地域アジア・太平洋オーストラリアの原子力潜水艦は核拡散のパンドラの箱を開ける恐れがある

オーストラリアの原子力潜水艦は核拡散のパンドラの箱を開ける恐れがある

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=タリク・ラウフ】

数年前、原子力潜水艦(SSN)隊を手に入れるという“血迷った”ともいえる渇望に苦しんだ後、オーストラリアはついに、中国に対抗して新たに結成されたAUKUS(オーストラリア、英国、米国)というパッとしない名称を冠された同盟の下、バイデン政権から8隻のSSNを約束された。

アフガニスタンでの不名誉な失敗により、この苦悶する国を再び残忍なタリバンの抑圧下に置くことになったばかりだというのに、バイデン政権は、つい最近のアフガニスタン撤退に続き、オーストラリアにSSNと関連技術を供給するという無分別な決定によってグローバルな核不拡散体制に杭を打ち込んだ。(原文へ 

問題点

米国(および英国)の原子力潜水艦が燃料として使用しているのは、最長33年間交換不要な濃縮度93%〜97%の高濃縮ウラン(HEU)で、核兵器に使用されるものと同じ濃度である。それに対し、フランスの原子力潜水艦は濃縮度5%〜7.5%の低濃縮ウランを燃料にしており、平均して約10年で燃料補給が必要であるが、兵器級濃縮ウランは必要ない。

原子力による船舶推進技術、軍艦用原子炉の設計、また、それらの燃料の同位体組成および量は極秘事項となっている。1987年にカナダがSSNの取得を検討した際、考えられる調達先としてはフランス(リュビ/アメティスト級)と英国(トラファルガー級)の2カ国があった。

英国の場合、英国がSSN(米国の設計による原子炉と核燃料を用いる)を建造してカナダに供給するには米国議会の承認が必要になると、カナダは伝えられた。船舶推進用原子炉の設計と核燃料情報は、高度な機密分類の対象として扱われる。この秘密保持要件があるため、カナダは核不拡散条約(NPT)保障措置協定(INFCIRC/164)に基づいて国際原子力機関(IAEA)に詳細な情報を提出することができず、それによりカナダにおけるIAEA保障措置制度に抜け穴あるいは欠落が生じてしまう。かなり(おそらく詳細不明)の量の海軍核燃料向けHEUが、SSNに使用するために保障措置の対象から外されることになり、また30年以上後に艦から取り出された使用済み燃料も機密扱いとなる。そのためIAEAは海軍用途のHEUの量や同位体組成を測定することも、検証することもできなくなる。

オーストラリアの原子力潜水艦(SSN)

AUKUSの下で米国がオーストラリアにSSNおよびSSN技術を提供することに同意した今、議会の承認が必要になるだけでなく、オーストラリアはNPT保障措置協定(INFCIRC/217)に基づいて海軍の原子力推進用途のHEUの量と同位体組成を申告することができなくなるだろう。そのため、海軍の原子力推進に使用される相当量のHEUがIAEA保障措置(報告および検証)の対象外に置かれるという意味で、オーストラリアはブラックホールを生み出すことになる。したがって、筆者の見解においてオーストラリアは、「[IAEA]事務局は、申告された核物質が平和的原子力活動から逸脱している兆候を認めず、また、未申告の核物質や原子力活動の兆候を認めなかった。これに基づき、事務局は[オーストラリア]について、すべての核物質が平和的活動に留まっていると結論した」(強調は筆者による)とする、オーストラリアに対するIAEA保障措置「拡大」結論を得る資格はないはずである。

IAEA保障措置協定追加議定書は、未申告の核物質や原子力活動がないことに関する「拡大結論」について規定している。したがって、明確かつ正確にいえば、オーストラリアが海軍用核燃料に関する情報およびこれへのアクセスをIAEAに提供しないのであれば、IAEAはこの追加議定書INFCIRC/217/Add.1に基づいてオーストラリアに拡大結論を認めることはできないはずである。

これは、非常に悪い前例となる。なぜなら、ブラジルは長年にわたり海軍原子力推進の研究開発計画を引き合いに出してIAEAと追加議定書を締結することを回避し続けているからである。イランは、ウラン濃縮活動が必要なひとつの理由は原子力潜水艦を取得する可能性であると主張している。

オーストラリアと他のAUKUS加盟2カ国は、オーストラリア海軍が原子力潜水艦隊を取得する意図についてIAEA事務局長に伝達した。それは、いずれオーストラリアが自国のNPT保障措置協定の第14条を発動し、海軍用核燃料に用いる相当量の高濃縮ウランを保障措置の対象外とすることを意味している。したがって、「この協力の重要な目的は『核不拡散体制とオーストラリアの模範的な不拡散実績の両方の強み』を維持することであり、『今後数カ月間にわたってIAEAと協力していく』」というAUKUS加盟国の主張は、よく言っても矛盾語法である。

IAEA理事会にとって、「IAEAは、その法的義務に沿って、また、同機関と各国の保障措置協定に従って、この問題について彼ら[AUKUS]と関与していく」ことは深刻な懸念事項のはずである。というのも、海軍用のHEU燃料を保障措置の対象外とするパラグラフ14の規定がオーストラリアのみに適用され、英国と米国には適用されない(後の2カ国は核兵器国である)という点で、これはあまり意味がないからである。

IAEA理事会にとって責任ある唯一の方向性は、オーストラリアがパラグラフ14の規定を発動し、原子力潜水艦隊に用いる大量のHEUをIAEA保障措置の対象外にした場合、保障措置に及ぼす悪影響についてオーストラリアに警告することである。IAEA理事会は、オーストラリアや他のNPT非核兵器国がパラグラフ14の規定を発動することを申請した場合、それを拒否するだけの十分な分別を備えているだろう。むしろ理事会は、2005年の少量議定書の元の規定を取り消したように、INFCIRC/153 (Corr.)および関連するすべての保障措置協定のパラグラフ14の適用を無効にする責任ある決定を行うべきである。

AUKUSの下でオーストラリアがSNNを調達することは、特にアルゼンチン、ブラジル、カナダ、イラン、日本、サウジアラビア、韓国といった非核兵器国も、原子力潜水艦を取得して核燃料(低濃縮ウランおよび高濃縮ウラン)をIAEA保障措置の対象外にしようとすることによって、核拡散というパンドラの箱が開く恐れがある。これは、すでに新技術による課題に直面しているIAEA保障措置(検証)制度を弱体化させ、核物質が核兵器に転用される可能性をもたらすだろう。オーストラリアにSSNを供給するというAUKUSの決定は、徒労になるだけでなく、地域と世界の安全保障に深刻な脅威をもたらしかねない。

タリク・ラウフは、以前、国際原子力機関(IAEA)で事務局長直属の検証・安全保障政策課長(Head of Verification and Security Policy Coordination Office, reporting to the Director General)を務めた。また、過去にカナダ議会国防委員会および外交委員会の顧問を務めた。本記事は、個人的見解を表明したものである。

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