリーダーシップを発揮したいという思いから、世界的なイスラム嫌悪に物申し、イスラム教徒に対する事件が世界のどこで起こっても反応し、パキスタンの冒涜法を世界に輸出したいという気持ちに駆られている。彼は、西側諸国が予言者の冒涜を恐れることを望んでいるが、ウイグル族に対する中国の扱いには沈黙を保っている。

評論家は、パキスタンが経済や観光業の可能性を十分に発揮するには、イムラン・カーンは国内のジハード主義者を取り締まる必要があると主張している。例えば、EUはすでに、マイノリティーに対する取り扱いを理由にGSPプラス(一般特恵関税の優遇制度)におけるパキスタンのステータスを見直そうとしている。ニュージーランドのクリケットチームは、安全上の懸念からパキスタンでのシリーズ戦を拒否した。パキスタン政府は現在のところ、安全、安定、秩序を確保するために原理主義者を取り締まるのではなく、むしろ国内での政治的利益のために過激派に迎合し続け、インド米国を名指しして、組織的にパキスタンへの投資の流れを断とうとしていると非難している。

そのような政治的な瀬戸際政策は、経済的な代償だけでなく、パキスタンのカシミールの大義に対しても道徳的代償ももたらす。就任以来、イムラン・カーン政権は、領土問題を宗教問題にすり替え、インドの行動全てを与党であるインド人民党の民族国家主義的イデオロギーに結び付けている。国内の過激なジハード主義者を保護しながら、神聖な説教壇から石を投げようとするカーンの姿勢は、良心的とはいえないだろう。今回リンチ殺人事件の犠牲となった罪のない工場長は、会社の輸出を拡大し、それによってパキスタンの輸出を拡大するために、残業して海外からの視察団を迎え入れる準備をしていた。ここで非難されるべきは誰でもなく、彼ら自身にほかならない。

地域外交への打撃

パキスタンではマイノリティーに対する暴徒のリンチ事件が頻繁に起こることとはいえ、南アジアの友好国の国民が犠牲になったのは今回が初めてである。パキスタンとスリランカは強固な関係で結ばれており、コロンボは、タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との対テロ戦でイスラマバードが支援してくれたことに、今なお感謝している。最近では、ともに北京へ傾倒することで両国関係が強化されている。

しかし、今回の事件は、すでに危うくなっていたスリランカのパキスタン観に影響を及ぼすだろう。なぜなら、スリランカ人がパキスタンで過激派による暴力被害に遭うのは今回が初めてではないからである。2009年、スリランカのクリケットチームがラホールで襲撃を受け、6人の選手が負傷した。外交関係は保たれたものの、スリランカ人選手にとって記憶は長く残り、彼らはパキスタンでのツアーを回避していた。シアルコートのリンチ殺人事件は2009年のラホール襲撃事件と同様に、外交関係を損なうことはないかもしれないが、訪問者、選手、労働者のいずれであれ、スリランカ人に対しパキスタンへの入国はよく検討するようけん制している。

先にイムラン・カーンがコロンボを訪問したことは、地域外交に新たな枠組みをもたらした。主要な地域外交フォーラムである南アジア地域協力連合(SAARC)は、インドとパキスタンの対立を受け、活動は低調なままである。ほとんどの首脳会談は、南アジアの二つのライバル国の衝突によって影が薄くなっている。カーン首相とラージャパクサ大統領の首脳会談は、南アジアの小国でも政治色の薄い「ローポリティクス」な領域では自力でパキスタンとの貿易関係や外交関係を深めることができる、それはインドにとってゼロサムゲームにならないということを示した。もしパキスタンとの結びつきが徐々に深まっていたら、政権が北京寄りかどうかにもよるが、ネパールやモルディブにとっても手本となったであろう。しかし、そのような予想図は、今回の陰惨な事件の記憶とそれが国内の対立に直接、影響を及ぼしたことにより、つぼみのうちに摘み取られてしまった。

就任以来、カーン首相は、パキスタンを観光と投資の対象国として復活させ、近隣諸国との関係性に新たな枠組みをもたらすことを自らの使命としてきた。政府が国内の強硬派に対してぐずぐずした態度を取るほど、目標はますます遠のく。加害者を迅速に裁き、地域パートナーの協力を得て宗教的過激主義を終わらせることだけが、悪化したイメージを救い、南アジアの地域パートナーとの信頼を回復することになるだろう。

今回の事件はまた、南アジア地域で拡大する宗教的過激主義とイスラム原理主義に光を当て、集団的な行動の必要性を訴えるものとなった。2016年のバングラデシュのカフェ「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」襲撃事件、2019年のスリランカのイースターサンデー襲撃事件、2021年のタリバンによるアフガニスタン制圧はいずれも、テロリスト集団や過激な宗教グループが南アジアで増長していることを示している。したがって、今こそ地域が宗教的過激主義とテロの脅威に対して協調的かつ集団的な行動を取るべき時である。

チュラニー・アタナヤケ博士は、シンガポール国立大学南アジア研究所(ISAS)のリサーチフェローである。研究の重点は、中国とその南アジア政策、インド洋の地政学、スリランカの外交関係である。それ以前は、スリランカ防衛省が管轄する安全保障シンクタンクであるスリランカ国家安全保障研究所、外務省のシンクタンクであるラクシュマン・カディルガマール研究所、およびバンダラナイケ国際研究センターに勤務していた。著作および論文には、China in Sri LankaMaritime Sri Lanka: Historical and Contemporary Perspectives、および “Sino–Indian Conflict: Foreign Policy Options for the Smaller South Asian States”がある。eメールアドレスおよびTwitterで連絡を取ることができる。
チラユ・タッカルは、シンガポール国立大学およびロンドン大学キングスカレッジ共同の博士候補生である。以前はワシントンD.C.のスティムソンセンターで客員研究員を務めていた。研究テーマは、インドと南アジアの外交政策である。Twitterで連絡を取ることができる。

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