この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=チャンイン・ムーン】
ある専門家が評したように、北朝鮮に関する進展は、我々が北朝鮮の視点で物事を見てはじめて分かる。
朝鮮半島情勢は危うさを増している。北朝鮮のリーダー金正恩(キム・ジョンウン)は、9月8日の最高人民会議における演説で核政策について詳しく定める法律の成立を宣言した際、同法を「注目すべき出来事」であり「歴史的大義」であると説明した。(原文へ 日・英)
「核兵器は我が国の尊厳と名誉を表しており、我が共和国の絶対的な力、および、朝鮮人民の大いなる誇りの源を意味する」とキムは続け、北の核保有国としての地位は撤回不能だということに疑問の余地はなかった。
「我が国の核兵器の放棄または非核化が先に来るなどということは絶対になく、また、それを目的とした交渉やその過程における取引材料もありえない」と彼は付け加えた。
新たに成立したこの法律は、これまで曖昧にされてきた詳細な事項に触れている。北朝鮮の核兵器の役割、核兵器の構成、指揮統制の構造、使用を決定するプロセス、使用の背景となる原則、使用の条件、核兵器の安全維持、管理および保護の手段、量的/質的な性能向上、そして、拡散抑止方法である。
要するに、これは国内外の聴衆に向けて、北朝鮮が自身を責任ある核保有国として提示する試みなのだ。最も悩ましい部分は、北が報復としての核兵器使用に限定していた過去の抑止戦略を超えて、核兵器の先制使用と戦術核兵器の配備を公式に認める攻撃的なドクトリンを採用したことだ。
韓国政府の反応は、北に対する核抑止力の強化に集中したものとなっている。
「強力な韓米同盟に基づく、拡大抑止の強化に答えを見いだしたい」 と韓国の尹(ユン)大統領は9月18日、「ニューヨークタイムズ」紙に語った。「拡大抑止には、アメリカの領土に配備された核兵器の使用のみならず、北朝鮮の核による挑発を抑止するために採りうるあらゆる包括的な手段も含まれる」
韓国とアメリカは、次官レベルの外交官および防衛官僚の対話チャネルである「拡大抑止戦略協議体」を通じて、ユンの北朝鮮に対する抑止計画を具体化してきた。この2カ国は、北朝鮮による核の脅し、核兵器使用の差し迫った段階、そして実際の核兵器使用の三つの段階における軍事的対応を探るため、拡大抑止の机上訓練を行うと発表した。
しかし、北朝鮮に反応してさらに抑止力を強化するというこの戦略は、平壌がその核戦力またはドクトリンをさらに強固なものにさせる恐れがある。これは、安全保障のジレンマとして知られる悪循環の典型的な事例である。
そのため、ユン政権は、北に対する拡大抑止を強調しながらも、同時に、「北朝鮮が非核化を選択するなら、明るい経済の未来が待っている」ことを約束する「大胆な構想」という形で、北朝鮮に対話を求めるメッセージを送った。
しかし、平壌はユンの計画を「大胆な妄想」だとして退け、韓国との対話を拒否した。
韓国政府は、北朝鮮の非核化を譲れない目標とし、北の核兵器に先制使用の可能性があれば、反撃だけでなく予防的攻撃も行う基本ドクトリンを採用し、いかなる状況下でも北朝鮮と核兵器削減協議を行わないとの原則を強調してきた。それに鑑みれば、対話が外交交渉の扉を開くとは考えにくい。
欧州議会のオランダ選出議員であるミヒール・ホーヘフェーンは、9月19日、延世大学北朝鮮研究所における講演で、韓国政府の立場と対照的な考えを提唱した。ホーヘフェーンは、北朝鮮は既に核施設、材料、弾頭およびミサイルを保有しているだけでなく、 6回の核試験を実施し、その核装置をより小さく、軽量で、多様なものとすることでその核戦力を大いに拡大してきたと述べ、北朝鮮は事実上の核保有国だ、と結論付けた。
このオランダの議員は、これらのことを考慮せずに完全かつ後戻り不能な非核化を外交交渉の直接の目標とすることは非現実的だ、と主張した。さらに、北朝鮮は、アメリカの核の傘の下にいる韓国からのそのような要求を受け入れることは決してないだろう、という。
したがって、現段階での最善策は、北朝鮮との平和的共存の道を探ることだ、とホーヘフェーンは述べた。それには、北朝鮮への制裁に対する柔軟さと、緊張緩和および信頼醸成のための熱心な努力が必要となるであろう。
これは果たして、答えとなりうるだろうか?
もし、ユン政権が絶対的に非核化に固執し、かつ、拡大抑止の強化を支持する方針が、この問題に対する根本的な解決を追求するうえであまり役に立たないなら、ホーヘフェーンが提唱する、北朝鮮を核保有国として認知し、核武装した平壌との平和的共存を追求することは、韓国にとって辛い事実となるだろう。
まさに、韓国の国民感情を踏まえれば、そのような一歩は想像しがたい。
非核化のナラティブ、あるいは、現状維持を受容するというナラティブのいずれも、実行可能な選択肢とは思われない。それが問題だ。
「我々は北朝鮮の核問題を取り上げるのをやめて、朝鮮半島における平和的共存のみについて話すべきだ」と、元・韓国国家情報院長である李鍾贊(イ・ジョンチャン)氏は、韓国のニュース雑誌「時事ジャーナル」の最近のインタビューで述べた。「北朝鮮に関して進展をもたらす唯一の方法は、北朝鮮の視点で物事を見ることだ。もう韓国はアメリカ、中国の両国に対し、自国の考えを述べる時だ」
イ氏の見解は、以下のように要約することができる。第1に、彼は、北朝鮮の核兵器を直ちに排除して初めて平和が訪れると考えるよりも、平和構築を進めながら非核化の呼び水を入れることが可能だと考えている。第2に、彼は戦略的共感、すなわち我々が北朝鮮にこうあってほしいということよりも、北朝鮮の条件に基づいてその意図を理解することを呼び掛けている。第3に、彼は、韓国はアメリカや中国に盲目的に追随するよりも、寛容な解決策を見いだすための創造的な取り組みを採用してほしい、と考えている。
この経験豊富なベテランによる、常識、理性そして経験的伝統の原則に根差した解決策を求める洞察に満ちた主張は、以前にも増して大きく響くものがある。
チャンイン・ムーン(文正仁)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。
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