この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=チャンイン・ムーン】
韓国は、核武装を取るか、経済的繁栄と韓米同盟を取るかのいずれかを選ばなければならない。
冷戦時代とは、人類が核戦争という恐ろしい見通しに震えた時代であった。しかし、それは同時に、核抑止戦略や多岐にわたる核軍縮交渉から戦略的安定性が形成された時代でもある。これは、冷戦のパラドックスとして知られる。
しかし、ウクライナでの戦争が長引くにつれ、70年以上にわたって守られてきた「核のタブー」というパンドラの箱がカタカタと音を立て始めている。具体的には、低出力の戦術核兵器が使用される可能性が高まってきたことで、世界各国で懸念と論争が巻き起こっている。ウクライナでの戦争が北東アジアで核のドミノ倒しを引き起こすという懸念すらある。(原文へ 日・英)
その発端となったのはプーチンである。彼こそが、核兵器使用の可能性を公然とほのめかし、国際的な核体制を脅かしている人物である。西側の軍事的脅威を引き合いに出しつつ、プーチンは、ウクライナ侵攻から4日後にロシアの核戦力の準備態勢を引き上げた。その後4月9日に公の会合に姿を現した際には、「核のカバン」を持ち歩く政府要員を伴っていた。
プーチンや他のロシア指導者たちは、繰り返し西側に対し、国家の存立が脅かされた場合は核兵器を使用する可能性があるとシグナルを送っている。その意味は、戦況がプーチンにとって不利になった場合、あるいは西側が軍事介入した場合、彼は核兵器の使用に踏み切る可能性があるということだ。
CIAのウィリアム・バーンズ長官は、近頃行った講演で、ロシアが戦術核兵器や低出力の核兵器を使用する可能性を排除しないと述べた。
ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領による発言も、核ドミノのリスクを高めている。2月19日のミュンヘン安全保障会議に参加したゼレンスキーは、安全保障に関する1994年のブダペスト覚書で交わした、ウクライナがソ連崩壊時に自国内に残された核兵器を放棄すれば安全を保証するという約束を守っていないとして、西側諸国、具体的には米国と英国を批判した。彼はまた、自国の安全を守るために核兵器を保有したいという強い希望を表明した。
皮肉なことに、このような流れは、北朝鮮が長年にわたって追求してきた核武装を正当化し、戦術核兵器の有用性を強調することにほかならない。米国によるイラク侵攻とリビアのカダフィ政権転覆により、平壌の政権は、核武装が唯一の生き残りの道だという認識を強くした。ウクライナでの戦争は、実質的に、そのような考え方を決定的に裏付けるものとなっている。
このことは、近頃の軍事パレードで金正恩(キム・ジョンウン)が行った発言に如実に表れている。「わが国の核戦力の基本的使命は、戦争を抑止することだ」と金は言い、「わが国の基本的利益を侵害しようとする勢力があれば、わが国の核戦力は、想定外ながら第2の使命を断固として遂行せざるをえない」と付け加えた。
金の発言は、ロシアの暗示と同様に、平壌は核兵器を先制使用する可能性があるということを示唆している。さらに、北朝鮮の国営メディアは、4月16日の新型戦術誘導ミサイルの発射実験は、射撃能力の選択肢を多様化し、戦術核兵器の効率性を高めることを目的として計画されたと伝えた。これは、戦術核兵器を実戦使用のために配備するという核ドクトリンが朝鮮半島で具体化されつつあることを示唆している。
北朝鮮の核兵器と核ドクトリンが日増しに強化されるにつれ、韓国でも核武装を求める世論が高まっている。カーネギー国際平和基金とシカゴ・グローバル評議会が近頃実施した世論調査では、韓国人回答者の71%が、ソウルは北朝鮮だけでなく中国の脅威にも備えて自国の核兵器備蓄を進めるべきだと述べた。
広島と長崎への原爆投下という悲劇を経験した日本では、核兵器反対の声は依然として根強いが、韓国がロシア、中国、北朝鮮に追随して核武装すれば、日本も核武装するだろう。そうなれば、台湾も、自国の核兵器を保有する以外の道はない。このような核ドミノのシナリオは、地域のすべての国が互いに核兵器で恫喝し合うということであり、まさしく悪夢である。
ワシントンの評論家の一部が韓国の核武装という見通しを歓迎しているのは事実である。しかし、米国政府を含むワシントンの主流派は、この考えに断固反対する姿勢を崩さない。彼らの見解では、核武装した韓国は韓米同盟とは両立しない。
核兵器不拡散条約(NPT)に象徴される国際的な核不拡散体制は、依然として強固である。韓国が一線を越えれば、その途端に韓国は北朝鮮と同列の除け者国家となり、経済制裁と外交的孤立に直面する運命に陥る。
要するに、韓国は、核武装を取るか、経済的繁栄と韓米同盟を取るかのいずれかを選ばなければならない。前者を選べば、原則的にも実際的にも、後者を維持することはほぼ不可能になるだろう。
核拡散(北朝鮮の核問題に代表される)と核兵器の実戦使用の高まる可能性(ロシアの脅威に象徴される)が全ての国で不確実性を高めていることは否定できない。しかし、韓国にとってはそれでもなお、戦略的安定性を維持し、北東アジアで核のドミノ倒しが始まらないようにすることが国益にかなっている。
だからこそ、実際には、韓国の外交政策は、全ての国が先を争って核兵器を獲得しようとするような状況を防ぐことに重点を置くべきである。それはまた、韓米同盟の最重要課題であり、韓国と米国が共有しうる価値である。
韓国は手始めに、核拡散に向かって急激に高まりつつある圧力を下げるため、この地域における多国間協議体の発足を目指すことが考えられる。その場合、北朝鮮の核問題をめぐる膠着状態の交渉を早急に再開することがいっそう重要になる。
核兵器の暗い影が世界中を覆う今、誰にとっても時間は待ったなしである。
この記事は、2022年5月2日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載されたものです。
チャンイン・ムーン(文正仁)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。
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