【バンコクIDN=カヴェー・ザヘディ】
私たちは決定的な瞬間を生きている。新型コロナウィルスの感染拡大がもたらす壊滅的な影響は世界のあらゆる場所に及んでいる。この時期を振り返ってみた時に、歴史が「コロナ以前の世界」と「コロナ後の世界」に分割されてしまったことに気づくだろう。
「ポストコロナ」の世界を決定づける特徴の一つは、私たちの生活のあらゆる側面を貫いている、デジタル化による社会変容ということにあろう。主席技術官なら、経済と社会のデジタル化を予測不能なペースで推し進めた新型コロナウィルスのパンデミック(世界的大流行)が、自分たちの任務を完了させてしまったというかもしれない。
デジタル化による社会変容はデジタル技術の興隆と共に進行してきた。こうした技術は、各国政府が空前のペースと規模で社会保護措置を実行する上で、支えとなってきた。e-保健やオンライン教育を可能にし、企業がデジタル金融やe-コマースを通じて経営を存続させ取引を続けることを可能にしてきた。
しかし、各国がポストコロナに向けた再建に取り掛かりつつある中で、私たちが直面している最も深刻な問題のひとつは、現在身近で起きているデジタル化による社会変容が、アジア太平洋地域の国々で、極端な格差を広げないようにすることであろう。
もし、「誰も置き去りにしない」という持続可能な開発目標(SDGs)の公約を果たそうとするならば、「包摂」こそが、デジタル化による社会変容の中心に据えられねばならない。とりわけ、「包摂」という目的を、インターネットのアクセス、デジタル関連スキル、デジタル金融、e-コマースというデジタル経済の4つの中心的基盤の中に埋め込む必要がある。
おそらく読者は、この記事をノートパソコンか携帯電話で読んでいることだろう。つまり、デジタル世界へのアクセスがあるということだ。そうしたアクセスがない状態でコロナ禍を生きていくなど、想像もつかないことだ。しかし、残念なことに、アジア太平洋地域に暮らす20億人以上の人々にとっては、それが現実なのである。
そして、その20億人の中には、社会的に最も弱い立場の人々が含まれる。たとえば、東アジアと太平洋地域の学生の約20%、南アジア・西アジアの学生の約40%は、昨年、リモート学習を利用することができなかった。このことは、世代間格差と貧困を永続化させてしまう効果を持つことだろう。
デジタル格差に対応するために、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が進めている「アジア太平洋情報スーパーハイウェイ構想」が、①インフラの接続性、②効率的なインターネットのトラフィックとネットワーク管理、③e-強靭化、④ブロードバンド環境の安価な整備という4つの相互に関連した柱に焦点を当てている。
しかし、インターネットのアクセスを確保するだけでは十分ではない。アジア太平洋地域ではデジタル関連スキルの格差がますます拡がりつつある。アジア太平洋地域でデジタル経済の分野で最も先進的なトップ10カ国においては、人口の9割以上がインターネットを利用している。今世紀の初め、この割合は25%程度だった。対照的に、ワースト10カ国においては、インターネット利用者は2000年当時が1%で、現在でもわずか20%にとどまっている。
これに対応して、UNESCAPが運営している「アジア太平洋情報通信教育訓練センター 」では、政策決定者や女性・若者を対象に、需要主導型教育訓練プログラム提供して、デジタル関連スキルを身につけさせている。
デジタル金融に関しては、電子決済の利用者が最近増えつつあるものの、男女間の格差が続いている。加えて、東アジアと太平洋地域では、女性が主導する起業において、1.3兆ドルもの資金ギャップが発生している。
また、アジア太平洋地域が世界のe-コマース取引の4割以上を占め、世界のe-コマース市場を主導しつつあるが、内訳をみればこれらの利得は域内のごくわずかの市場によって主導されているという問題がある。
これに対してUNESCAPが実施している「女性起業媒介プロジェクト」では、コロナ禍でより厳しい状況に直面している女性起業家を支援するために、革新的なデジタル金融とe-コマースの解決策を生み出すことで、彼女たちの抱える問題に対処しようとしている。例えば、「デジタル家計簿アプリ」や「アグリテック解決法」のような取り組みを通じて、幅広いデジタル金融やe-コマースソリューションをサポートし、女性起業家が少しでも生き残っていけるような包摂的オプションを提供している。今日までに、このプロジェクトを通して7000人以上の女性起業家が資金提供を受け、民間資本5000万ドル以上を活用した。
「包摂」は、まちがいなく、包摂的なデジタル経済の中核的な基礎を築くことに焦点を当てたESCAPの技術・イノベーションをめぐる活動の中心理念である。
ESCAP、アジア開発銀行、国連開発計画が最近出した報告書『新型コロナウィルスへの対応:どの国も置き去りにしない』は、コロナ禍においてデジタル技術が果たした中心的な役割とコロナ後の社会再建において果たしうる役割を強調した。しかし、報告書は、全ての人々に安価で信頼性の高いインターネットを提供し、コロナ後の社会再建で中核的な役割を果たすデジタル経済の核心部分にアクセスできるような取り組みを各国が進めない限り、デジタル化は、国内及び国家間における経済・社会開発の格差を拡大することになりかねないことを示している。
デジタルによる社会変容は間違いなく起こるが、その方向性は定かではない。各国政府や市民社会、民間部門は、デジタル技術が経済だけではなく社会や環境にも好影響を与え、「包摂」を中心的な理念とするように、互いに協力しなくてはならない。そうして初めて、持続可能な開発目標における前進を加速させるデジタル技術の変革的なポテンシャルを発揮させる機会を得ることができるであろう。(原文へ)
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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