SDGsGoal13(気候変動に具体的な対策を)気候災害リスクの上昇により、一部のコミュニティーは移転を余儀なくされる

気候災害リスクの上昇により、一部のコミュニティーは移転を余儀なくされる

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2024年7月3日に「The Conversation」に初出掲載され、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で再掲載されたものです。

移転に関する国民的議論が、今こそ必要である。

【Global Outlook=ロズリン・プリンスレイ、ナオミ・ヘイ 

多くのオーストラリア人は、洪水、火災、海岸浸食、サイクロン、猛暑など、気候変動とそれに伴う異常気象にますますさらされる地域に住んでいる。災害が起こるのをただ待っていたら、何十万人もの人が避難を余儀なくされるだろう。

2022年にニューサウスウェールズ州北部で発生した破壊的な洪水は、被害が起こりやすい場所からコミュニティーを移転させないことの危険を示すものだ。被災から2年以上経ってもなお、リズモー市は復興の途上にある。多くの人がまだ仮設住宅に残っており、自宅に戻ることも、事業を再開することも、よそに移る資金にアクセスすることもできずにいる。(

しかし、ほかの選択肢もある。前もって計画を立て、最もリスクの高い地域を特定し、災害に見舞われる前にコミュニティーを恒久的に移転することができる。筆者らの最近の論文では、そのような戦略が緊急に必要であることを説明し、それをどのように実行するかについて助言を提供している。

重要な点として、筆者らは、この戦略の陣頭指揮を執る連邦移転局の設立を提唱している。移転の見通しは、住民に不安やトラウマを与えるかもしれないが、一方でそれは新しい機会と長期的な利益をもたらす。しかし、行動は今起こさなければならない。

増大する気候関連リスク

 気候変動がオーストラリア全土の住宅や不動産に損害をもたらすという証拠が、次々に示されている。

例えば、メルボルン市街地は、メルボルン・ウォーターによる最新版浸水リスクモデリングで浸水想定区域に指定されたのを受けて、保険料の引き上げや不動産価値の低下に見舞われるだろう。マリバーノン川の東に位置するケンジントンバンクス・エステートは、かつては賞を受賞したこともある都市再生プロジェクトだった。今では当局が大急ぎでハイリスクの住宅を守り、将来の浸水被害を防ごうとしている。

シドニーにある気候リスク分析会社クライメット・バリュエーション(Climate Valuation)は近頃、オーストラリア全土について川の増水による住宅浸水リスクを評価した。それにより明らかになったハイリスク物件は、2030年までに保険に加入できなくなるか、加入できなくなる可能性がある。

分析対象となった住宅の約25戸に1戸は、2030年までに保険に加入できなくなる見込みが高い。具体的には、14,739,901戸の住宅のうち588,857戸である。最も想定被害の大きい地域では、10戸のうち1戸以上が保険加入不可能になると見込まれる。

これらの住宅は、浸水により損害を受ける見込みが極めて高く、所有者には、住むこともできず、修繕する余裕もなく、売ることもできない住宅が残される。

すでに、海岸から150メートル以内に立地する住宅の10戸に1戸は、海岸浸食の被害を受けやすい状態にある。海面上昇によりオーストラリアの一部が居住不可能になる日は、そう遠くないだろう。

海面が1.1メートル上昇すると、最大で25万棟の居住用建築物が海岸浸水と海岸浸食の被害を受けると見込まれる。これは、高排出シナリオにおいて2100年までに現実のものになると予想される。ただし、氷床の溶解については不確実性が高いため、2100年までに2メートル近く海面が上昇する可能性も排除できないことに注目するべきである。

その一方で、オーストラリアの一部は、あまりにも暑くなっているか、ますます森林火災のリスクが高くなっている。

浸水想定区域モデリングの改訂により、一部の住宅は「保険不可能」になる可能性がある(ABC News,7.30)。

警鐘を鳴らす保険会社

気候変動は保険料を押し上げており、そのため保険業界はコミュニティー移転を話題にしつつある。

昨年、オーストラリアとニュージーランドで最大の保険会社であるIAGが、計画的移転における促進要因や阻害要因を調査する報告書を委託作成した。報告書は、意思決定にコミュニティーの参加を得ることについて検討し、政府が計画移転プログラムをどのように実施し、管理することができるかについて提案を行っている。

その後、Suncorp GroupとNatural Hazards Research Australiaは、「助成を受けたコミュニティー移転に関する国民的議論を促進する」ためにディスカッションペーパー を発表した。ペーパーは、当局に対し、自然災害リスクをマッピングし、優先度の高い自然災害リスク想定区域に関する国民的議論のために情報を提供するよう促している。これには、保険会社からのデータも盛り込まれると考えられる。

上院のある調査では、気候リスクが保険料とその利用可能性にどのような影響を及ぼすかが調査されている。

リスクにさらされる病院、サービス、道路

ニューサウスウェールズ州(NSW)は、州災害軽減計画に計画移転を明記した最初の州である。「危険への曝露を軽減する手段」の一つとして、管理された移転が挙げられている。ただし、同計画は次の点を認めている。

ハイリスク地域の住宅からの管理された移転(バイバックまたは任意買い取りと呼ばれる)は、家、場所、コミュニティー、国との長期的な結び付きゆえに、混乱やトラウマをもたらす恐れがある。

コミュニティーへの災害リスクを評価する際は、重要インフラも考慮に入れる必要がある。NSWの計画では、100年に1度の洪水による被害のリスクがある64の警察署、54の州緊急サービス施設、19の総合病院が特定されている。また、海面が1メートル上昇すると、州内の800キロメートルを超える地方道路が影響を受け、深刻な混乱を引き起こすとも記されている。

NSW復興局は、州の計画・住宅・インフラ省とともに、管理された移転に関する州の政策を2025年半ばまでに策定することになっている。

移転はすでに起こっている ― 災害後

ノーザンリバーズ地域の洪水により、3,500戸を超える住宅が居住不可能になった。約1,100戸は、州のResilient Homes基金による買い上げの申し出を受けると予想された。復興局は現在、1,090件の買い上げ申請の処理に当たっている。

さらにクイーンズランド州南東部の800戸の住宅が、クイーンズランド州復興局を通して買い上げられると見込まれる。

しかし、災害の後に買い上げを行うことは、混乱をもたらし、管理が難しい。前もって計画するほうが良いだろう。

先を見越した移転に投資し、災害復興の費用を節約

コミュニティーが元の場所に留まり、災害が起こった場合、オーストラリアの納税者は復興の費用を分担することになる。異常気象が増えれば、この費用はだんだん負担しきれなくなるだろう。

 移転の取り組みについて、州、準州、自治体、コミュニティー、個人と調整する連邦移転局が必要である。

連邦は、移転に関する州と準州の取り組みを調整し、指導するという特殊な立場にある。努力が重複しないようにし、一貫して最善の施策が採用されるようにし、移転のための国の資源が最大限の効果をあげるよう活用することができる。

エビデンスに基づくダイナミックなリスクマッピングによって、優先度の高い場所、特に複数の気候関連リスクにさらされている場所を特定することができるだろう。例えば、沿岸部で海面上昇と川の洪水リスクが同時に発生する、あるいは森林火災で土壌がむき出しになり、地勢の吸水力が低下した結果、洪水リスクが上昇するといったことだ。

移転局は、インフラ、移転可能な土地、機械設備、サプライチェーン、専門知識など、公共および民間部門のリソースを記録する。

帰属意識と場所への愛着が強いコミュニティーは、多くの場合、移転に抵抗を示す。場所を失う可能性は、大きな心理社会的影響を及ぼすため、コミュニティーとの慎重な関与が不可欠である。

気候関連災害が激化するにつれ、自分の家が居住不可能または保険不可能になる人が増えるだろう。オーストラリアは、最もリスクの高いコミュニティーの移転計画を、手遅れになる前に、今すぐ始める必要がある。その長期的な利益は計り知れない。

筆者らは、本記事の元となったイシューペーパーを共同執筆した、オーストラリア国立大学、タスマニア大学、キャンベラ大学、シドニー大学、Mather Architectureの専門家の方々に、心より感謝する。

ロズリン・プリンスレイは、オーストラリア国立大学の災害ソリューション学責任者である。

ナオミ・ヘイは、オーストラリア国立大学アート・デザイン学部のコンビーナー兼講師である。

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