【国連IPS=タリフ・ディーン】
ロシアからの間接的な威嚇が続き、ウクライナに対する核攻撃の警告が発せられる中、欧州の一部の政治家が欧州連合(EU)も核兵器を保有すべきだとの議論を展開し始めた。
しかし、国際反核法律家協会(IALANA、ドイツ)のフォルケルト・オーム共同代表はIPSの取材に対して、「EUの核保有を呼びかけることは国際法に反します。」と語った。
「国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見は、国家は、自衛の極端な状況下にあっても、国際人道法の条件を満たした兵器でもって自らを防衛することができるのみであると判示しています。しかし核兵器はこの条件を満たしません。核兵器には放射性物質が含まれているため、『クリーン』な核兵器など存在しないのです。EU、とりわけ一部のドイツの政治家による議論や発言は、多くの点で国際法を蔑ろにしています。」とオーム共同代表は指摘した。
「ドナルド・トランプ氏が米大統領に返り咲くことが予想される中、EU最大の政治会派のトップが、欧州も米国からの支援なしに戦争に備え、自らの核の傘を持つべきだと主張している。」と米オンライン雑誌『POLITICO』が報じた。
中道右派「欧州人民党」グループのマンフレッド・ウェーバー議長は、「トランプ氏とロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2024年の枠組みを決める2人の人物だ。」と述べた。
欧州連合の構成27カ国は、オーストリア・ベルギー・ブルガリア・クロアチア・キプロス・チェコ共和国・デンマーク・エストニア・フィンランド・フランス・ドイツ・ギリシャ・ハンガリー・アイルランド・イタリア・ラトビア・リトアニア・ルクセンブルク・マルタ・オランダ・ポーランド・ポルトガル・ルーマニア・スロバキア・スロベニア・スペイン・スウェーデンである。
しかし、フランスは、米国・英国・中国・ロシア・インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮と並んで、EUで唯一核兵器を保有している。
IALANA副代表で、核政策法律家委員会シニア・アナリストのジョン・バローズ氏は、IPSの取材に対し、「欧州連合(EU)やその他欧州機関が核兵器を取得することへの関心は、ロシアの違法なウクライナ侵攻と、それに伴う核の脅威に起因しています。」と指摘したうえで、「しかし、解決策は欧州の核兵器への依存を増やすことではありません。むしろ、ウクライナに対するロシアの戦争を早期に終結させることであり、これにはウクライナ側の痛みを伴う妥協が必要となってくるだろう。」と論じた。
「それによって、紛争から生じる核戦争の真の危険性を排除し、ロシアとの軍備管理および軍縮協議を再開する道を開くことが可能となります。これは、EUまたは他の欧州の組織が核兵器を取得するよりもはるかに良い道です。欧州自前の核武装はIALANAドイツ支部が声明で指摘しているように、核不拡散条約に違反し、すでに進行中の核軍拡競争を加速させ、他の地域での核拡散を助長する恐れがあります。」と、バローズ氏は指摘した。
「『欧州の核』への関心は、かつて米大統領を務め、また今度務めることになるかもしれないトランプ氏が『米国は北大西洋条約機構(NATO)から手を引く』と示唆したことによって加速した面がありますが、この懸念は誇張されています。」
「米国政府全体としてはNATOに深くコミットしており、そのことは、NATOからの脱退には米議会の同意が必要との法律を米議会が可決し、ジョー・バイデン大統領もそれに署名した事実に表れています。他方、フランスと英国の核戦力は、NATOを通じて欧州防衛のために利用可能だという現実もあります。」
「英仏の核戦力は米ロの核戦力ほど大きくも多様でもないが、ロシアなどの国々に攻撃を思いとどまらせるには十分な規模です。しかしより根本的には、IALANAドイツ支部の声明が述べているように、米国の核であれ欧州の核であれ、核兵器に依存すること自体が、法に基づく世界秩序と相いれないものであり、核依存を増すことは間違った方向です。」とバローズ氏は語った。
ウェーバー議長は、「私たちはNATOを望んでいますが、トランプの時代でも、それなしで自らを防衛できるほど強力でなければなりません。」と、キエフへの列車訪問の帰路で『POLITICO』との電話インタビューで語った。」
ドイツで強い影響力を持つ保守派のウェーバー議長は、「米国で誰が(大統領に)選ばれようとも、欧州は自らの外交政策をしっかりと持ち、独自の守りを固めねばなりません。」と語った。
しかしこの発言は、欧州による核防衛という難問を惹起した。『POLITICO』によれば、NATOは現在、ベルギー・ドイツ・イタリア・オランダ・トルコの6カ所の空軍基地に配備された米国の核兵器に大きく依存している。
「欧州は抑止力を構築しなければなりません。抑止力を持ち、自らを防衛せねばなりません。いざという時、核の選択肢が本当に決定的なものになることは誰もが知っています。」とウェーバー議長は語った。
ロシアによるウクライナへの全面侵攻以来、プーチン大統領の核のレトリックは激しさを増しており、西側諸国に対する間接的な核使用の威嚇を定期的にほのめかしてきた。
EU内で、より大きな役割を果たすことができる唯一の国はフランスで、約300発の核弾頭を保有している。
260発弱の核兵器を保有している英国は欧州の核保有国ではあるが、EUの一員でない。「おそらく、我々のオプションを明確にしておくために、英国のEU脱退という問題はあったものの、英国の友人たちと建設的な話を始める段階にあるのではないだろうか。」とウェーバー議長は続けた。
「西部諸州法律家協会」(米カリフォルニア州オークランド)のジャクリーン・カバッソ代表はIPSの取材に対し、「ロシアの違法なウクライナ侵攻とそれに伴う騒がしい核使用の威嚇の中で、ドイツ政府の元高官や政治家の一部が欧州連合による核保有を主張し始めています。」と語った。
例えば、緑の党のヨシュカ・フィッシャー元外相は昨年、『シュピーゲル』誌に対し、「プーチンの帝国主義的なイデオロギーに従う隣国ロシアがある限り、このロシアを抑止せずにはやっていけません。」と語っている。
抑止力とは、ドイツが独自の核兵器を保有することも含まれるのか、と問われたフィッシャー元外相は、「それは実に難しい問題だ」としたうえで、ロシアのプーチン大統領は「核の威嚇を行っている」と指摘し、 「ドイツ連邦共和国は核兵器を保有すべきかと問われればノーだ。では欧州はとうかと問われればイエスだ。EUには独自の核抑止力が必要だ。」と語った。
「IALANAドイツの声明で指摘されているように、このような計画は核不拡散条約やその他の関連法規に違反します。しかし、それ以上に憂慮すべきは、フィッシャー元外相らが示唆しているような核の脅威が常態化し核拡散が正当化されることです。」と、カバッソ事務局長は語った。
「すべての核保有国が核兵器を質的、場合によっては量的にアップグレードし、新たな多極的軍拡競争が進行中であり、核保有国間の戦争の危険性が高まっていいます。このような状況でさらに世界の核保有国の数が増えることになれば、それは実に恐ろしいことです。」
「ドイツをはじめとするEU加盟国は、核兵器保有を示唆するいかなる主張もはねのけ、核兵器への依存を率先して否定し、あらゆる外交手段を駆使してロシアとの温度差を縮め、ウクライナ戦争を終結させ、核軍縮プロセスを開始するために核保有国間の交渉を促進すべきです。」と、カバッソ氏は主張した。
ブリティッシュ・コロンビア大学(バンクーバー)公共政策グローバル問題大学校「軍縮・グローバル・人間の安全保障プログラム」の責任者であるM・V・ラマナ教授は、EU加盟国の大部分はNPTに非核兵器国として署名している事実を指摘した。
NPT第2条は「核兵器を保有しない締約国は、いかなる移譲者からも、直接的または間接的に核兵器やその他の核爆発装置、あるいはそれらの制御を受け取らないこと、また、核兵器やその他の核爆発装置を製造またはその他の方法で取得しないこと、ならびにその制御を求めないこと」と規定している。
同様に、EU加盟国であれ(例えばフランス)、そうでない場合であれ(例えば米国)、NPTの締約国である核兵器国は、条約第1条によって「核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者に対しても直接又は間接に移譲しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造若しくはその他の方法による取得又は核兵器その他の核爆発装置の管理の取得につきいかなる非核兵器国に対しても何ら援助、奨励又は勧誘を行わないこと」を義務付けられている。
提案されている「EUのための核兵器」を誰が管理することになるのか、その詳細に立ち入るまでもなく、このような兵器庫がNPTの精神に反し、すでに脆弱な核不拡散・軍縮規範を弱体化させることは明らかである。
IALANAが指摘しているように、EU諸国はこのような考えから距離を置き、核兵器のない世界に向けて邁進すべきです。」とラマナ氏は語った。(原文へ)
This article is brought to you by IPS Noram, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.
INPS Japan/IPS UN Bureau
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