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SDGsGoal16(平和と公正を全ての人に)|視点|プーチンのウクライナへの侵略が世界を変えた(フランツ・ボウマン 元国連事務次長補、ニューヨーク大学客員教授)

|視点|プーチンのウクライナへの侵略が世界を変えた(フランツ・ボウマン 元国連事務次長補、ニューヨーク大学客員教授)

【ニューヨークIDN=フランツ・ボウマン】

戦争は地理について様々なことを教えてくれる。今年2月中旬時点では、マリウポリハルキウ、ブチャ、ケルソン、チェルニヒフ、イルピンといった地名について、私の携帯電話のオートコレクト機能は認識せず、西ヨーロッパや米国在住者で、これらの場所の位置を地図上で特定できた人はほとんどいなかった。しかし今では、ウラジーミル・プーチン大統領が発動した「特殊軍事作戦」の衝撃的な映像のせいで誰もが知るところとなった。

プーチンの命令がもたらしたもの

Image source: Sky News
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戦争は、国の強さやレジリエンス(強靭性)についても教えてくれるし、弱点も明らかにしてくれる。ドイツのヘルムート・シュミット元首相がかつてロシアを「ロケットのあるガソリンスタンド」と呼んだように、核兵器保有国であることを除けば、世界にとってこの国の重要性は、資源輸出と政治をとおして地球温暖化の緩和を阻害していることだろう。ロシアの輸出品は主に原材料で、石油、ガス、石炭は世界の供給量の約20%を占め、連邦予算の5割を占めている。特に欧州連合(EU)の一部の国における、ロシア産天然資源への依存度は高い。

プーチン政権下の20年間、化石燃料の輸出で稼いだ数兆ドルは、軍需産業を支え、利潤を追求するオリガルヒ(新興財閥)層を作り上げた。彼らの莫大な富は、西側各地の高級不動産に投資され、2022年3月までは、そこで彼らの子どもたちが勉強し、彼らのジェット機が駐機し、彼らのヨットが停泊していたのである。

過去20年間に発展した、この持ちつ持たれつのビジネスモデルは、今や破綻している。欧州諸国はロシアの化石燃料を購入し、ロシア政府の暗黙の了解の下でオリガルヒが横領した販売収入のかなりの部分をリサイクル、いや、洗浄していたのだ。30年前、ロシアのGDPは中国並みだったが、今では中国の10分の1、或いは人口が6700万人とロシアの1億4400万人の半分以下で天然資源もないフランスの約半分程度になった。

圧倒的な優勢が喧伝されていたロシア軍の苦戦は予想外の展開だった。2週間でキエフを占領するというプーチンの壮語は見事に崩れ去った。そうした軍事目標を成し遂げるには、より優れた軍隊とより脆弱な敵が必要だったのだ。今回の経験から改めて得られた教訓は、独裁者を宥めても紛争は回避できず、かえって紛争を誘発しより凶暴なものにするということだ。

プーチンがもたらした破壊

ロシアのウクライナに対する戦争は、その無計画な破壊と徹底的な残酷さにおいて恐ろしいものである。病院、劇場、アパート、ショッピングセンター、学校、教会、博物館、郵便局、スポーツ施設、老人ホーム、橋、さらには原子力発電所やホロコースト記念館までもが爆撃されている。ロシアは、表向きの大義名分として、特別軍事作戦は、ナチス勢力に支配されたウクライナを開放し、ドンバス地域で横行している大量虐殺を防ぎ、退廃した西側により脅かされているロシアの安全保障上の利益を前進させるためとしている。

国際司法裁判所はウクライナの主張を受け入れ、ロシアの侵略を正当化する証拠がないと指摘し、ロシアに軍事作戦を即時停止するよう命じた。平和維持に責任を負っている国連安保理の常任理事国が、国連憲章の原則に反して、侵略戦争を仕掛け、国境を侵し、組織的に民間人を狙い(国際人道法上の戦争犯罪)、核兵器の使用を威嚇したことは、理解しがたいことである。

プーチンの人命軽視は、ウクライナ人に限ったことではない。プーチンの焦土作戦により、この1カ月で1万人を超えるロシア軍兵士が死亡した。20年間のアフガニスタン紛争での米軍兵士の死者数が2218人であるのに比べれば、その差は歴然としている。ロシア軍兵士の中には、2002年に期限切れとなった食糧を携行する者もいれば、無線で食糧や水、燃料を要求する者もいた。プーチンの犯罪性は、ロシアという国家を人質に取り、国と国民を国際的な悪者に仕立て上げたことだ。これを元に戻すには何世代もかかるだろう。

プーチンが引き起こした混乱

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

混乱はプラスにもマイナスにも作用する。プラス面では、プーチンはウクライナ、北大西洋条約機構(NATO)、EUを団結させ、新型コロナのパンデミックに直面してもなし得なかったこと、すなわち世界経済の脱炭素化を加速させ、パリ協定の目標を復活させたことである。新型コロナのパンデミックからグリーンリカバリーを実現する機会が無駄にされたのだから、早すぎるということはない。2020年と21年に、G20は約14兆ドルの景気刺激策を支出したが、そのうち温室効果ガスの排出を削減する分野に割り当てられたのはわずか6%で、3%は排出を増加させる活動に充てられた。

しかし、これはプーチンが関与する前の話だ。今、世界では、第一に化石燃料からの脱却、第二に効率化に真剣に取り組もうとしている。つまり、化石燃料への補助金を減らし、グリーンエネルギーや省エネルギー技術に投資が行われている。電気自動車や公共交通機関にはインセンティブを与え、建物には断熱材やヒートポンプを導入する動きが加速している。

Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons
Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons

気候変動に左右されない世界経済への移行に重要なことは、公共政策の問題である。しかし、そのためには、銅、ニッケル、プラチナ、パラジウム、アルミニウム、リチウムなど、グリーンテクノロジー(ソーラーパネル、風力タービン、電気自動車)の製造に使われるいわゆるエネルギー遷移金属(その多くはロシアとウクライナが保有)の入手も必要である。再生可能エネルギーシステム用の原料を確保するには、研究、公共政策のインセンティブ、コストの問題がある。

しかし、ロシアのウクライナに対する侵略がもたらしたもう一方の「破壊要因」は、特に開発途上国における食糧不安である。食糧とエネルギーの価格高騰は、依然としてパンデミック対策に苦労している多くの途上国の貧困と食糧不安を悪化させるため、重い追加負担となっている。エネルギー遷移金属と同様に、ウクライナとロシアは世界の小麦とヒマワリ油の主要生産国であるため、今回の戦争は大きな影響を及ぼしている。ウクライナの農家が今年の春作の収穫を阻まれているため、小麦の先物価格が急上昇し、かつてない高水準に達している。インフレ圧力は多くの国で政治的安定を脅かしている。

Photo: A wide view of the Security Council meeting on threats to international peace and security. 22 August 2019. United Nations, New York. Credit: UN Photo/Manuel Elias.
Photo: A wide view of the Security Council meeting on threats to international peace and security. 22 August 2019. United Nations, New York. Credit: UN Photo/Manuel Elias.

ウクライナ国内では600万人以上が避難し、500万人近くが海外に避難している。その数は膨大で、西ヨーロッパの受け入れ国のキャパシティを圧迫しているが、これまでのところ、多くの善意が寄せられている。幸いなことに、公的な制度も、シリア、イラク、アフガニスタンからの難民が欧州に殺到した2015年当時と比べれば、かなり良くなっている。

国際社会全体を見回すと、今回の危機にそれほどうまく対処できていない。弱肉強食の復活と主権国家が自らの将来を決定する権利を否定することを目的とした、プーチンの大胆な嘘、ひどい残虐行為、国際規約の明白な違反は、誰もが世界中の反感を買ったと思っただろう。しかし、実際にはこのような見方がどこでも共有されたわけではない。ブラジル、中国、インド、イスラエル、パキスタン、南アフリカ、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)など、多くの国がロシアを非難するどころか、曖昧な態度をとっている。このことから、紛争の平和的解決、ルールに基づく行動、協力という国連の基本原則を揺るがす事態となっている。

Portrait of President Harry S. Truman / By National Archives and Records Administration. Office of Presidential Libraries. Harry S. Truman Library, Public Domain
Portrait of President Harry S. Truman / By National Archives and Records Administration. Office of Presidential Libraries. Harry S. Truman Library, Public Domain

地球規模の問題、特に気候変動問題や生物多様性の喪失は、多国間でしか解決できない。つまり、特に強大な国家に適用される、自らに課した制約の枠組みの中でしか解決できない。この思いは、一世代のうちに2度の破滅的な戦争を経験した世代が創設した国際連合の基礎となるものであった。フランクリン・D・ルーズベルト米大統領は、国際連合の創設について、「何世紀にもわたって試みられ、常に失敗してきた単独行動、独占同盟、勢力圏、力の均衡、その他あらゆる方便の終焉を告げるはずだ」と力強く主張したのである。同様に、彼の後継者であるハリー・S・トルーマン米大統領も、「大国の責任は、世界の人々に奉仕することであり、支配することではない」と述べている。しかし、世界は大国に支配されている。世界人口のごく少数、つまりどこの国でも金持ちと先進国は、集団として地球の資源の大部分を消費している。もし、この消費が普遍化されれば、いくつかの惑星が必要になるだろう。

プーチンのウクライナへのいわれのない攻撃は、世界を変えた。それは、人類文明を救うという緊急プロジェクトから恥ずかしくも目を逸らすことになる。あるいは、いくつかの深刻な危機に対する相乗的な反応の触媒となるのかもしれない。つまり、化石燃料(=ロシアの資源)への依存を減らすことは、気候危機を救い、公衆衛生を改善し、産油国家から収入を奪い、規模を拡大した自然エネルギー産業で十分な報酬を得られる雇用を創出することになるのだ。思うに、プーチンの破壊的な行為は、皮肉にも人類をして自らを救うための活力を与えることになるかもしれない。(原文へ

フランツ・バウマン博士は、元国連事務次長補で、ニューヨーク大学客員研究教授。直近では、環境と平和活動に関する特別顧問として、事務次長補の地位にあった。この記事は、ウォールストリート・インターナショナルが配信したもので、同通信社の許可を得て転載しる。

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