【ニューデリーSciDev.Net=ランジット・デブラジ】
インドの都市は、微小粒子状物質(PM2.5)の濃度に基づいて、世界で最も汚染された都市のひとつに数えられている。しかし、最新の研究によれば、命に関わるもうひとつの汚染物質「地表オゾン」の増加とも闘っていることが明らかになった。
学術誌『Global Transitions』に発表された研究によると、インドでは2022年に地表オゾンによる死亡者が5万人を超え、その経済的損失は約168億米ドル(同年の政府医療支出総額の約1.5倍)にのぼった。
「地表オゾンは、健康に有害なだけでなく、温室効果によって生態系や気候にも影響を及ぼす有毒ガスです」と話すのは、インド工科大学カラグプル校のジャヤナラヤナン・クッティプラト教授で、本研究の責任著者である。
オゾンは酸素の一種であり、成層圏と地表の両方に存在する。自然に形成される成層圏のオゾンは、有害な紫外線を遮る役割を果たすが、一方で地表オゾン(グラウンドレベルオゾン)は、人間活動による汚染物質の化学反応によって生成される。
たとえば、車の排気ガスに含まれる窒素酸化物が、産業活動やゴミの山から放出される揮発性有機化合物と反応することで、地表オゾンが生成される。
地表オゾンはスモッグの主成分であり、人の健康や環境に悪影響を及ぼす。
「私たちの研究では、インドの多くの地域で、世界保健機関(WHO)が推奨する70マイクログラム毎立方メートルという基準値を超えるオゾン濃度が確認されました」とクッティプラト教授はSciDev.Netに語った。
同氏によると、短期的な地表オゾンへの曝露は、心疾患、脳卒中、高血圧、呼吸器疾患による死亡リスクを高める。さらに、長期的には肺活量の低下、酸化ストレスの誘発、免疫応答の抑制、肺の炎症などを引き起こす可能性があるという。
「オゾン・気候の相乗効果」とは
気候変動、気温上昇、気象パターンの変化は、「オゾン・気候の相乗効果(ozone-climate penalty)」と呼ばれる現象を通じて、地表オゾンの濃度をさらに高める。
オゾン生成に影響する要因には、太陽放射、湿度、降水量、そしてメタン、窒素酸化物、揮発性有機化合物などの前駆物質(化学反応によって汚染物質を生成する物質)が含まれる。
クッティプラト氏によれば、地表オゾンの汚染は暑い夏季に悪化し、6月から9月のモンスーン期には雨により汚染物質が洗い流されることで軽減され、太陽放射の減少により光化学反応も抑えられるという。
また、微小粒子状物質(PM2.5)への曝露が、オゾンの健康影響を悪化させる可能性があるとクッティプラト氏は警鐘を鳴らす。「オゾンとPM2.5の複合的影響によって、呼吸器疾患の増加や死亡リスクの上昇が生じる可能性があります。」
PM2.5とは、直径2.5マイクロメートル未満の粒子で、肺を通じて血流に入り込むことができる極めて小さな粒子である。
2024年の「世界大気質報告書」によれば、PM2.5の健康負荷が最も大きい世界の20都市のうち11都市がインドにあり、デリーは「世界で最も汚染された首都」としてランク付けされた。
さらに『ランセット・プラネタリーヘルス』誌に掲載された別の研究では、インドの全人口がWHOのガイドラインを超えるPM2.5濃度の地域に居住していることが示されている。
農作物の収量への影響
地表オゾンは健康だけでなく、光合成の過程に影響を及ぼすことで農作物にも悪影響を与える。オゾンによって光合成系、二酸化炭素の固定、色素が損なわれると、炭素の取り込み能力が低下し、作物の収量が減少する。
本研究によれば、インドではオゾン汚染によるコメの収量損失が、2005年の739万トンから2020年には1146万トンへと増加し、29億2000万米ドル相当の損失が生じ、食料安全保障にも影響を与えた。
仮にオゾンの前駆物質の排出が現状維持であったとしても、気候変動の進行だけで、南アジアの高度に汚染された地域では2050年までに地表オゾン濃度が増加する可能性があるという。特に、インド・ガンジス平原といった肥沃な地域では、農作物の大きな収量損失が予想される。
政策の展望と対策
インド気象庁の元副局長であり、現在はムスーリーの国家行政学院の客員教授であるアナンド・クマール・シャルマ氏は、地表オゾンの増加は今後ますます懸念される課題だとしながらも、「現時点では他の汚染物質への対応が優先されている」と述べる。
「本研究が指摘する通り、オゾンによる年間5万人の死亡は確かに重大だが、PM2.5による年間数百万人の死亡に比べれば、差し迫った問題とは言えません」とシャルマ氏は語る。
「さらに、非常に暑いプレ・モンスーン期には、熱中症などによる死亡が注目されがちです」
一方で、シャルマ氏は、2019年に導入された「国家大気浄化計画(National Clean Air Programme)」の政策により、今後状況が改善されていくと確信している。
「地表オゾンの多くは、モンスーンの雨など自然の働きによって除去されます。報告されているオゾン濃度の上昇に対処するには、窒素酸化物、メタン、PM2.5といった前駆物質の排出を削減することが最善の策です。国家大気浄化計画では、まさにこの方向での取り組みがすでに始まっています」(原文へ)
INPS Japan
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